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第9話 海の出発

「チャーリー、火星は、ぶち当たった宇宙船のこと、怒ってなかったんだ。よかったね」

 火星を飛び立ってから、ケンタはチャーリーにいった。

「とんでもない! カンカンだったんだぜ。バラバラにされるところだった。肩もんだり、そこらを工事してやって、カラオケも、うまいうまいとほめてやって、なんとか、ゴマかしたんだ」

「火星の肩って?」

「ちょうど、あの宇宙船が、ぶち当たったあたりさ」

「ふーん。ところで、チャーリーもいっしょに行かないか。海の流星に乗って」

「オレは行かない」

「なんで。ロボットだからかい」

「ちがう。オレには仕事があるんだ」

「人間たちにたのまれてる仕事だろ。もう、それどころじゃないじゃないか」

「おい、ケンタ。おまえらには、恐竜のほこりがあるんだろ」

「え」

「オレにもあるんだ。ロボットとしてのほこりがな」

 恐竜のケンタは、ロボットのいうことがわかる気がした。

 あの博物館の恐竜たちも『ほこり』ということをいった。

 その意味が、いまはよくわかる。だからこそ、ケンタ自身もジュラシック・パークで『ほこり』ということばをつかった。

「わかった、チャーリー。ありがとう。いつまでも元気で」

「おお、いつまでも、火星とカラオケだ」

 地球が近づき、海がせまってきた。

 遠くからではまだ、海は目立った変化を見せていない。どこまでも青く、白い波が陽にきらめいていた。

「ケンタ、ここの真下がルシン博士の研究所だ。オレはここからひき返すからな。さ、飛びおりろ」

「なんだ。研究所まで送ってくれないのか」

「オレ、海の中、ほんとうはにがてなんだ。サビちゃうからね」

「あ、そうだったね。じゃ、行くよ。ありがとう」

「ああ。それから、ハンナによろしくな。つらいだろうが、オレのことは忘れろと伝えてくれ。まあ、メールぐらいは出してやってもいいけど」

 海面近くまで来て、恐竜のケンタは飛びおりた。

 宇宙船はそのまま、しばらくとどまっていたが、やがてゆっくりと上昇していった。ケンタは宇宙船が見えなくなると、すばやく海にもぐった。

 ルシン博士の研究所のまわりには、海のものたちが集まり、びっしりとすきまがないほどだった。ケンタは入り口にたどりつき、なかへ入った。

 研究所のなかも、もう歩くのがやっとなほど、たくさんの恐竜たちが集まっていた。

「博士、いま、もどりました」

「ああ、ケンタくん。待っていましたよ。準備はもう整いました。きみを待っていたんだ。いちばんガンバったきみを、まさか、おいてきぼりにはできないですからね」

「おそいじゃないの。さあ。行きましょ。みんな、お待ちかねよ」とハンナが部屋に入ってくるなり、いった。

「じゃ、はじめよう。ケンタくん、きみは海によびかけてくれないか。もう、海のものたちは、海のすみずみまで、それぞれの配置に着いている。合図をして、海に出発をうながすんだ」

「はい」とケンタは、はりきって外に出た。

「みんな、いよいよだ! 海といっしょにどこまでも!」

「おおっ!」

 恐竜のケンタは、なかまたちの前に出て、大きな声で海をよんだ。

「おおい、海!」

 ケンタがよびかけると、あたりはしんと静まりかえった。

 だれもが、じっと待った。

 この前、眠るといったなり、海はまだ眠っているのだろう。もし、起きなければたいへんなことになる。もういちど、ケンタはよんだ。

「おおい、海! 起きてくれ」

 また、しんとなった。みなが、見守るなか、ケンタは一歩すすみ出た。

「おおい、海! たのむ。起きてくれ」

 しんと静かだった海が、ちょっと、ゆらいだ。みんな、あ、と息をのんだ。

「なんだ、だれだ、せっかく気持ちよくねてたのに」

「ああ、よかった。ぼくだよ」

「うん? また恐竜か。なんの用だい。旅立ちだったら、もうやめてもいいよ。なんだか、めんどーになっちゃった」

「ちょっと、ちょっと! そんなこといわないでくれ。きみは、いま旅立たないと、たいへんなことになるんだ」

 恐竜は、旅立たないときはどうなるか、火星の海の話をした。

「ね、だから、いま旅立たないと、海のものたちが、ひどい死に方をすることになるんだ。もちろん、きみも死んでしまう」

 海は眠くてたまらないらしく、うるさそうにきいていた。ひととおり話がおわると、ふん!、とつまらなそうにいった。

「なんだ、けっきょく、きみたちは、自分たちの命があぶなくなるから、それで、ぼくの旅立ちに賛成するってわけか。四十億年にわたる、ぼくのはたらきに、むくいてくれるんじゃないんだ」

「え」と恐竜はことばにつまった。

 なるほど、そのとおりだ。これでは人間とまるでおなじだ。恐竜のほこりは、どこにある。

 恐竜のケンタはことばをなくして、立ちつくした。ほかの、海のものたちも、なにもいわない。海も、眠いせいか、ふきげんそうに、だまりこんでしまった。

 そのとき、歌声がきこえてきた。えもいわれぬ、美しいひびきが、海をみたした。

 クジラたちだった。クジラたちが、いっせいに歌いはじめたのだ。


  海をたたえるクジラたちの歌


 海は四十億年 もうずいぶんがんばった

 だから もういいよ きみの好きなこと

 なんでも どんどんやればいい

 きみが ぼくらを はぐくんでくれた

 これから さき どんなに 苦しくても

 この時間を 忘れず たいせつに

 ぼくらは たたえる きみの美しさを

 そして ぼくらの プライド きみの力は


 すでに四十億年 ここらでいっぷくしよう

 そう お茶でも のんで骨休め

 ぼくらも いっしょにひと休み

 きみの おかげさ かけがえない時

 こんどは よし ぼくらが きみを守る

 旅に出よう どこでも 行ってやる

 ぼくらは たたえる きみのかしこさを

 そして ぼくらは ききいる きみの話に


 すごい四十億年 出発するのはいま

 でも もしかして きみがいやならば

 ぼくらは すすんで死んでいく

 きみが これまで くれたおくりもの

 いまこそ さあ みんなで むくいるのさ

 きみしだいだ まかせる どちらでも

 ぼくらは たたえる きみのりりしさを

 そして ぼくらは したがう きみの心に


 クジラが美しい声で歌っているあいだ、タイやヒラメは舞いおどり、イカやタコはラインダンスをやってのけ、エビはバレエで、もりあげた。

 そのほかにも、マグロやブリはビュンビュン泳ぎまわり、貝はカスタネットに早変わり、クラゲはプカプカ浮かんでた。

 ケンタたち海の恐竜は、もういちど恐竜音頭をおどった。

 海のなかでの、さいごの大さわぎだった。みんな泣いていた。海がどう決心しようと、地球とはこれで、おさらばなのだ。

 ケンタはおどりながら、もう海がどう決心してもいいと思った。行きたくなければ、それでもかまわない。

 未知のもののせいで、海に出かける気力がなくなっているのだとしても、それはそれで、やはり海の意思なのだ。

 なにかのせいとか、かにかのせいとか、そんなことをあげつらうときじゃない。どんなになっても、海は海だ。海の考えをたいせつにしようと、ケンタは思った。

 やがて、海の声がきこえた。

「わかった。いや、ぼくのわがままだった。ぼくは宇宙のはてに行ってみたいんだ。それはたしかだ。だから、ごめんよ、恐竜、いじわるなこといって」

「ああ、海! ぼくのほうこそ、あやまらなければならない。恐竜のほこりと考えていたものは、ぼくらだけの、つごうのいい思いこみにすぎなかった。もう、いいよ。きみの好きにするべきだ。出発しないとしても、きみが決めたことなら、ぼくらは、よろこんで受けいれよう」

「もう、いってくれるな、恐竜。ぼくがはずかしくなるよ。行こう。ぼくは行くよ。きみたちもいっしょに来てくれるのなら、こんな心づよいことはない」

「ほんとうか、海! それは、ほんとうなんだね」

「ほんとうさ。でも、すこし、手つだってくれないか。ぼくは、ぼくのすべてを、はしからはしまで、あますところなく、かきまわさねばならないんだ。けれど、力がはいらない。どうなってるんだろう。眠りすぎたのかな」

「だいじょうぶさ。お安いごようだ。海のなかまがもう、海のすみずみにまで行ってるよ。合図がありしだい、みんなで力のかぎり、泳いでかきまわすのさ」

「そうなのか。じゃ、たのむよ。そうすれば、あとは『えいやっ』って叫ぶだけだもんな」

「よしきた! 博士、合図を!」

 ルシン博士から海のすみずみへ、電波を利用した合図が送られた。

 持ち場についていた海のものたちは、いっせいに泳ぎはじめた。ふだんのような泳ぎ方では、波も立たないので、それぞれがくふうして、海が大きくうねるように泳いだ。しかし、それは体力をものすごくつかう泳ぎ方なので、長くはつづけられなかった。

 海全体がゆれた。船やボートやヨットなんかが、ふたたび、空へふっとばされた。陸は波をかぶった。あふれた海水は、ヒマラヤやアルプスの頂上にふりかかった。

 人間たちは、もう、この日にそなえていた。高いところへのぼったり、シェルターにひなんしたり、飛行機やヘリコプターで空ににげたりした。なかには、ロケットで宇宙にのがれるものたちもいた。

「いまだ! 海、さあ叫ぶんだ!」

 恐竜にいわれるや、海は、

「えいやっ!」と叫んだ。

 海が消えるはずだ。

 すべてが、動きを止めた。海のものたちは、じっと見守った。

 しかし、海は消えない。大きな波がいくつもバシャン! とくだけた。

「ダメだ! もういちど。博士、もういちど合図を!」

 合図が送られ、海のものたちは、また泳いだ。ケンタたち、海の恐竜の一族も、けんめいに泳いだが、もう、さいしょのような力がでなかった。これが失敗したら、もう海は出発できない。海のものたちは、死を待つばかりとなる。

「みんな、さいごの力をふりしぼれ!」

 だれもがヨタヨタになるまで泳いだ。

 だが、こんどは、船もふっとばない。すこし高い波ができただけだった。

「どうしよう。大失敗だ」

 海のものたちは、みな、とんでもないことになったと、うなだれた。

 ルシン博士もなすすべなく、研究所の窓から青ざめた顔を見せていた。ハンナもすっかり元気をなくし、イスにへたりこんでいた。

 海はそれでも、また「えいやっ」と叫んだ。もちろん、なにごとも起きなかった。高い波もなくなって、このうえなく、おだやかな海にもどってしまった。

 ルシン博士のなかまの、変身のとくいな恐竜たちは、万一にそなえて、海の変身をたすけるよう用意していたが、タイミングをうしなってしまったようだ。

 海のものたちは、つかれきって、その場によこたわった。だれともなく、深いため息をついた。ため息があわとなって、ブクブクと、海のなかをのぼっていった。

「えいやっ!」

 海はもういちど叫んだ。

 声ばかり大きくて、むなしく海中にひびくだけだった。しかし海は、どういうつもりなのか、なんどもくり返して叫ぶのだった。


「えいやっ!」


「えいやっ!」


「えいやっ!」


「えいやっ!」


「えいやっ!」


 ケンタは、もういいよと海にいってやりたかったが、海の気持ちを考えると、なにもいえなかった。

 海が、また叫ぼうとしたそのとき、地の底のほうから、ものすごい、われるような声がした。

「ええい、うるさい! うるさい! 

 なんだ、海! おまえか!

 どこなりと行ってしまえといったのに、

 まだ、グズグズしておったのかあ! 

 わしが、ふっとばしてくれる! 」

 どなりまくるその声は、地球だった。あまりに海が叫ぶものだから、腹を立てたのだ。

 地球がどなりおわるや、海の底から、つきあげるようなショックがおそった。そこらじゅうの海底火山が火をふいたらしい。地球が怒って爆発させたのだ。

 海が下のほうから持ちあがり、海全体がはげしくゆれた。またも、船はふっとばされ、ヒマラヤもエベレストも水びたしになった。

「いまだ!」

 恐竜のケンタが叫ぶと、海が叫んだ。

「えいやっ!」

 そしてこんどは、変身の得意な恐竜たちも、いっしょに叫んだ。グッドタイミングだった。みんなの声が合わさって、海とひとつの声になった。

 すると、海が消えた。

 かわって、前のときよりも、もっと大きな、まん丸い巨大なボールがあらわれた。

 ボールは、地球上の川や湖や池、ありとあらゆる水をすいあげた。やがて、ボールはゆらりとゆれて、空へむかってのぼっていった。

 宇宙に出ると、ボールは流星となった。

 月のかたわらで、流星はどっちに行こうか考えているふうだった。

 ふと、はるかな宇宙に、流れ星を見つけた。すると流星は、そっちのほうへ、ゆくえをさだめ、ビュンと飛んでいった。

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