第6話 恐竜博物館でのちかい
その後、チャーリーから何回となく連絡がきて、そのたび、恐竜のケンタは電気街へ買い物にいくことになった。
改造に必要だからと、さまざまな部品を買ってきてくれと、チャーリーがたのむのだ。
ケンタもさいしょは、おやすいご用と気楽にひき受けていたのだが、あまりに回数がふえたので、しまいにはうんざりした。
しかし、それも長くはつづかなかった。あのリーダーの人間がいったように、ロボットのチャーリーは、火星に旅立つことになったのだ。
そのようすをテレビで見ていたら、チャーリーの姿が映った。
なんか、ようすが変だった。
見た目がすっかり変わって、よろいや、かぶとを着けているように見える。ひょっとすると、火星に対する備えなのかもしれない。よくあんな改造をゆるしたものだ。
チャーリーは重そうなかっこうのまま、操縦室でふんぞりかえっていた。
いかにもふてくされているようで、ケンタは見ていて、なんだかおかしくなった。
チャーリーは打ち上げ直前に、モニターにむかって、べっかんこうをしてみせた。
ものすごい煙とともに、チャーリーをのせたロケットは空へのぼり、やがて宇宙空間へ行ってしまった。
こんどの調査は、火星で人間の生存が可能かどうかを、くわしくさぐるものらしい。海が消えたときにそなえてのことで、チャーリーはさまざまな実験器具をもたされている。
ケンタは、あいかわらずホテルに住んでいたが、ルシン博士からの連絡はない。
仕事も、ロボットのチャーリーがいなくなってからは、ほとんどなくなってしまった。テレビや雑誌のインタビューに出かけるほかは、したいことをした。
ある日、ケンタは恐竜博物館へ行った。
ご先祖たちに会えるとワクワクした。
でも、パッと見たところはそれらしく見えたが、なんかちがった。
ケンタたちは海にもぐってから、ざっと六~七千万年になる。姿かたちが変わってきてもふしぎはない。それに、博物館にある恐竜は骨から復元しているらしいので、そのせいかもしれない。
だが、ご先祖にはちがいないので、ケンタはあいさつした。
「こんにちは。ぼく、ケンタといいます。こんなかっこうしていますが、恐竜です。いまは海にすんでいます」
気のせいか、館内がふわりとゆれたようだった。ほかの人間たちは気づいていないので、恐竜にしか感じられない振動が起きたのだろう。
「おい、なんかへんなやつがいるぞ。人間のくせに、恐竜の声でしゃべってる」
「ジュラシック・パークのやつじゃないか。また、おれたちの化石でも取りにきたんだろ」
館内でひそかにかわされる会話をケンタはきいた。姿は変わっても恐竜どうし、ケンタはうれしくなった。
「おぼえていますか。六~七千万年、海にもぐった一族がいるでしょう。ぼくはその子孫です。いまは人間に変身していますが、りっぱな恐竜です」
「なんだって! そんなことが」
「いや、言い伝えできいたことがある。六~七千万年の氷河期、小型龍の一族が海底ふかくへ移り住んだと」
「まさか、ほんとにいたとはな」
「それがほんとなら、こんなところにいると、ジュラシック・パークへつれさられてしまうぞ」
「そうだ、早く逃げたほうがいい」
次々にことばが返ってきた。しかし、まわりの人間たちは、なにも気づいていない。
恐竜のケンタは用心しながら会話をつづけた。
「じつは、海がたいへんなんです」
ケンタは、海が死ぬか、旅立つか、どちらかを迫られていることを話した。
「それなら、行かせてやればいいのに」
「そうだ。残ったとしても、ひどいことになるんだろ」
「みんながダメになるよりは、海だけでもたすけてやればいい」
「あまりにひきとめていると、手おくれになるぞ」
「わしらはもう、こんな骨になったからよいが、ケンタとかいったな、おまえらは生きているから、決心がつかないんじゃな」
ケンタはそこで、いい方法はないか、人間たちに考えてもらっているのだといった。
「人間ねえ。あんまりアテにしないほうがいいぜ」
「そうだ。まだ六~七百万年の歴史しかないから、生物としてはヒヨッコみたいなもんだ。なにしろ、おれたちは一億五千万年くらいの歴史があるもんね」
「人間はまだ若い生き物だから、自分たちが生き延びることしか考えないよ」
「人間が海のことなんか、考えるわけないじゃないか」
「そうだ、そうだ」
「人間は海がどうなろうと、自分たちさえ生き延びればいいんだ」
「そのとおり。だから、海にとっては、なにがいちばん幸せか、きみらで考えるんだ」
「そうだ。人間なんかよりずっと、長く生きてきたんだ。それも海のおかげなんだから、きみらが考える義務がある」
「きみらの考えは、すなわちおれたちの考えだ。無責任な答えは出すなよ。恐竜のほこりにかけて」
「ずっと海に生きさせてもらったんだ。それを忘れちゃダメだ」
ケンタは恐竜として、ご先祖たちのことばを胸にきざみこんだ。
ケンタの考えはだんだん固まってきていた。人間たちの力をあてにするわけではないが、ルシン博士だけは信じようと思った。
だから、ルシン博士が、海をすくうことはできないと判断すれば、すぐに海を旅立たせてやるつもりだった。
ただ、そのためには、海のものたちを説得しなければならない。もっとも、海に見せる芸がなくなったり、つまらないものを見せれば、そのとき、海は旅立ってしまうわけだ。そのほうが、手間がはぶける。しかし、そのとき、海に、もはや旅立つ力がなくなっていたら・・・考えただけでぞっとする。
いつまでもぐずぐずしているわけにはいかない。連日、テレビでは海のことをテーマにさまざまな意見が交わされていたが、その内容はケンタをイライラさせるものばかりだった。
どれも人間が生き延びる可能性しか話されていない。海が死んだ場合、または海がなくなってしまった場合、人間にどれくらいの影響がでるか、地球上のどの場所なら水が確保できるか、どうすれば海を再生できるか、そんなことばかりしゃべっている。
人間が生き延びる場所として、地下と火星が考えられているらしい。そのための秘密プロジェクトがはじまっているという、そんなうわさも流れていた。おそらく、チャーリーが火星に送られたのも、移住の調査なのだろう。
そのチャーリーからは連絡がない。
火星に行っても、地球上のインターネットには入りこめるから、メールくらい送るとかいってたが、なにも送られてこない。
ひょっとして、あの宇宙船をぶつけたことで、火星がカンカンに怒って、ロボットをぶちこわしてしまったのかもしれない。
「ああ、気のどくなチャーリー・・・」
恐竜のケンタは、東の空に赤く光る火星を見あげてつぶやいた。
火星はいつにもまして赤く、ぶきみに輝いていた。ケンタは、海の異変がすすみ、もう手おくれになっているのではないかと思った。そう思うと、もう、いてもたってもいられなくなった。
ケンタはホテルの部屋をひきはらった。
直接、ルシン博士をたずね、その足で海へ帰るつもりだ。先日のテレビ・プロデューサーに、もういちどルシン博士の研究所に行きたいというと、
「ちょうどよかった、そろそろ、研究結果をルポしてもらおうと思ってたんだ」とすぐさま準備はととのった。
海底の研究所に着くと、前回とはちがって、お迎えどころか、入り口もあけてもらえなかった。
プロデューサーが連絡したはずなのだが、いくらよんでも、だれも出てこない。
研究所のブースをいくつかまわって、そこにいる人たちに、合図したが、みんなニッコリ笑って手をふるだけだった。通りがかりの観光客とでも思ったのだろう。
海のなかなので、大声でよぶこともできない。無線で地上と連絡をとり、研究所につないでもらった。
「もしもーし。ルシン博士。あけてくださーい!」
何回かケンタが叫んで、十回めくらいにやっと返事があり、ハンナが入り口をあけてくれた。
「ごめんなさいね。連絡はあったのだけど、急に博士がたおれたものだから」
「ええ! だいじょうぶなんですか」
「疲れただけよ。きのうまでろくに眠ってなかったの。でもやっと、結果がでたらしくて、それで、気がぬけたのか、いきなり研究室でバタンキューよ」
「そうですか。会えますか」
「ええ、もう目が覚めるころじゃないかしら」
ルシン博士は研究室の奥の部屋でねていた。ケンタが入っていくと、博士は目をあけた。
「ああ、きみか。すまないね。こんなかっこうで」
「いいえ、こちらこそ。こんなときに来てしまって」
そういいながら、ケンタはすでにカメラを回している。
「あれからずっと、研究所の総力をあげて、あのロボットが出してくれたデータを分析してきました。その結果が、きのう、やっと出ました」
ケンタは思わず、博士のほうへ身をのりだした。
「すごいロボットですね、あのチャーリーは。現在だけでなく、これまでの火星のデータもすべて入っていました。時間はかかりましたが、興味ぶかい結果がでました」
「未知のなにかの正体がわかったのですか」
「正体はわかりません。しかし、いま海で発生している未知のなにかは、私の考えたとおり、火星の海にもあったようです。ほとんどおなじものがデータとして記録されていました。それによると、これがふえると、海が年老いるようです。ふえればふえるほど老化します。その結果、海は死んでしまいます」
「それがふえるのを、くいとめることはできないのですか」
「正体もわからないのです。いろいろためしてはいますが、ききめはまったくありません。それに、へたをすれば、かえって、ふやしてしまうことにもなりかねません」
「では、もう海は」
「ええ、残念ですが。それに、気になることがあるのです」
博士は体を起こし、カメラのほうをじっと見つめた。
「火星の海は、木星が近づいたとき、いっきに老化がすすんだようなのです。ひょっとしたら、この未知のものは、木星の、あるガスによって活発になるのかもしれません」
ケンタは火星の話を思いだした。
木星が説得に来て、それで火星の海は旅立ちをやめたのだ。でも、やめたのではなく、木星のガスでいっきに老化がすすみ、旅立つ気力がなくなってしまったのかもしれない。
「さらに心配なことがあります。ここ何日かのデータを見ると、未知のものがどんどんふえているのです。ふえるにしたがって、ふえかたが大きくなるようです」
「あとどのくらいで、海はあぶないのでしょうか」
「はっきりしたことは、なにもいえません。ただ、ここから見る海のようすが、ここ数日で、はっきりわかるほどに変化してきてきています」
「ほんとだ。かすみのように、なにか、かかっていますね」
「なんだか、海がうすくなってきたみたい」
ハンナが、心配そうにいった。ケンタは、そのハンナの横顔をカメラに収めながら、ゆっくりしている時間はないと思った。
「博士、ぼくは行かねばなりません」
「海のなかへ、ですか」
「え」
「知っていました。きみが恐竜だってことを」
「どうして、それを」
「話せば長くなります。ただ、わたしたちもきみのなかまだということです。おなじ恐竜のなかまなのです。ずっとむかし、海の恐竜のある部族が、きみのように、人間のところへ行かなければならなくなりました。そして、人間に変身しました。ところが、その恐竜たちは帰れなくなったのです。帰れなくなって、人間の姿のまま生きてきました。その子孫がわたしたちというわけです」
ケンタはおどろき、思わずカメラを落としてしまった。大きな音が室内にひびいて、ケンタはまたびっくりした。
「ルシン博士、それにハンナさんも、じゃ、ぼくとおなじ・・・」
「ここの研究所の者はみな、そうです。海が危険な状態になったいまとなっては、地球上のすべてのなかまが、この研究所に集まってくることになるでしょう」
「博士。ぼくにわかるように話してください」
「かんたんなことです。海はこのまま地球にとどまっていれば、まもなく死にます。そうすると、海の生きものたちがひどいことになります。そうならないためには、海を旅立たせるしかありません。海のためにも」
「ルシン博士、やはり、そうするのが、いちばんいいのですね。海のためには」
「それしか、ありません。心配なのは、海が出発できるかどうかです」
「そんなに、わるい状態なのでしょうか」
「わかりません。万一のときのために、わたしたちのなかまがここに集まってくるのです」
「なかまの恐竜たちがここに・・・なにをするのですか」
「ケンタくん、きみもきいたことがあるだろう。わたしたちの祖先には、流星に乗ってきた恐竜もいたことを」
「ええ、その流星に乗ってやってきた恐竜が、変身のやり方を伝えたときいています」
「そのとおり。わたしたちにも、変身の方法が伝えられています。しかし、これは恐竜ならだれでもできる、というわけではありません」
「そうですね。海の恐竜たちでも、ぼくのほかにできるのは、ほんの少しです」
「ところが、わたしたちのなかまは、みな、できるのです。地上にあがったご先祖が、変身が得意な種族だったのでしょう」
「へえー、博士も変身するんですか」
「わたしもするわよおー」といわれてふりかえって、恐竜はたまげた。かわいい恐竜がそこにいたのだ。
「どお」とポーズをとった。ハンナだった。
「わ、おどろいた。いつのまに」
「もちろん、わたしもします」と博士の声がして、またふりかえると、そこにはメガネをかけた恐竜が。
「わ、博士も。すばやいですね」
「ケンタくん、きみも、もういいよ。恐竜にもどりなさい」
「はい」とケンタも恐竜にもどった。ただし、博士やハンナとちがって、すこし時間がかかった。
「変身の得意なわたしたちが集まっていれば、万一のとき、海の変身をたすけることができます」
「なるほど」
「でも、わたしたちが集まるほんとうの理由は、別にあります」
恐竜が目を見はっていると、博士は声を低くして、おごそかにいった。
「海が変身した流星に乗って、生まれ故郷の星に帰るのです」
「なんですって!」
「かつて、わたしたちの祖先は、海が変身した流星に乗って地球にやってきました。こんどは逆の道をたどって帰るのです。故郷の星を見てみたいと思いませんか」
「ぼくは、この地球が故郷だと思ってきました」
「もちろん、この地球も故郷ですが、わたしたちには、もうひとつ、故郷とよべる星があるのです」
「でも、はたしてその星へ行きつけるのですか。海は宇宙の果てが見たいといっています。どの方向へ行くか、わからないのです」
「わたしたちは信じています。行けると」
「あなたも行きましょう。ケンタさん」とハンナがいった。恐竜は、でれっとして、思わず口もとがゆるんだ。
「あー、えへん。えーと、ルシン博士、ぼくのなかまの海の恐竜たちも行けるんでしょうか。それに海の生きものたちも」
「もちろんですよ。海が変身する流星は、とても大きなものになるはずです。みなで行きましょう。わたしたち恐竜にとっては二度めの旅、海の生きものたちにとっては初めての旅です」
ケンタはそれをきいて、もう居ても立ってもいられなくなった。一刻もはやく、海のみんなに知らせてやりたかった。
「ぼく、行って、みんなに知らせます。それにもう、芸をやって海に見せる必要もないんですね」
「ええ。みなさんで、ここへ来るといいでしょう」
ケンタが研究所を出ようとしたとき、ハンナがよんだ。
「ちょっと、待って、ケンタさん。あなたにメールが来てるわ。あのおかしなロボットからよ」
「えっ、チャーリーから? ぶじだったんだ!」
ケンタが急いでディスプレイをのぞきこむと、『いとしいハンナへ』とある。
「これ、ハンナさんあてじゃないですか」
「ちがうわ。本文を読んでごらんなさい」
「どれどれ。あ、ほんとだ。ややこしいな。さいしょから、ぼくあてにすればいいのに。えーと『ハンナ、オレがいなくて、すいぶんさみしいだろう。こんなオレを愛したおまえが』」
「そんなところはいいから、かんじんなところを読みなさいよ」
「あ、そうですね。なになに」
『ところで、ケンタはホテルにはいないらしいので、できるだけ大至急、ケンタに知らせてほしい。
地球上の動きで気になる情報がある。さまざまな海対策のひとつとして、火星や木星に海を説得させようと計画しているらしい。
そういや、ケンタ、おまえも火星に説得をたのみにきたんだっけ。かつて火星のものたちも、木星に説得をたのみに行ったし、考えることは恐竜も人間もそう変わらんな。
火星はともかく、木星の危険性は話してきたのにな。
とにかく、ケンタ、木星が説得に地球へ行けば、海がどうなるか。火星にくわしくきいて、よくわかってるだろ。
使者をのせたロケットがまもなく打ちあげられる。火星へむかうのは、ほっとけばいいが、木星へ行くやつは、止められるものなら、止めろ。
以上』
「たいへんだ!」
ケンタはルシン博士に、木星の危険性を話してもらい、カメラにおさめた。木星に説得をたのめばどうなるか、いますぐ計画を中止するよう、人間たちにうったえてもらった。
そのカメラを地上にとどけるや、恐竜のケンタは海へ急いだ。