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第5話 ロボットとの別れ

 もう海の話をデマだという人間はいなかった。地球上のあらゆる人間が、海のことを心配していた。

 漫才に出てきた火星や木星の話も、まじめに受けとられるようになった。

 科学者はみな、海にかかわる研究をテーマにし、さまざまな角度から、海のメカニズムを明らかにしようと努力した。

 科学者ではない人間たちはは、ただ祈った。浜辺に集まり、海によびかける人間もいた。

「おおい、海。だいじょうぶかあ」

 人間たちがよびかけると、海がこたえた。

「ふん、うるさいなあ。なんだ、人間じゃないか。きみら、近ごろ、海のなかにいっぱい、へんなもの、つくりはじめたけど、なにするつもりさ」

「あれは、へんなものなんかじゃないよ。ぜんぶ、きみのためのものなんだ」

「どうだかね。人間のいうことだからな。まあ、いいや。なんでもするがいいよ。ぼくはもうすぐ旅にでるんだから」

「べつに急ぐことはないだろう。じっくり話しあおうじゃないか」

「なにを、いまさら。これまで、ぼくのいうことなんか、耳をかたむけやしなかったのに。もう、いいよ。きみら人間に、話すことはなにもない」

 そこで浜辺に集まった人間たちは、声をそろえて歌をうたいだした。


   海をたたえる歌


 海は四十億年 もうずいぶんがんばった

 でも もうすこし ほんのすこしだけ

 ぼくらに 時間をくれないか

 きみが ぼくらに くれたおくりもの

 ぼくらは まだ お礼も いっていない

 その時間を ぼくらに くれないか

 ぼくらは たたえる きみの美しさを

 そして ぼくらは おそれる きみの力を


 ヒトは二十万年 まだまだ足りないんだ

 ねえ もうすこし ほんのすこしだけ

 ぼくらに 時間をくれないか

 きみが ぼくらに のぞむおくりもの

 ぼくらは まだ なんにも きいていない

 お願いだよ ぼくらに いってくれ

 ぼくらは たたえる きみのかしこさを

 そして ぼくらは おそれる きみの話を


 せめて十万年 それくらいならいいだろ

 ああ もうすこし ほんのすこしだけ

 ぼくらに 時間をくれないか

 きみが ぼくらに くれるおくりもの

 ぼくらは まだ これから 道をつくる

 その時間を ぼくらに くれないか

 ぼくらは たたえる きみのりりしさを

 そして ぼくらは おそれる きみの心を


「なんだか、くれくれっていってばかりで、みっともないな」

「ほんとだ。ぼくら、ぼくらって、海のことをすこしも考えていないね」

「ケンタ、オマエは考えるようになったのか」

「え、ああ。ちょっとね」

 恐竜とロボットは浜辺のようすを、ホテルのテレビで見ていた。高層ホテルの一室に、ふたりは泊まっているのだ。

 さいしょはテレビ局のソファなんかで寝ていたのだが、またたくまに人気者になって、いっきょにホテル住まいになったのだ。

 どちらにせよ、そんなに長くは人間界にとどまる気は、恐竜もロボットもなかった。

 恐竜は海のことさえ人間に知らせれば帰るつもりでいたし、ロボットはロボットで、大がかりな改造をして、宇宙遊泳でもして暮らそうと思っていた。

 恐竜のケンタは目的はほぼ達成したのだから、もう海のなかへ帰ってもいいのだが、ルシン博士からの知らせをまっていたのだ。ルシン博士は最後の望みだし、なかまたちに、よい話をもってかえりたかった。

 ロボットのチャーリーは、ときおり自分を部分的にバラしながら、どこをどう改造すれば、宇宙空間に飛んでいけるかを研究していた。だから、けっこう広いホテルの部屋も、ロボットの部品で足の踏み場もないありさまだった。

 テレビの画面は浜辺の光景から、ある星の映像に移った。

 火星らしい。

 火星のなだらかな丘のようなところに、宇宙船が頭からつっこみ、かたむいて煙をあげていた。見覚えのある宇宙船だった。

「あ、あれは」

「そうだ。オレたちが乗って来た宇宙船だ」

 火星の固定カメラが送ってきた映像らしい。

 以前、自動操縦で打ち上げたものが火星で行方不明になり、いま、こうして発見されたそうだ。

 どうして、その宇宙船がいきなりあらわれて、こんなふうに火星に頭からつっこんだのか、原因はナゾであるとアナウンサーはいった。

「オレがね、ちょっとプログラムしておいたのさ。あんなみごとにぶつかるとは思わなかったけど」

「マズいんじゃないか。火星が火のように怒るぞ」

「オレのこと、ポンコツなんていったからさ。宇宙船でもくらえと思ってやったんだけど、うーん、みごとに頭からつっこんだな。これはちょっとやそっとの怒りかたじゃないだろうな。でも、だいじょうぶ。もうオレは火星なんていかないんだから」

 チャーリーがそういって、口のはしをニッと笑ってゆがめたとき、ドアがノックされた。そろそろ夕食の時間なので、ルームサービスだろうと思ってドアをあけた。

 そのとたん、黒い影がバラバラと室内に乱入し、ケンタとチャーリーをとりかこんだ。

「MA4、よく自力で帰ってきたな。さあ、帰ろうか」

 みな黒っぽいスーツ姿だが、敵意はなさそうだった。

 ただ、七八人でふたりのまわりをすきまなく囲み、ゆだんなく目を光らせていた。けっして逃がさないぞといっているみたいだった。

「エムエーフォーって、なんのことですか」と恐竜は自分をおちつかせようと、わざとゆっくりした声できいた。

「MA4です。このロボットのことです。火星探査機で火星に送ったんですが、なぜか、こうして帰ってきてしまった。あなたが、ぬすんできたんですか」

「いいえ、まさか。ぼくはここで知り合ったんです」

「そうですか。まあいいでしょう。ところで、MA6というロボットのことはご存じないですか。やはり火星で、ゆくえ知れずになっているのです」

 MA6ときいて恐竜はどこかできいたような気がした。

『そうだ、ぼくのことじゃないか。ぼくが変身したロボットが、そういえば、MA6といってた』

 ほんもののMA6は、あのとき、本人が望んだとおり、クラゲに変身させてやった。いまでも海のどこかを、ただよいつづけているはずだ。

「MA4、おまえはなにか知らないか。MA6は火星に着いたことは着いたから、おまえ見てないか」

「ワタシ、シラナイ。ワタシ、ドウシテ、ココニイルノデスカ。サッパリ、ワカラナイ」

「よしよし。わかったから、さあ帰ろうか」と細長い顔の男がいって、ロボットに手をかけたときだった。

 恐竜のケンタは「逃げるんだ!」とするどく叫んで、乱入者どもをつきとばし、チャーリーに道をあけてやった。

 チャーリーはケンタに、ニッと口をゆがめて笑い、すばやくドアにむかって走った。

 ドアはあいたままになっていた。そこには二人の見はり役がいたが、ロボットはいきおいをつけて二人ともふっとばした。

「待て!」という声と「走れ!」という声が追いかけてきたが、ロボットはわき目もふらず、エレベータめざして走った。

 ケンタもドアに走った。

 見はり役がふらふらと立ちあがりかけていた。ケンタは二人におそいかかり、一人ずつ部屋のなかへ押しこんで、ドアを閉めた。

 なかからドンドンとすごい音とともに、何人もの力で押してきた。ケンタは必死にドアを押さえつけた。

 もう、そろそろだいじょうぶだろうと、エレベーターのほうを見ると、なんと、チャーリーがすごすごともどってくる。

 チャーリーのうしろには、十人ほどの黒服に身をつつんだ人間の一団があった。どこにひそんでいたのだろう、こんなに。

「こいつら、エレベーターからちょうどおりてきたんだ」

 チャーリーはいつになく、弱気な声を出した。それがケンタをカッと燃えさせた。

「もう、怒ったぞ!」

 ケンタはドアからはなれるや、チャーリーのうしろにまわりこみ、えいや! と叫んで変身をといた。

 とたんに恐竜の姿がそこにあらわれ、追ってきた黒服どもはビックリ。

「うあ」

「ぎゃ」

 ざわめきとともに、黒服の一団はあとずさりした。

 そのとき部屋のドアがあいたが、恐竜がものすごい目でにらみつけると、こちらも、「うわ」といってひっこみ、ドアを閉めてしまった。

「いまだ。さあ、こっちへ」

 恐竜のケンタは人間にふたたび変身し、チャーリーといっしょに目の前にあった非常階段へとびこんだ。

 階段を下へおりようとしたら、チャーリーが「上だ」と叫んだ。ケンタは考えるひまもなく、指示にしたがった。

「もう、こっちのもんだぜ」

 屋上に出るとチャーリーはうってかわって元気になり、せっせと足のあたりをいじりはじめた。タイヤをはずして、ガスボンベみたいなカセットをとりつけた。

「こいよ、ケンタ。オレにつかまれ」

 ケンタはためらった。

 チャーリーは飛ぶ気らしい。あのカセットみたいなボンベで。

「だいじょうぶだ。オレの計算にまちがいはない」

 チャーリーはそういって、また口のはしをゆがめてニッと笑った。

 ケンタはますます不安になった。しかし、あいつらがまもなく、ここへやって来る。

 高層ホテルの屋上だから、逃げ場はない。となりのビルは、はるか下で、飛びうつることもできそうにない。

 ケンタがぐずぐずしていると、屋上のドアが開き、さっきの人間たちがばらばらと出てきた。それを見てチャーリーは、カセットに点火した。

「シュー」と花火みたいな音がして、やがて「キーン」と耳をつんざくような音にかわると、チャーリーが浮いた。

 チャーリーはケンタをだきかかえ、飛びあがった。人間たちのさわぐ声を下に、チャーリーとケンタは空中はるかに上昇した。

「どうだ、ケンタ。すごいだろ」

「ああ、すごいよ。早いとこ、どこかへ行こう」

「もちろん、そのつもりだが。ちょっと待て」

 恐竜は、またも不安になった。

 すぐ下では、黒服の人間たちがこちらを見あげて、どこかと連絡をとったり、「おーい」とよびかけている。

「早く行こう。ヘリコプターでも来たらまずいよ」

「いや、行きたいんだけど、まあ、はじめてだから」

「なにいってるんだ。あ、まさか。ひょっとして、進めないんじゃないの」

「そんなことはない。こうやって上昇したんだから、オレの体をたおせば、ボンベが水平になって、前進するはずだ」

「じゃ、早くそうしてくれよ」

「あー、まあ、頭ではわかっているんだが、体がいうことを、なかなかきかない」

「そんな! ずっとこのままかい」

「このままってわけにはいかない。なにせ、スペア用のボンベなんで、長くは飛んでいられない」

「なんだって! あとどのくらい、もつんだ」

「あと、どのくらい、というより、もう降下しはじめている」

 ケンタは息をのんだ。ほんとうにスルスルと落ちている。黒服の人間たちのまっただ中へ、ふたりは落ちる。黒服どもも気づいて、「わ」といって、八方へ散った。

 ふたりはそのあいたところへ、どんと落ちて、ぶったおれた。

「いてててて」

 ケンタはもう立ちあがる気にもならなかった。チャーリーも面目まるつぶれなので、だまってじっとしていた。

 空はまだ明るく、深い青色が海のように広がっていた。ケンタはふと、その空へ落ちていくような気がした。

「きみたち、だいじょうぶか」

 ふたりを遠まきにしていた黒服たちが、ジリジリと近よってきて、上からのぞきこんでいた。やっぱり敵意はないらしい。

「ドウシマシタカ。ナニカ、アリマシタカ」

 ロボットのチャーリーは、すっとぼけた声をだして、上体を起こし、あたりを見まわすふりをした。

「とにかく部屋へもどって、話しあいましょう」

 リーダーらしい男がそういうと、まわりの人間たちがふたりをたすけおこした。ケンタはもう逃げる気はなかった。

「わたしたちは、きみたちをどうにかしようというのじゃない。まず、これをわかってください」

 部屋にもどると、リーダーの人間がそういいながら、ドアを閉めた。部屋のなかには三人の人間だけが入り、あとはエレベーターのほうへ行ってしまった。

「おおぜいあらわれたので、ビックリしたでしょう。あんなかっこうをしていますが、みな技師です。あまりにMA4が、テレビで見たら、改造のしすぎのせいか、別人というか別のロボットのようにも見えたので、ありったけの技師を集めたのです。すぐにも修理しなければならないかもしれず、いっしょに来たんです」

 なんだ、ロボットを作った人たちじゃないかとわかって、ケンタはホッとした。

「では、あなたがたはチャーリーの生みの親で、つれもどしに来たのですね」

「そうです。もっとも、ロボットとはいえ、いまではたいへんな人気者ですから、ムリにつれていくわけにはいきません。あなたと、そしてMA4自身の同意をえたうえで、つれ帰りたいのです」

「そんなにいうなら、帰ってやらんこともない」

 チャーリーは『人気者』といわれて気をよくしたようだった。ケンタもわるい気はしなかった。

「もともと、あなたがたのものなのですから、ぼくがとやかくいうことじゃありません」

「そういっていただくとたすかります。このMA4はわたしどもの英知を結集した、とてもすぐれたロボットです。たくさんロボットは製造されていますが、いまに至るもMA4をこえるロボットはありません。わたしたちはMA4がいないと、こまるのです」

「それならどうして、火星に新しいロボットなんか送ったきたんだ。オレだけで用はたりるじゃないか」

「MA4、きみがいうことはもっともだ。しかし、わたしたちはなんども交信をこころみたけれど、きみは反応を示さなかった」

「ウソだ。オレはいつも地球にアンテナを向けていた。電波が来ればひろえないわけがない」

「ちょっと失礼。ここの線が切れてんじゃないの」

 人間の一人が、チャーリーの頭のうしろをさぐった。小さなフタをあけると、細かな配線がびっしりとあった。

「ほら、やっぱり。これ、何本か切れてるね」

「そんな。チェックしたけどエラーなんて・・あ、エラー回路、改造したんだった」

「どこで改造の仕方なんて、おぼえたのかな。そんなプログラムなんか組んでないのに。優秀なのもけっこうだが、自分でなんでもやっちゃうから、こまる」

「では、MA6を送ってきたのは、オレを忘れたわけじゃないんだ」

「もちろんさ。きみが健在だったのなら、もちろん、きみに頼んださ。きみのほうが仕事が正確で早いから」

 チャーリーは話をききながら、口をわなわなとふるわせていた。ほめられて、たぶん、うれしいのだろう。

「よかったね、チャーリー。見すてられたんじゃなくて」

「ケンタ、お別れだ。オレは帰るよ」

「ああ、いままで、ありがとう。またいつか、会えるだろ」

「もちろん。でも、漫才はどうする。オレがいないと漫才ができないな」

「いいさ。もうずいぶんと、つきあってもらったんだ。それに、さいきんは、あまりおよびもかからないし。もう海の話は必要ないだろう」

「そうか。じゃ、ちょうどよかったのかもな」

チャーリーは荷物を手早く片づけて、大きなボストンバッグを三人にもたせた。

「じゃ、ケンタ。オレは行くよ」

 ロボットのチャーリーは、入り口に立ちどまって、別れるのがとてもつらそうだった。レンズのような目から、どういうしかけか、涙があふれていた。

「さよなら。忘れないぜ。おちつき先が決まったら、連絡するよ」

 チャーリーが背をむけたので、ケンタはあとにつづいて部屋を出た。

 エレベーターホールまで、ふたりはことばが出なかった。

 ケンタが顔をあげると、エレベーターのなかに入ったチャーリーが、三人の人間にかこまれて、こちらを見ていた。リーダーの人間が親切そうにケンタにいった。

「近々、テレビで、このMA4を見られますよ。帰ったらすぐ、火星へ行かせますから」

『火星』ときいてケンタは、さっきの、宇宙船が煙を出しているテレビ映像を思いだした。

 あんなことをしたあとで、火星なんか行ったら、ただじゃすまないぞと心配になった。

 チャーリーもおなじ思いらしく、リーダーのほうを見て、なんともいえない妙な表情になった。顔全体がゆがみ、いまにもバラバラになりそうなようすで、ひとこと、「火星かよ」といったようにきこえたが、その声はエレベーターのドアにさえぎられてしまった。

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