第2話 であい
ストンと落ちるような感じがして、宇宙船はとまった。火星に着いたらしい。
ハッチがあいて、恐竜はロボットの姿のまま、外に出た。
「ウッ、寒い! えーと、どうすればいいのかな」
恐竜はあたりを見まわしたが、でこぼこの土地が、ずっとつづいているだけだった。
だれもいない。
いっこくも早く、火星と話をしたいのだが、どこへいけばよいのだろう。
「案内してくれるものもいないし。こまったな」
恐竜が足もとの石ころをけって、考えていると、
「ギー、ピピッ、ピ、ピピピ、グアー、ザアー、ピッピピ、ポー」
へんな音がした。
だれもいないはずなのに。宇宙船からではない。遠くのほうから、きこえる。
恐竜はふしぎそうに、首をのばしてキョロキョロ。見わたすかぎり、土と石ばかりだ。
「クックックー、キッ、キキキキキ」
だんだん近づいてくる。
音とともに、砂ぼこりがジグザグに、こちらに走ってくるのが見えた。火星に生きものはいないはずだ。では、あれは・・・
「グァ、グゥ、ロロ、ポー、ピー、ジージー」
どんどん近づいたのを見ると、あれ、ロボットみたいなかっこうだ。
おなかのあたりに、スカートみたいなプレートを広げている。せなかにはパラボラアンテナ。顔には二つのレンズがあって、大きな目のように見える。腕のようなのは、あかりをとりつけたアームらしい。
「リーリーリー! リーリーリー!」
ロボットは、六本のタイヤから土けむりをあげながら、ものすごいスピードでせまってきた。
恐竜は、ともかくあいさつをしようと、手をあげた。しかし、ロボットはスピードをおとさず、恐竜めがけて、つっこんできた。
「あぶない!」
そうさけんだときには、もう恐竜は、ふっとばされていた。ショックで、恐竜は、もとの恐竜の姿にもどった。
「なんだ! きみは。らんぼうだな、いきなりぶつかってくるなんて」
恐竜がからだをおこしながら怒ると、ロボットはうごきをとめ、恐竜を見おろした。
頭のところをかたむけて、じっと考えているようすだ。やがて、口のあたりがピカピカと光り、ロボットはしゃべった。
「オマエ、恐竜か。ロボットに化けるなんてバカなやつだ。バラバラにするとこだったぞ」
「へえー、しゃべれるんだ。うまいね。ねえ、きみ、ロボットくん」
「チャーリーとよべ、チャーリーと。オマエは?」
「ケンタっていうんだ」と恐竜は名前をいって、ロボットにあいさつした。
ロボットは、目らしきところで、光をピカピカさせた。あいさつのつもりらしい。口ほどには、いじわるでもなさそうだ。
「オマエ、おい、恐竜のケンタ。どこからきた?」
「地球からだよ。えーと、ロボットのチャーリーくん」
「地球からだと! どうしてだ! なんで地球のクソバカどもは、オレにメッセージをおくってこずに、こんな時代おくれの恐竜なんかおくってきたんだ!」
「時代おくれ? そのとおりだけど、ちょっとひどいね」
「オレはありのままを、いっただけだ。あれ? おい、地球の恐竜どもは絶滅したはずじゃなかったのか」
「ああ、ほとんどね。でも、すこしだけ、海のなかで生き残ってきたんだ」
「ふーん。それにしても、人間もバカだな、オマエの変身を見ぬけないなんて。で、なにしに、きた?」
恐竜は、海が流星になって宇宙の果てへ旅立とうとしているので、火星に説得をたのみにきたことを話した。
「海がねえ、へーえ。好きにさせてやればいいのに」
「みんながこまるんだ。海がなくなったら、地球上の生きものも、こんどはほんとに、みんな絶滅さ」
「それで、海にはガマンしろと? かってだね。人間とかわらんな。進化とか長生きは、するもんじゃないな」
海にもそんなようなことをいわれた。恐竜はしょんぼりして、うつむいてしまった。
「おい、恐竜のケンタ。そんなにしょげるな。オマエはオマエらの役わりを、そうやって果たしているんだ。オレはオレの役わりを果たして、いまは待っている」
「待ってるって、なにを? ロボットのチャーリー」
「地球のクソバカどもが、オレをここへ送ったんだ。ここ、火星の土や石、大気なんかを調べさせるためさ。オレはもう何十年も前にデータを送った。ひと仕事おわったから、つぎの仕事のメッセージがくるのを、ずっと待っているのさ」
「何十年も待っているの。ふーん。あ、じゃあ、これ、やってくんないか。なんかヘンなもんをインプットされたんだ」
恐竜はちいさなディスクをロボットに手わたした。ロボットはディスクを口にはこび、食べた。
「わ」と恐竜はびっくりした。
ロボットはゆっくりと、むしゃむしゃ、かんでいるようだった。ゴクンとのみこんで、チーン、ガシャガシャ、ウェー、さいごに、ゲップ! といってしずかになった。
「だいじょうぶかい。チャーリー」
ロボットがうんともすんともいわなくなったので、恐竜は心配になった。
やがて、ジャーンという音とともに、あかりがつき、ロボットは両手をピンとあげた。
「うーん、ひさしぶりのバージョンアップ。あー、すっきりした。ホホホのホイ。ああ、こんなことなら、かんたんさ。なにもあたらしいロボットなんか、送ってこなくてもいいのに。それも恐竜が化けたロボットなんか」
ロボットはブツブツいいながら、仕事にとりかかった。頭からアンテナをだしたり、手のさきからドリルをのばして、穴をあけたりしはじめた。
「ねえ、チャーリー。火星と話すにはどうすればいいのかなあ」
「こっちから話す方法はないね。気がむけば、むこうから、火星のほうから話しかけてくるさ。それを待つしかない」
「待ってりゃいいの? どのくらい?」
「三年も待ってりゃ、一回くらい、なんか、いってくるだろ」
「三年! そんなに待てないよ」
「じゃ、ほかへ行くんだな。木星までなら、あの宇宙船で、行けないこともないだろ」
「そんな! なんか、ないの? たのむよ。地球でみんな、待ってるんだ。海のなかまが、海の気をひくために、いろんなショーをやってるんだけど、いつまでもつづかない。いまにも海は行ってしまうんだ」
「ケンタ。いいかげん、きみらのつごうばかりいうのはやめにしな。火星にだってつごうはあるんだ。オレにだってな」
それきり、ロボットは、石をくだいたり、砂をよりわけたり、針のような長いものを土にさしこんだりして、いそがしくデータを集めはじめた。
恐竜はまたうつむいて、考えこんでしまった。
『つごうって、いっぱいあって、どうしていいか、よく、わかんないなあ。ぼくらのつごうをいえば、海のつごうや、火星のつごうをつぶしてしまうことになるんだ』
「ほら、どいた、どいた。ジャマだよ」
ロボットはタイヤをけたたましくまわし、砂ぼこりを恐竜にぶっかけて行ってしまった。
恐竜は砂をかぶったまま、考えつづけていた。
『思えば、海にたすけてもらってばかりだったもんな。ここらで、海のしたいことをさせてやるべきなのかも。でもなあ、そうすると、ぼくら恐竜はいいとしても、こんどはタイやヒラメ、クジラやイルカなんかのつごうもあるもんなあ』
日がくれていく。火星に夜がくるのだ。恐竜は、おなかもすいてきたので、宇宙船に入った。こっそりもちだした宇宙食をたいらげると、恐竜は眠った。そして夢を見た。
恐竜の夢
流星が何ヶ月も前から、はっきりと見えていた。それが見るまに大きくなり、地球がゆれた。
長いゆれだった。ゆれは、いつまでもつづくのではないかと、おそろしくなった。
ゆれがおさまると、空がまっくらになった。火山も噴火し、もう生きた心地はしなかった。
なかまたちは、寒さでバタバタとたおれた。気が遠くなって、ふと、意識がとだえた。
そんななか、海の近くでくらしていた恐竜が、はるかな海底にのがれた。
海がよぶ声がきこえたというなかまがいた。その声にみちびかれて海に入ったというのだ。
「きみたち、よかったね。そのへんはあたたかいだろ。空気がないけど、生きていけないことはないさ。食べものもあるし」
「海、きみはだいじょうぶなのか。氷の世界で」
「へいきさ。上のほうが氷になるだけだから」
そのことばどおり、海は地球上すべてで氷にさらされた。しかし、海底はあたたかく、すこしだけど生き残ることができた。
やがて、あの流星に乗って、別の星の恐竜がやって来た。
その恐竜たちは、海底での野菜や果物の育てかた、ボールをつかった遊び、病気のなおしかたなどをおしえてくれた。
すこしのなかまだけで生きてきた。あらそいもなく、平和でおだやか。そうだ、それは、このうえもなく幸福だったのだ。
何回となく、いいきかされてきた話。この夢ももう百回は見た。
恐竜のケンタは夢のなかで、また考えた。ぼくたちは、ほんとうなら絶滅するはずだったのに、絶滅しなかった。こうして生き残ってきたことに、なにか、理由があるとすれば、それはなんなのだろう。
恐竜ってものがずっと生きてきて、ぼくにつたえられたもの。変身のしかたや、時計のなおしかた、そういったもののほか、心にかかわるなにかが、気の遠くなるような年月をへて、はぐくまれているはずだ。それは・・・
「おい、ケンタ!」
ガラガラ、ガタガタとけたたましくドアをあけ、ロボットのチャーリーが、顔をだした。
「ねてるのか? おきろ! 急げ! 火星が話をきいてくれるってよ」
「え、ほんと? 三年かかるんじゃなかったの」
「たまたま、オレが穴ぼこに落っこちたら、『いたたたたっ』て火星がうなったのさ。たぶん、火星のよわいところへ、オレがぶつかったんだ。『なにしやがる』って火星が怒ったんで、いや地球の恐竜が話があるそうでといってやったんだ。するってえと、火星のやつ、いっそうカンカンになって、キミをよんでこいって、いやはや、すごいけんまくさ」
「え、なんか、ぼくのせいみたいじゃないか」
「なんだ、話したくないのか。じゃ、うまいこといって、ことわっといてやるよ」
「わ、わ、ちょっと。行くよ、行くから、ちょっと、待って」
外はまだ夜があけていなかった。ロボットは六本のタイヤをゴトゴトさせて走っていく。ロボットのサーチライトを目じるしに、恐竜はあとをついていった。
「ここだ」とロボットがとまった。土がもりあがって、そのまん中に、大きな穴があった。恐竜は、穴にかがみこんだ。くらくてよく見えない。
「チャーリー、ちょっとライトを」と恐竜がいいかけたとき、ドンとロボットがぶつかってきた。
「わ」
恐竜はバランスをくずして頭から、穴のなかへまっさかさま。
そんなに深くはなかったが、一回転して、しこたま、おしりをうった。
「いたたたたた」と恐竜がうめくと、別の声がやはり、
「いたたたたた」とうめいた。こだまかと恐竜は思ったが、ちがった。
「おまえはなんだ! もっとしずかにおりてこれんのか!」
その声は、地の底からひびいてきた。火星にちがいない。
恐竜は頭をさげて、ごめんなさいといった。
「おまえか! 地球からわざわざ、わしをいたいめにあわせにきた恐竜ってのは!」
「そんな! ちがいます! 火星さん、じつは地球の海が」
恐竜は海が旅立とうとしていることなど、これまでのいきさつを話した。
「ほお、地球の海がのお。とうとう、そのときがきたんじゃな」
「え、どういうことですか」
「だれにも、とめられんよ。むろん、わしにもできんことじゃ」
「いや、なんか、気まぐれのようですから。火星さんに、ひとこといっていただけば、海も気をかえると思います」
「気まぐれとか、そういうことじゃない。わからんか。海が、どんなきっかけにせよ、そういう気になったことがすべてじゃ。それがすべてなんで、だれにもかえられんよ」
「いや、ずっと一日のばしにしてますから、本気ではないと思います」
「ふん、やっぱりまだ、わからんようじゃな。海はもう、どうすることもできんのじゃよ」
「え」
「時間は、けっして、ぎゃくにはまわらん」
「ええ?」
「もう、ダメってことじゃ。あきらめるんじゃな」
「そんな・・・それでは、ぼくらや、海のなかまたちは・・」
「海のことを考えてやるんじゃな。ほかのことは、ざんこくかもしれんが、運命なのでな」
「火星さんでも、どうしようもないのですか」
「ああ、わしも、水星も、木星でも金星でも土星でも、太陽でもおなじことじゃ」
「なにか、方法はないのですか」
「ない」
「そんなあ、ひどいですよ」
「ひどいもなにもない。それに、ひどいのは、おまえじゃ。いきなり、ぶつかってきおってからに!」
「話をはぐらかさないでください。ぼくは、みんなを代表してきたんですから」
恐竜は思わず、天をあおいだ。
「わしは、いいかげんなことはいわん。ここ火星でもまったくおなじことが、おきたんじゃ」
「え?」
「火星に海があったことは知っておるか」
まさか、こんな赤茶けた、土と石ころの星に海なんか。
「ふん、知らんのか。これじゃから地球の恐竜は」
「いじわるばかりいってないで、ちゃんと話してください。ぼくには時間がないんです」
「おい、恐竜。おまえのつごうなんか、わしは知ったこっちゃないんじゃ。わしにだって、つごうはある。もう、おまえには話さん。さあ、とっとと、うせろ!」
ロボットにいわれたのとおなじようなことを、こんどは火星にいわれてしまった。恐竜は、またも、すっかりしょげてしまった。
「おい、恐竜、泣くな! ええい、わかった。話してやる」
火星はしずかに話しはじめた。それは、おおむね、つぎのような話だった。
火星の海の物語
火星には海があったんじゃ。きれいな海で、光がはるか下のほうまでとどいておった。もっとも、その光っちゅうのは、おまえんとこ、地球にある光とはちがう光じゃがな。
海では生きものたちが、たのしくくらしておった。
どんどん生きものたちはふえていきおった。光のせいで、陸でも海のなかでも、生きものの成長は早く、あっというまに一生をおえたもんじゃ。
次の世代、その次の世代と、進化をつづけてな。生きるもののつねで、あらそいがあり、ほろぶものたちもおった。生きものはみんな、ほろぶものもあれば、あたらしいものも生まれるもんじゃ。
けっきょくのところ、この火星の海は、にぎやかで、よろこびにみちた世界じゃった。
ずっと、それがつづくっちゅうことは、だれも、うたがいもしなかったのじゃ。
だから海が、いきなり、旅にでるといいだしたときには、みんな、あわてるとともに、どこか、めいわくな気持ちじゃった。
『こんなにみんな、たのしんでいるのに、どうして、みんなをがっかりさせるようなことをいうのか』ってな。
じょうだんだろうって、思うものもあった。あまり、かまってもらえないものだから、すねてるんだというものもあった。
しかし、海が本気だということがしだいにわかったんで、だれもがとめた。
海を一日でも引きとめるため、みんな、いろんなことをしたもんじゃ。海で生きているものたちすべてが、毎日かわるがわる、海をたのしませようとしたんじゃ。
(『どこかできいたような話だな』と恐竜は思ったが、もちろん口にはださなかった。火星に気をわるくされると、こまるからだ)
くる日も、くる日も、海にすむものたちは、海がよろこびそうなことをして見せたり、きかせたりしておった。そうやって時間をかせいだんじゃ。
そのあいだに、火星を代表するものが、海を行かせないようにするにはどうしたらいいか、いろんなものたちのところを相談にまわったのじゃ。
(『その代表って、やっぱり、ジュラシック・パークに入れられるのをイヤがった恐竜でしょ』と思ったけど、やっぱり口にはださなかった)
そのけっか、海を説得できるものに、たのむことにしたようじゃ。
まずは、わし、火星にたのむことになったようでな、わしのところに、その代表とかいうのがきおった。しかし、わしはそいつにいうてやった。
「なんだって! 海のやつめ! そんなに、ここがイヤなら、どこにでもいっちまえ!」って。
(『どこかできいたセリフだな』と恐竜は思った)
わしにことわられたもんじゃから、その代表とかいうやつは、木星にたのみに行ったな。あんな、へのかたまりみたいな木星にたのんだって、うまくいくわけがないのに。
「へのかたまりって、なんですか」
とっさに恐竜は口をはさんでしまった。まずいかなと思ったが、火星はさいわい気にしなかった。
「『へ』は知っとるじゃろ。オナラじゃよ。つまりガスじゃ。木星はガスのかたまりなんじゃ」
で、その、へのかたまりは、たのまれてどうしたと思う?
なんと、引き受けおったんじゃ。まったく、身のほど知らずにもほどがある。へのくせにのお。
そんな、へみたいなやつに説得されたって、そんなもん、へでもない。海がきくもんかと、わしは思った。
ところがじゃ、ところが、まあ、なんとしたことか、海のやつ、すなおに、『じゃ、行かない』というたのじゃ。
もう、火星のものたちの、よろこぶまいことか。上を下への大さわぎ。あんな、にぎやかなことは、火星はじまっていらい、はじめてのことじゃった。
それまでの世界が、なにごともなかったように、そのままつづいていけば、めでたし、めでたし、じゃった。
しかしな、そんな、かんたんなもんじゃなかった。それではおわらんかったんじゃ。
まずは小さなプランクトンからはじまりおった。
よろこびのまっただなか、プランクトンがいっぺんに死んだんじゃ。あらゆるプランクトンがな。
その死にざまはふつうじゃなかった。いっせいに、みな、はれつしてバラバラになったんじゃ。
わしにはそれが見えたので、ああ、むざんじゃとなげいたもんじゃが、それは、はじまりにすぎんかった。
ほかのものの目には、プランクトンの死なんぞ、ほんのあわつぶていどのもんじゃったろう。それでも、プランクトンというプランクトンがあわつぶになったんじゃ。ものすごいあぶくじゃった。
しかも、そのあぶくは、ただのあぶくじゃなかったんじゃ、これが。
毒なんてなまやさしいもんじゃない。あぶくが体にふれると、ふれたところが溶けよったんじゃ。
海のものたちは、次々とたおれた。泣きさけびながら溶けていき、息がたえるまでに、なんと長い時間が。
苦しみからのがれようと、たがいにすがりつくと、ふれたところがまた溶ける。
はげしい痛みと、せまりくる死の恐怖とで、あばれるもの、泣きさけぶもの、力なくただようもの・・・
海のなかは、どこもかしこも、地獄のようじゃった。
溶けていく子を前にして、自分も溶けかけている親は、子をだきしめてやることもできん。さわればまた、そこが溶けてしまうからのう。
死はゆっくりとやってきおった。
死がおとずれても、溶けるのは、おわらん。
プランクトンとおなじように肉も骨もバラバラになって、浮いたり、沈んだりしながら、なにも残らなくなるまで溶けた。
だれも、どうすることもできんかった。もちろんわしもじゃ。
そのとき、海はどうしていたか。海は、ただ、泣いておった。
しかし、さいごは海の番じゃった。
「え」と恐竜はおどろいたが、火星は話しつづけた。
さいごに海のなかのものたちが、だれもいなくなり、肉も骨も、なにもかも、溶けてしもうた。みんながとけた海の水は、もう、もとの水とはぜんぜんちがうもんじゃった。
くさった水であふれた海は、あの光のせいもあって、あっというまにガスになってしもうた。ガスじゃよ。ガス!
いまから考えると、あの、へのようなガスの木星がな、海を説得しにきおったとき、海はなにかを感じたんじゃろな。
さだめを感じたのかもしれん。もはや、のがれられんとな。それで、海のなかまたちと、ともにさだめを受けいれたのかもしれん。
どのみち、海が行ってしまえば、海にすむものたちは、生きてはおられん。海が行こうと、行くまいと、海に生きるものたちの死は、もはやさけられんかったんじゃ。
あとは、海が生き残るかどうかだけっちゅうわけでな。海は、自分がもう、さいごのときをむかえると知ったんで、旅にでるなんていったんじゃ。
海がさいごをむかえるとどうなるか。プランクトンのはれつも、そのせいじゃったんじゃよ。やりきれんのお。
海はガスになって、しばらくはただよっておったが、やがて、消えてしまいおった。
これが火星の海の話じゃ。地球の海とて話はおなじ。もう、とめられんのじゃ。
地球の海も、おそらくは、自分のさいごのときを感じ取ったんじゃろ。はっきりと知ったわけではないじゃろが、おぼろげながら感じ取って、それを旅ということばでいうておるのじゃ。
わかってやれ。おまえたちしだいじゃ。
おまえたちはな、海が行ってしまうにしろ、残るにしろ、よいか、おまえたちはもう、死をむかえるしかないんじゃ。
さだめじゃ。しかたないんじゃ。あきらめろ。あとはもう、海を生かしてやれるかどうかだけじゃ。それは、おまえたちしだいじゃ。
火星が話しおわっても、恐竜はポカンとしていた。火星がいうことは、なにかピンとこなかった。
海が死んでしまう? ぼくらも死んでしまう? どういうことだろう。
たしかに、海が行ってしまえば、魚たちは生きてはいけない。でも、海が行かなければ、魚たちが死ぬこともないし、これまでどおり、すべてがずっと、いつまでも、なにもかわらないで、いられるんじゃないのか?
なんか、たいへんなことになってきた。
「ねえ、火星さん。じゃ、海は、旅立たないと死んじゃうんですか? 地球に残ったとしても、もう海は海でなくなってしまうと」
「そ。おわり。パーじゃよ」
「でもそれは火星の海の話で、地球の海はちがうんじゃないんですか」
「ざんねんながら、海にかわりはない。おなじじゃよ」
「地球と火星は、ぜんぜんちがう星でしょ。だったら海も、地球と火星ではちがうはずです。地球の海は、そんなガスなんかにはならないでしょ」
「ガスではないかもしれん」
「じゃ、だいじょうぶなんですね、地球の海は」
「あわてるでない。ガスでないかもしれんというただけじゃ。死ぬことにかわりはない。死ぬっちゅうても、海はおまえらのような生きものとはちがうから、死んでのち、どんな姿になるかは、死んでみんとわからんがな」
「でも、死なないかもしれないじゃないですか」
「あきらめのわるい恐竜じゃな。よいか、わしが見たのは、火星の海の死だけではないんじゃ。流星になってやってきた、いろんな星の海から話をきいたんじゃ。海が旅にでたいと思ったからには、その星に残るか、残らないかにかんけいなく、海はもう、海でなくなるそうじゃ。星に残った海がどうなったかも、その流星たちはいっぱい見てきたのじゃ」
「流星が・・・そういえば地球の海も、流星になって旅にでるんだといってました」
「ふん、そうじゃろ。早く行かせてやるんじゃな。わしは海を行かせてやれなかったことが、大きな心残りじゃ」
「どうしても、その、これまでどおりの生活は、もうダメなんですか」
「ダメ。オシマイ。かたちあるもの、いつかはこわれる。わしだって、いつどうなることか。地球が、ガタがきたってなんのふしぎもありゃせん」
「そんなあ。なにか方法はないんですか」
「ない」
「ほんとにないんですか。ひょっとして、火星さんが知らないだけじゃ・・・」
「なにを、失礼な! そんなにいうのなら、おまえんとこの人間にでもきいたらどうじゃ」
「え、人間を知ってるのですか」
「知ってるもなにも、あいつらはここ、火星におったのじゃ。もっとも、ここにおるときはまだ進化していなくて、それはそれは野蛮な連中じゃったが。あれから、えーと何百万年もたっておるから、すこしはマシになったじゃろ。あんなできそこないのロボットなんぞ送ってきよって。どうじゃ、話くらいはできるようになったか」
「え? 話どころか、文明だとかいって、いばってますよ」
「ふん。なんじゃ、すこしはおとなしくなったかと思えば、ちっともかわっておらんということか」
「でも科学が発達しているようですから、方法はないか、ちょっときいてみます。人間なら、海が死なないようにすることができるかもしれない」
「ま、ムダじゃがな。気のすむように。じゃが、時間はもうあまりないぞ」
「じゃ。さっそく帰って、人間のところへ行かなきゃ。火星さん。早くここからだしてください」
「自分でとびこんできたんじゃ。かってにでていけ」
穴の上までは、ビルの三階分ほどの高さがありそうだった。
「でも、こんな穴っぽこ。どうやってのぼったらいいんですか」
「知るかっ!」
そのとき、穴の上からなにかが落ちてきた。ヒューッと風を切る音に恐竜が顔をあげたとたん、パッカーンとけたたましい音がした。落ちてきたなにかが恐竜の顔を直撃したのだ。恐竜はその場にぶったおれた。
「いてててててててて」と恐竜はうめいた。足もとにころがった落下物を見ると、それはたらいのようだった。アルミの大きなたらいで、おや、ロープがついている。
「おうい! ケンタ! それに乗れ」
ロボットの声が、スポットライトの光といっしょにおりてきた。
たらいは三本のロープでつるすようになっていた。恐竜はたらいに乗った。
すると、たらいはするすると上昇しはじめた。穴の口あたりまでのぼったとき、下のほうから火星の声がした。
「くれぐれも手おくれにならんようにな。人間どもには気をつけるんじゃ。ズルイでな。それから、おいポンコツロボット!」
ガタンとたらいがゆれて、止まった。
「おまえも地球へ帰れ。海がなくなれば、人間もただではすむまいて。帰るならいまじゃ。それに、おまえのヘタクソな歌、毎晩じゃもんなあ。いいかげん、カンベンしてほしいんじゃ」
火星がそういったとたん、また、たらいがガタンとゆれて、ガタゴトと引きあげられた。
「ふん、火星め。自分がうまく歌えないからって、ひとをヘタクソよばわりしやがって」
ロボットは、穴の上に組んだ滑車をかたづけながら、ちいさな声でブツブツいった。
「なんだ、ロボットのチャーリー。きみ、毎晩、火星とカラオケやってたんだ。三年も待たなきゃ火星とは話せないって、あれ、ウソだったんだね」
「ワタシ、ソンナコト、イイマシタカ。ロボット、ウソ、ツカナイ。オカシイ。ソレ、アナタノ、キオクチガイ」
「なんで、つごうわるくなると、ロボットしゃべりになるの」
「ワタシ、ロボット。ウソ、ツキマセン」
遠くのほうや、下のほうで、わはははははは、と大きな笑い声がきこえていた。