第1話 たいへんだあ、海が!
海はずっとむかしから海をやってきたので、そろそろ、好きなことをやりたいと思った。
「つかれたのかも」
四十億年も、海をやってきたんだから、ここらで、ひと息入れたっていいだろう。それにこのごろ、あまり、たいせつにされていないような気もするし。
「でも、好きなことといっても、このままじゃ、あまりたいしたことはできないなあ」
はあーあ、とため息をついたとき、海は、はるかなむかし、ここを通りかかった、流星のことを思いだした。
「たしか、あの流星も、もともとは、ある星の海だったといってたなあ」
流星の話では、海から流星に変身するのは、コツさえつかめば、できないことではないらしい。全体をすみずみまでかきまわし、えいやっと叫ぶ、それだけでいいという。
「ちょっと、ためしにやってみようかな」
海はまず、おしえられたとおりに、はしからはし、上から下まで、海全体をかきまわした。
地球上の海という海がゆれたものだから、もう世界じゅうが大さわぎ。
船はふっとんで、ヒコーキといっしょに飛んでるし、ビルも山も水びたし。家やクルマは水の上でプカプカ、人間は、たおれた木でサーフィンだ。
「えいやっ!」
海は叫んだ。すると、海は消えた。
かわって、まん丸い巨大なボールが、ぽっかりあらわれた。変身した海の姿だった。
月のように丸いそのボールは、ゆっくりと空にむかってのぼっていく。
「いちど宇宙の果てを見てみたかったんだ。流星になったから行けるかな」
まん丸の巨大なボールが、宇宙に飛びだそうとした。
そのとき、ボールはとつぜん大ばくはつ。水が地上にふりそそいだ。
海がもどった。海はいきなり、もとにもどってしまい、がっかりした。
「なぜだろう。きっと、かきまわしかたが足りなかったんだ。よおし、コツはわかった。こんどはうまくやるぞ」
海はまた、かきまわしにかかろうとした。
「ちょっと待って!」
海がなくなると、こまるものたちが、声をあげた。こまるのはだれか、それは・・・
アジやイワシやマグロにカジキ、タイやヒラメ、ブリにトビウオ、イカやタコ、えーと、それから、チョウチンアンコウやクラゲなんかもこまる。
クジラもこまる。イルカもこまる。ペンギンもこまる。アザラシもちょっと、こまる。シロクマもたぶん、こまる。
ヨットもタンカーもこまる。ボートもこまる。空母や潜水艦もこまる。
しかし、いちばんこまるのは、海にすむ恐竜だった。
絶滅したっていうのは、おもてむきのこと。すこしだけど生き残り、絶滅をまぬがれた。
地球が氷でおおわれたとき、恐竜は、海にたすけをもとめた。
それから海に住むようになり、ひそかに進化し、海のなかでも生きていけるようになったのだ。
海のはるか深いところで、その恐竜たちは生活している。平和にのんびり、ゆうゆうと。それなのに、生き残っていたことが、もしバレたら、たいへんなことになる。
学者たちが調べに来るだけならまだいいが、テレビのインタビューや雑誌のアンケートなんかがきて、さらに、ジュラシック・パークがさらいにきたら・・・
ああ、かんがえただけでゾッとする。
そんなことになれば、もう、生活はだいなし。なかまもバラバラ。せっかく、これまで生きてきたのも、なんのためか、わからなくなってしまう。ここは、なんとしてでも、海に思いとどまってもらわなければ。
「ちょっと待って! 海!」
たくさんの、こまるものたちのなかから、恐竜がすすみでた。
「海、きみはそんなに、みちたりているのに、どうして、流星なんかになって、ほかのところへ行こうとするんだ」
「おや、恐竜くんじゃないか。ひさしぶりだなあ。このまえ会ったのは、えーと、二億年前かあ。あのころ、きみたち、いっぱいいたもんねえ。あれ、でも、きみたち、この前、六~七千万年前ころ、絶滅したんじゃなかったっけ」
「海、きみのおかげで、ぼくたち恐竜は、たすかったのさ。いや、ぼくらだけじゃない。みんな、きみのおかげで、いのちをやしなっているんだ」
「そうだね。でも、まあ、四十億年のあいだ、きみたちのために、じっとしてきたんだ。ここらで、ぼくのやりたいことを、みんながゆるしてくれても、よさそうなものじゃないか。ぼくは宇宙の果てを見に行きたいんだ」
それだけいうと、海はまた、自分をかきまわそうとした。恐竜は大あわて。
「わわ、海さん、待って! わるかった。ぼくたちのつごうばかりいって」
恐竜は、どうすれば海をひきとめられるか、いっしょうけんめい考えた。しかし、とっさに、いい考えもうかばなかったので、時間をかせごうと恐竜は思った。
「海さんのいうことも、もっともだ。もう、とめないよ。でも、行くまえに、ぼくたちがおどる恐竜音頭を見てってくれ。いままでの感謝のしるしさ」
「へーえ、恐竜がおどるなんて、おもしろそうだ。見せてもらおうかな」
「すごいんだぜ。きっと気にいるよ。さっそく準備しなくちゃ。じゃ、十日待って」
「なんだって、十日? いま、できないの」
「準備がたいへんなんだ。やぐらもつくらなくちゃいけないし」
「十日も待てないな。ざんねんだけど、ぼくは行くよ」
「わわ、待って! 海さん。じゃ、五日」
「だーめ、バイバイ」
「わ、待って! 待って! じゃ、あした」
「あしたか・・うーん、どうしようかなあ」
「すごいんだぜ。まだ、世界じゅうで、だれも見たことがないんだ」
「うーん。じゃ、あすね。でも、つまんなかったら、すぐ、でかけちゃうからね」
恐竜はひとまずホッとした。しかし、休んでいるひまはなかった。まず、なかまを集めて、海とやくそくしたことを話した。
「おいおい、その恐竜音頭ってなんだよ」
話をきいていたなかまの恐竜たちがさわぎだした。だれも、恐竜音頭なんて、きいたことがなかったからだ。
「いい考えがうかばなかったもんだから、つい、でまかせを・・・」
「なんだって! そいつはたいへん! 時間がない。みんなで、特訓だあ!」
恐竜たちは、ソッコーで恐竜音頭をつくり、やぐらを組みたて、笛やたいこで練習した。その音にあわせて、みんなでおどった。
でも、てんでバラバラ。
おどりなんて、はじめてだったし、音もへんだった。手足を動かすたび、となりや、前やうしろの恐竜を、けとばしたり、なぐったり。いっしょうけんめい、やればやるほど、動きはぎくしゃくするばかり。
「音にあわせるんだ。耳をすませ!」
耳をすましているうち、こんどはみんな、眠ってしまった。
「いいのか、みんな。このままだと海が行ってしまうんだぞ」
それで、また、いっしょうけんめい練習したが、やっぱり、けとばしたり、なぐったり。あげく、ケンカがはじまった。なぐりあい、けりあいで、やぐらはかたむき、笛やたいこはボロボロ。恐竜たちもケガだらけ。
「こんなじゃ、恐竜音頭どころじゃないや。どうしよう」
恐竜たちはヘトヘト。もう、どうしていいかわからなくなった。
そのとき、上のほうから声がした。
「恐竜さんたち、ぼくらのいうとおりに、おどってみて」
それは、タイやヒラメだった。
タイやヒラメも、海がなくなったらたいへんなので、恐竜たちを心配して、こっそり、ようすを見にきていたのだ。
「そうか、きみたち、タイやヒラメなら、おどりはお手のものだね。ひとつ、たのむよ」
タイやヒラメは、恐竜たちのあいだをおよぎながら、手足のうごかしかたをアドバイスした。足のすすみぐあいをそろえるように、リズムもとってやった。
すると、みちがえるように、恐竜たちのおどりはうまくなった。朝になるまでずっと、恐竜たちは練習した。
そのかいあって、つぎの日の本番は大成功だった。
なにしろ、ただでさえ大きな恐竜が、たくさん集まり、みんなぴたりと、うごきをあわせておどるのだ。海水が大波うってゆれにゆれた。その迫力たるや、海をおどろかせるのに十分だった。
「うーん、たしかに、すごいね。いいものを見せてもらった。大満足だ。ありがとう。ぼくはあす旅にでるよ」
「わわ、待ってよ。あすは、ぼくたちの先生、タイやヒラメがおどるからさあ」
「タイやヒラメのおどりだって? そんなもん、いくらじょうずでも、おもしろくないさ。ぼくは、あす、宇宙の果てへでかけるよ」
「待って、待って。じゃ、タイやヒラメのコーラスはどうだい。まだ、だれもきいたことがないんだ」
「へーえ、タイやヒラメが歌うのか。ふーん、おもしろそうだな。でも、つまんなかったら、あす、すぐ行っちゃうからね」
恐竜はまた、ひと安心。
さっそくタイやヒラメたちのところへでかけていき、海とやくそくしたことを話した。
「え、なんですか。その、わたしたち、タイやヒラメのコーラスって」
話をきいていたタイやヒラメたちが、さわぎだした。だれも、タイやヒラメのコーラスなんて、きいたことがなかったからだ。
「いや、おどりじゃダメだっていわれたんで、つい、でまかせを・・・」
「なんですって! そいつはたいへん! しょうがない。みんなで、特訓だあ!」
タイやヒラメたちも、ソッコーで曲をつくり、練習をはじめた。
でも、てんでバラバラ。タイやヒラメは、歌なんてうたったことがなかったからだ。
どなったり、叫んだり、キーキー声になったり、いっしょうけんめいやればやるほど、声はどんどん、はずれていく。
「声をあわせよう、ほら。アーー♪」
「ガーー♪」
「グアアアアーーー♪」
「ちがう、ちがう、アーー♪」
「キャアアアアアー♪」
「ふああああああ」
あくびするものがいて、それをあいずに、みんな、居眠りをはじめてしまった。
「おいおい、みんな。ぼくたちがうまく歌わないと、海が行ってしまうんだぞ」
みんなハッとして、また、いっしょうけんめい練習した。
でも、やっぱり、キーキー、グァーグァー、ピーピー。そのあげく、うまくいかないものだから、たがいにどなりあったり、ののしりあったり。
「こんなじゃ、コーラスどころじゃないや。どうしよう」
タイやヒラメたちはヘトヘト。もう、どうにもならなくなって、とほうにくれた。
そのとき、はるかかなたから声がきこえた。
「タイやヒラメくんたち、おれたちのいうとおりに歌ってみな」
それはクジラだった。
クジラも、海がなくなったらたいへんなので、心配してようすを見にきていたのだ。
「そうか、あなたたちクジラなら、歌はとくいですものね。ひとつ、おねがいします」
クジラは、タイやヒラメの前で、声のだしかた、あわせかたなどを、ていねいに手本をしめしてアドバイスした。
コツがわかると、タイやヒラメたちのコーラスは、みちがえるようにうまくなった。そのまま朝になるまで、ずっと練習した。
そのかいあって、つぎの日の本番は大成功だった。
なにしろ、ちいさなタイやヒラメが、おおぜい声をあわせてコーラスをするのだ。海水がゆるやかにゆれた。その心地よさに、海はうっとり。
「ああ、いい気分だ。きれいな声だね。とてもよかったよ、ありがとう。これで心おきなく、あす旅にでることができる」
「わわ、待ってください。あすは、ぼくたちの先生、クジラさんが歌いますから」
「クジラの歌だって? そんなもん、毎日きいてるよ。すごくじょうずさ。でも、もう、いいよ。ぼくは、あす、流星になって宇宙の果てへ旅立つよ」
「待って、待ってください。じゃ、クジラさんたちのマジックはどうですか。まだ、だれも見たことも、きいたこともないはずです」
「え、クジラがマジックなんてできるの。へー、おもしろそうだね。でも、つまんなかったら、あす、すぐ行っちゃうからね」
タイやヒラメはホッとした。
さっそく、クジラたちのところへでかけて、海とやくそくしたことを話した。
「なんだって、クジラのマジックって、そんなのできるわけないだろ」
話をきいていたクジラたちがさわぎだした。マジックのできるクジラなんて、いるはずがなかったからだ。
「ごめんなさい。つい、でまかせを・・・でも、できなかったら、あす、海さんは行ってしまいます」
「うーん、海が行っちゃったら、たいへんだもんな。やるしかないけど時間がない。とにかく、特訓だあ!」
クジラたちは大あわてで、ヒレつかいのうまいクジラを何頭かえらび、なんでもいいからマジックを練習させた。
トランプやコインにはじまって、ハトのかわりにアジやイワシを帽子からだしたり、目かくししたまま文字や数字をあてたり、ヒレをつかわずにサンゴをうごかしたり、いろいろトライするのだが、どれひとつとして、うまくいかなかった。いっしょうけんめいなのだが、ヒレはバタバタするばかり。
「おちつくんだ。おれたちが歌って、おうえんするから」
ほかのクジラたちが歌いはじめると、マジックをまかされたクジラたちは、ウトウトしはじめてしまった。
「眠っちゃだめだ! あす、海が行ってしまうんだぞ」
それで、また、ヒレ先に心を集中させて練習したが、やる気はカラまわり。失敗ばかりでイライラし、帽子のなかのアジやイワシを食べてしまうありさまだった。
「こんなじゃ、マジックどころじゃない。どうしよう」
クジラたちはヘトヘト、もう、にっちもさっちもいかなくなった。
そのとき、下のほうから声がした。
「クジラさんたち、わたしらのいうとおりにやってみて」
それは、イカやタコだった。
イカやタコも、海がなくなったらこまるので、クジラたちのようすを見にきていたのだ。
「え、きみたち、イカやタコは、マジックができるのか。それなら、ひとつ、たのむよ」
イカやタコたちは、クジラのヒレ先にへばりついて、コツを説明したり、しおふきをつかったマジックなどをおしえた。
クジラたちは、朝になるまでずっと、必死になって練習した。
そのかいあって、つぎの日の本番は、大成功。
なにしろ、クジラがヒレ先をつかって、大きなトランプを、目にもとまらぬはやさであやつるのだ。しおふきをつかったマジックでは、クジラがみんな、いっせいにパッときえた。これには海もびっくり。
「ほんとに、すばらしい。ドキドキ、ワクワクで、いい思い出になったよ。ありがとう。これでぼくは、あす、気分よく旅にでられるぞ」
「わわ、待ちなよ。あすは、おれたちにかわって、イカやタコのマジックショーだぜ」
「イカやタコのマジックだって? きみらクジラのマジックを見たあとじゃ、どんなマジックも、ものたりないに決まってる。ぼくは、あす、流星になって宇宙の果てへ旅立つよ」
「待て、待ちなって。じゃ、イカやタコがおどるバレエはどうだ。まだ、だれも見たことがないんだ」
「へえー、イカやタコでも、『白鳥のみずうみ』なんておどれるのか。ありそうで、そういえば、そんなもの見たことないな。見ていこうかな。でも、つまんなかったら、あす、すぐ行っちゃうからね」
クジラたちは、むねをなでおろした。
さっそく、イカやタコたちのところへ行って、海とやくそくしたことを話した。
「なんですって、バレエって、そんなのできませんよ」
話をきいていたイカやタコたちがさわぎだした。バレエなんて、おどったことがなかったからだ。
「すまんな。つい、でまかせを・・・しかし、きみたち、バレエなんてかんたんにできそうじゃないか。イカ音頭やタコおどりを、いつもおどっているんだろ。でも、バレエがへたくそだと、あす、海は行っちゃうんだぜ」
「そうですか、海がなくなったら、えらいことですもんね。やるしかないけど、時間がない。よおし、特訓だあ!」
イカやタコたちも、すぐにバレエぐらいおどれると思っていた。
ところが、いざ、やってみると、長くてたくさんの足がじゃまになった。となりどうしで、からまるし、まっすぐピンとのばすところもむつかしい。
くんずほぐれつ、カッカして、スミをはくわ、タコつぼをなげるわ、やっぱり大さわぎ。そのとき、それをかげで見ていたエビが、・・・
そのころ恐竜は、海のなかをかけまわっていた。海がまだ行ってしまわないうちに、なんとか、海の気持ちをかえるにはどうすればいいか、たずねてまわっていたのだ。
「だれかに、説得してもらいましょうよ」とイソギンチャクがいった。
「だれがいいだろう」
「なにしろ海は四十億才ですから、ガンコですよ」とイルカがいう。
「そのとおり。いいだしたら、きかないもの」と恐竜が首をふる。
「じゃあ、海よりも、もっと古いお年寄りに、たのめば、海もきくんじゃないですか」とシャチやサメがいう。
「海よりも古いっていうとだれだろう」
「地球とか火星とか、宇宙にはほかにもいっぱい、いるぜ」とトドがいう。
アナゴやウツボに案内してもらって、恐竜はまず、地球と話ができるところへつれてってもらった。
「ね、地球さん。たのむよ、このとおりさ。海を説得してくれ」
「なんだって! 海のやつめ! そんなに、ここがイヤなら、どこにでも行っちまえ!」
地球は気をわるくして、カンカンに怒ってしまった。これはだめだと、恐竜は火星にたのむことにした。
恐竜はロボットに変身し、火星探査機に乗りこむことに成功した。
『ああ、ご先祖からつたわる変身のやりかたをならっておいて、よかった』
恐竜は、ご先祖からつたわる変身法を身につけていた。そのご先祖は、じつは地球の恐竜ではない。別の星からやって来たのだ。
その恐竜たちは、流星に乗ってやって来た。海がむかし、変身のやりかたをきいた、あの流星だ。
恐竜たちは、流星からおりて地球に残り、さまざまな知恵を地球の恐竜につたえた。変身法もそのひとつだった。
海のなかでは、まわりまわってペンギンが、海にサッカーをやって見せていた。
そのころ、ロボットに変身した恐竜は、ひそかに地球をあとにした。
「あの美しい海はなぜ、あんなに地球を旅立ちたいと思うのだろう」
宇宙にでた恐竜は、地球をはるかにながめ、海の気持ちを考えるのだった。