天使さんだぁzzz……
「まってー ! 」
「コラットこっちだよー! 」
コラットはいつものように同じ歳の男子に手を引かれ走り出す……
コラットは男爵の娘である。
南端の地方であっても両親には其れ相応に仕事があり下臣が家に詰め政務に勤しむ。
父と母は過去に王国でも屈指の冒険者だった。
王宮の勤めに何度、勧誘されたか忘れる程の力を持っていた……、が此れを断り続けていた
だがアーネストが片腕を無くしマリアのお腹に新しい命が宿り冒険者を引退する時、それまでの王国への貢献に熱く恩遇する為に王から直々に男爵を叙爵された。
片手が無く、子供をひしと抱けぬと将来を悲観しながら鍛錬で木剣を振り涙を流す事もあったアーネストはその恩遇を縋るように受け取った
「子に…… せめて良い生活を…… 」
…… 手のひら返しで叙爵した事に夫婦を侮蔑の目で見る元の仲間もいたが本当に仲の良い者は一緒に臣下として付いて来てくれた。
その中にはアーネストと同等の力を持っていた女剣士のフレデリカがいた。
彼女は本当はアーネスト目当てだったのだが夫婦に隙いる間が無いと分かると他の男と結婚し、子を宿した。
「コラ! アルド! コラット様を引っ張るな! 」
屋敷の窓からフレデリカは赤い短髪を揺らし大声で息子アルドを叱りつける。
その姿は元剣士とは思えない程にゆったりとした衣装で歳のほどが分からないぐらいの美しさだ。
「はーい! お母さんごめんなさーい ! 」
「はぁ…… アルド、私じやなくてコラット様に謝りなさい」
「ごめんねコラット! 行こ? 」
本当に分かってるのか?と首を振りながらフレデリカは溜め息をつく。
アルドは父と母の色素を受けた明るい色の茶髪で母と同じ短髪の少年
コラットより少し後に産まれたが成育はよろしく、身長は120センチほどだろうかコラットより背が高い。コラットは猫目でキツく見えるに対しアルドはタレ目で愛嬌がある顔をしている。
元気少年アルドはまたいつものようにコラットを引っ張って走っていく。
「仲がいいな…… ありがたい事だ」
「アーネスト様、息子が本当にすみません」
書類整理をしていたアーネストがふと手を止めフレデリカとアルドのやりとりに呟くと謝罪が返ってくる。
ーーー コラットと将来は夫婦に
…… とアーネストは言いたいのだが、能力無しのコラットを推せない。
それを分かっているフレデリカも、コラットとアルドの話題の行き着く先がそこなので言葉を濁し止める。
アルドは祝福で剣と魔法の両方で強い能力を神から授与された。これは英雄や勇者という部類の能力だ
能力無しのコラットでは釣り合う釣り合わない次元ではなく話にならない
コラットとアルドが領主館の前の道から花畑へ向かうのだろう事を2人は無言で眺め姿が見えなくなると書類整理の仕事に戻った。
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「大丈夫? 」
「コラットの体力は凄いな…… 」
花畑に着いて幼い2人は一息をつく。
アルドは腰に子供用の少し重い木剣を下げて走っていたのだがそれでもコラットの体力にはいつも驚く。
あんなに走ったのに息切れもしていない。
コラットはそういう能力を持っているんだろうなとアルドは想像をする
まだ幼い2人にはコラットの事は伏せてあるのでアルドはそれを知らずに的外れな推量をしながら息を整えた
「アルドーまたスライム? 」
「うん! コラットは花遊びしていてね! 」
この花畑には花の蜜を吸うスライムがいる。
プニプニと動く青緑色のそれは魔物であるのだが、消化吸収する対象が植物という進化をしてしまい人間を攻撃しない最弱に系列される魔物として知られている。
都市ではこの花の蜜を吸うスライムをフラワースライムとして飼育する愛好家さえ存在している。
コン! コン!
そのスライムにアルドは木剣を振る
幼いなりに、なかなかに太刀筋が良いようでスライムを両断して石や木の根や地面に木剣を打ち付ける音が花畑に木霊する
時季は春を過ぎている
花畑は開けた場所にあり陽当たりも良好……
コラットは花で腕輪を編んだりして遊んでいたがアルドの木剣の打つ音や暖かさにうとうと……
「スライムさんて…… あんな風に再生するんだぁ…… アルドも頑張って………… くぅ…… くぅ…… 」
コラットは木剣の木霊を子守唄に転寝を始めた。
――― スライムのアビリティを取得しました
――― 小児剣技アビリティ〈レベル2〉を取得しました。剣技アビリティに融合します。
コラットは夢の中でまた声を聞く
今日は野外での転寝のせいなのか意識が半覚醒していて夢の中で声がよく聞こえる
夢のような…… 現実のような……
「あの…… こんにちは、私はコラット。あなたはどなたですか? 」
白い羊水のような温い水が入った球体の中に浮かぶ夢の中でコラットは不安そうに目を開けて質問をする。
あれ? 何で水の中で喋れるの? と驚きながら口を慌てて手で塞ぐ
――― 私はコラットを夢の中であなたを守る……
「夢に? 」
ピリピリと振動するような優しい女性の声が四方八方から聞こえる。
「答えてくれるんだ」コラットは少しはにかんだ。
――― あなたは神様が能力を…… 私は…… 私は……
前世の母親は言葉に詰まる。
神様との約束で自分が母親と名乗ってはいけないと契約させられたのだ。
魂が現世と前世で捩れるのは実に良くない事なのだとか……
契約は
《自分を前世の母親と名乗った時点でコラットの加護者の権限を剥奪する》
母親と名乗れない辛さに身悶えする。
「神さま? 」
なら声は天使さんかしら? とコラットは小首を傾げて考える。
――― …… 天使…… そのように思っていいわ…… よ。
心を読めるの!? とコラットは恥ずかしくなるのを感じる
――― …… ふふふ、よくお休みコラット…… あなたの能力は寝る度に、見て聞いた物を自分の物に出来るのだから…… それは、あなたを守る力になる。
なるほどとコラットは納得する。
1人、夜の布団の中で昨日は使えなかった魔法や技を使えるようになってた
初めての時はそう…… 暗くて寂しい気持ちの夜に兵隊さんの光魔法が使えたらなぁ……と考え試してみると弱々しいながら光魔法が使えたのがはじまりだ。
ーーー でもコラットは誰にもそれを言わなかった。
お母さんに話してもらった聖女様のお話を毎日のように聞いていたのだから
「おかあしゃん…… 強い力は隠した方がいいの? わたしも力を隠した方がいいにょ? 」
この言葉は母に対して生きる為の確認と指箴の言葉だったのだ。
「ありがとう」
フワフワと光の夢の中でコラットは心の中で天使さんにお礼を言う
――― どういたしまして、さてコラットあなたには言っておき………… いけない! 早く起きなさいコラット!
天使さんが何かを話そうとした時コラットの体は急速に夢の羊水に沈むような心地になる
「夢がさめるの? 」
コラットの予想通り夢の羊水の中から現実の体へ……
「ーーー! 」
「ーーーラット! 」
ふと何かに揺らされてコラットは目覚める―――
その揺らす小さな手は必死の形相をするアルドのものだった
「コラット逃げるぞ! ロウウェスト・マンティスが出た! 」
「えっ! 」
目覚めにいきなり手を引かれ走りだすコラットがチラリと後ろを振り返るとそこには片腕を折られたアルドと同じぐらいの身長の蟷螂が威嚇の声をあげ追ってきていた……