5話 不法侵入
ころしてないです
五階まで上った。ようやく天井裏へ行けそうである。しかし、外から見た時はこんなに高い建物だっただろうか。せいぜい三階建て、むしろ縦よりも横に長い建物だったような気がする。
(建物全体に細工をしてる…?)
図書館に入った時は下がった感覚は無かった。気付かない程度の傾斜ならここまで外観と中身に差は出ないだろう。物理的な細工でないとしたら、魔法的ファンタスティックな細工か。魔法を習得する予定はなかったが、調べるだけ調べてみてもいいだろう。一人でする謎解きは嫌いじゃない。
ここ五階は丁度魔法や魔術のコーナーのようだ。ちなみに魔法や魔術の違いは分からない。本を読めば分かると思う。基礎的なものから発展的なものまでいくつか見繕った。
あとは天井裏への行き方を探すだけなんだが……さて、どうやって行けばいいのだろうか。
(物語の定番で言えば……ああ、あった)
壁の床近くにある不思議な穴。多分換気口だと思う。ゲーム内でこんなものが何故必要なのかは分からないが、あるなら活用させてもらうだけだ。幸い周りに人の気配はないし、少し触ってみたが金具で止めてある様子もない。不用心ではないだろうか? どうせ天井裏からの逃げ場はないから平気ということか。
五階にいる人の気配は下の階への階段へ向かっている。少し待って、このフロアに誰もいないのを確認してから穴の中へ入った。勿論蓋は元の位置に戻した。
穴の中は少々狭苦しいが、四つん這いで進めないこともない程度の大きさだ。暫く進むと梯子上の階段が出てきた。ここで一階から屋根裏まで繋がっているようだ。
(落下ダメージはあるだろうし、落ちたら即死かな)
逆に誰かが上ってくるなら蹴落としでもすれば勝手に死んでくれるということだ。好都合だった。そのまま上りきり、再び四つん這いで少し進むと五階にあったのと同じ蓋が見えた。こういう風になっているということは、天井裏にも人が来られるようになっているということだろう。少し警戒度を上げる。
暫し動きを止め、穴の外の気配を探る。物音も呼吸音もしないし、<気配察知>にも反応はない。人の気配はしなかった。
蓋の隙間から中の様子を窺う。驚くべきことに、人が生活しているだろう部屋が広がっていた。人影は見えない。
蓋をそっと外し、穴から這い出る。少しほこりっぽい気がするが一先ず置いておく。
この部屋の主は誰だろうか。ベッドの大きさやシーツの柄、机に置かれた筆記用具を見るに女性であることは間違いないだろう。机の上や本棚が几帳面に整えられている。この感じなら、恐らく書いているだろう。
(あった……日記だ)
机の引き出しを開けていくと、二段目に日記帳を見付けた。裏表紙に名前が書いてある。
(シ・ショー……どこかで聞いたことがあるような……)
あぁ、思い出した。一階のカウンターにいたあの司書の死体の名前だ。ベッドは一人分、棚に仕舞われた食器も一人分、ついでに歯ブラシも一人分。つまり彼女は一人でこの部屋で暮らして、仕事の時だけ下に降りていたのか。まさかの家から職場まで徒歩0分。寝坊さえしなければ遅刻知らずである。すごい、全然羨ましくない。
幸いなことに彼女はもういない。殺したからね。つまりこの部屋は空き部屋ということだ。なら貰ってもいいよね、ありがとうシ・ショーさん。ベッドでログアウトすれば、次ログインする時もそこで目覚めるらしいのでありがたいことこの上ない。
ただこの部屋から一階まで毎回あんな所を通っていたとは思えないし(もしそうならどんな苛めだという話である)何かしら正規の出入り口があるのだろう。
ぱっと見ではどこにあるのか分からないが、日記なり死体なりを調べれば何か分かるかもしれない。部屋の探索も必要だ。あとはSPが余っているから、本を一通り読み終えたらどのスキルを習得するのかも考えないと。
司書がいないとなれば誰かがこの部屋まで入ってくる可能性もある。正規の入り口を見つけておくのが最優先か。あまり長々と拠点にすることはできないだろうが、そこはもう仕方あるまい。
カーペットの裏やついていた扉を一通り確認してみたが目に見える仕掛けはない。ちなみに扉は浴室やクローゼットに繋がっていた。トイレがないということはNPCも排泄をしないのだろうか。渡り人もしないので必要ないのだが。
ついでにあちこち物色し使えそうな物を並べておく。インベントリに入れるのは死体を整理したらにしよう。
椅子に腰かけ日記を開く。短文だが毎日几帳面に書いているように見受けられる。何ちゃらとかいうチンピラの話では今はゲーム的にはライネル暦600年。この日記はどうやら数年前、あの司書がここで働き始めてから書かれたようだ。最初はこの部屋は与えられていなかったらしい。
最近のオンラインゲーム(特にVRゲーム)の世界はある程度条件を設定して世界誕生の瞬間からシミュレートしているのが一般的だ。故にどのNPCにも個々人の歴史が存在するし、そのデータ量はただの人が管理できる範疇を超えている。半世紀ほど前からオンラインゲームの管理は主にAIによって行われている。人が出てくるのはプレイヤー間の諍いの仲裁、イベントの指示や調整のためだけだ。
なので重要そうに見えないNPCにもこのような日記が残されていてもおかしくはないのだ。きっちり読む気になるかは別として。
あぁ、でも、重要でないと判断するのは早計かもしれない。死体の所属陣営が見たことのない名前だった。あんな名前、公式サイトに書いてあっただろうか。隠された陣営……にしたって、こんなすぐに見つかるような最初の街の司書が所属しているとは思えない。日記にそこら辺が赤裸々に書かれているとは思えないが、まあ何かしらのヒントはあるだろう。
流し読むのはやめた方が良さそうだ。
早く外に出てほしい
種族:人族
種族レベル:4
スキル:
<暗殺術>5<奇襲>4
<気配希釈>5<気配察知>4<隠密>5<変装>1
<識別>3
<薬学>1<言語学>4
<痛覚耐性>3
残SP:6
称号:
《初めてのひとごろし》