3話 初めてのひとごろし
説明回その2
人の気配のする方へ近付いて、物陰から覗き見る。汚い裏路地に相応しいガラの悪そうな男が3人いる。どうやら1人の男が他の2人を説得しているようだ。
「それでよォ、兄貴に言ってやったんだ。渡り人なんざ俺たちにかかりゃ目じゃねェ、今のうちに潰してやろうってな!」
「ヒュウ、強気だなオイ」
「で、兄貴はなんて?」
「まだその時じゃねェ、だとよ。だがよォ、今ならまだ渡り人もクソ弱ェしよォ、俺たちでも潰せるだろ? だからよォ、俺たちでヤっちまわねェ――――――
コヒュ、という音と共に喋っていた男の瞳孔が開き口から血が出る。喉に縦に刺したダガーを一気に心臓まで下ろした。男が腰に穿いてあった短剣を拝借しながらそのまま引き抜き、右に座っていた男の喉に横に刺す。最初の男を切った感触だと、このまま首を切れそうだ。勢いを殺さないまま首を断ち切った。呆然としている左の男を後ろ向きに壁に押さえつけ喉元に刃を当てる。
「ヒッ! な、何者だテメェ! 俺たち『黎明の影』に手ェ出してしてタダで済むと―――ア゛ア゛ア゛!」
「黙りなさい」
耳障りな声を発したので、反対側から手を伸ばして拝借した短剣を片目に刺した。もっと煩くなってしまった。
低く作った声で警告しながら喉元のダガーを喰い込ませる。やっと静かになった。周囲を探るが人の気配はしない。今の声で誰か気付いたりはしなかったようだ。あるいは気付いていても無関心を装うようなルールがあるのか。誰も来ないのならどちらでも良かった。
「静かに質問に答えなさい。ちゃんと答えたら解放してあげます。いいですね?」
男は震えながら首を縦に動かす。ダガーの位置は動かしていないため、その度に傷が大きくなる。可哀想に。
「この街の名前は?」
「あ、アインツだ…」
「図書館はどこにありますか」
「へ……ひ、広場の噴水を越えて大通りを西に進むと…鶏の像が屋根についてるでけぇ建物が図書館でさ…」
「チッ……この街の構造を教えてください」
「ひぃっ……ふ、ふ、噴水広場を中心に商業区、工業区、農業区、住宅区にわか、分かれてて…」
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ひとまず欲しい情報を全て入手できた。ついでに聞こうと思った質問をする前に男は失血死してしまった。情報収集は必要だから仕方ないね。図書館が思ったよりも遠くて思わず舌打ちが出てしまったが些細なことだ。
そういえば、と識別では男たちの名前や情報は入ってこなかったことに気が付く。レベルが足りないのか別のスキルが必要なのか……。まぁ暫く進めてみれば分かるだろう。
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死体(魔族)
名前:イソガ 所属:薄暮
性別:男 享年:84
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死体(人族)
名前:バーマ 所属:黎明
性別:男 享年:26
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死体(人族)
名前:ワーレ 所属:黎明
性別:男 享年:23
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そう思いながら男たちの死体から役に立ちそうな物を永遠に拝借しようと振り向くと、唐突に男たちの情報が頭の中に入ってきた。生物なら駄目だが死体ならアリということか。
〔だたいまの戦闘によりレベルが上がりました〕
〔スキルポイントを2獲得しました〕
〔ただいまの戦闘により称号《初めてのひとごろし》を獲得しました〕
〔ただいまの戦闘よりスキル<暗殺術>がレベルアップしました〕
〔だたいまの戦闘によりスキル<奇襲>を習得しました〕
〔これまでの行動経験によりスキル<気配希釈>がレベルアップしました〕
〔これまでの行動経験によりスキル<気配察知>がレベルアップしました〕
〔これまでの行動経験によりスキル<隠密>がレベルアップしました〕
〔これまでの行動経験によりスキル<識別>がレベルアップしました〕
〔これまでの行動経験によりスキル<痛覚耐性>がレベルアップしました〕
〔これまでの行動経験によりスキル<言語学>がレベルアップしました〕
ついでに大量のアナウンスも流れてくる。戦闘と行動経験が一緒に流れてきたのは、一段落ついたとシステムに見做されたからだろうか。どうでもいいことか。
詳しい確認はここを離れてからにした方がいいな。人に見られては厄介だ。
武器や、恐らく死亡したことでインベントリから放り出されたであろう物を自分のインベントリに突っ込む。ついでに服も剥ぎ取れないだろうか?
(できた。……羅生門みたい。うろ覚えだけど)
剥いでるのは死体からだけど。
ともかく剥ぎ取れたのでそれもインベントリに突っ込んだ。
(……識別できたってことは、死体も物扱い……)
まさか、まさかね。
死体がインベントリに入るなんてそんな……
(入った……)
服を剥ぎ取ったのは無駄になったが、まぁいい。血は残っているわけだし、ワーレとかいう男に悲鳴をあげられたわけだし、とっとと離れることにした。
暫く離れ、周囲に人の気配がないことを確認する。ふっと息を吐いた。早くフィールドへ出たい気持ちはあるが、拠点の確保が先だ。そしてその前に先ほどのアナウンスの内容を整理したかった。
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称号《初めてのひとごろし》
Alliance-Online内で初めて人を殺したプレイヤーに贈られる称号。
NPCからの友好度《微減》、人への与ダメージ《微増》
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どうやらPK込みで人を殺したのは私が初めてだったらしい。ゲーム開始から2日もあったのに。
少なくともこの称号はパッシブで効果を発するようで、NPCと関わる気のない私としては与ダメージ上昇のメリットしかない称号だった。あくまで微増なので無いよりまし程度だろうが。
これは公式が謳っていることだが、このゲームではMvPの他にPvPもガッツリ楽しむことができるのだ。2つの陣営が存在し、NPCもPCも必ずそれに所属する。陣営間で戦争したり陣営内でランキングを争ったりするらしい。そういったイベントは今度実装していくようだ。
最初はどの陣営に所属するか決まっておらず、一度目の種族進化を行う時に同時に所属を決定する。これが終わらない限り次の街まで行くことはできなくなっている。厳密に言えば、ごり押しすれば辿り着くこと自体は不可能ではないが街へ入ることができないらしい。
そしてNPCにもPCにも種族というものが存在する。NPCの種族は生まれた時から決定されているが、PCは始まりは全員人族だ。一度目の種族進化でどの種族に進化するか決めることができ、それ以降の進化はその種族内での進化になる。
さらに陣営ごとに友好的な扱いを受ける種族が異なる。【黎明】という陣営では人族、精霊族、機人族が、【薄暮】という陣営では魔族、獣人族、機人族が待遇が良いらしい。基本的にNPCの所属は種族で分かれているが、PCはそこら辺は自由だ。魔人で【黎明】に所属しても良い。最初は悪待遇だろうが実力を示せば認めてくれるそうだ。ワール…ワーロ……ワー何とかがそんな感じのことを言っていた。
陣営間は仲が悪いためか、基本的に陣営ごとに行く街が異なっている。更に陣営ごとに使われる言語も異なっているらしい。始まりの街ことアインツは例外で、唯一両陣営が公然と混ざり合って暮らし、どちらの陣営のでもない言語が使われている。恐らく次の街へ行ったら自動翻訳がされず言葉が通じないのだろう。取ってて良かった<言語学>。
ということは、死体の中で唯一魔族だった男はスパイか何かだったのだろう。所属も違ったし。恐らく偽装スキルか変装スキルか、そういうものがあればスパイ活動も可能なようだ。
魔族だったのは多分あれこれ言って渡り人を襲おうとしていたヤツだ。多分【黎明】が渡り人を襲ったと思わせて悪感情を煽り、【薄暮】に所属する人を増やしたかったんじゃなかろうか。今となっては真偽は分からないけど。
どっちの陣営に所属するとか種族をどうするとか、今はまだ決めていない。とりあえず知識を集める方が先だからだ。
図書館の場所も聞いたことだし、なるべく人目に付かない道を選んで向かうとしよう。
種族:人族
種族レベル:2
スキル:
<暗殺術>2<奇襲>1
<気配希釈>2<気配察知>2<隠密>2<変装>1
<識別>2
<薬学>1<言語学>2
<痛覚耐性>2
残SP:2
称号:
《初めてのひとごろし》