1話 ゲーム開始
ダンボールを開け、緩衝材をかき分けて目的の物を手に取る。両手の平を合わせるよりも小さいが、冷たく確かな重みがある。頭に装着して突起を探り当てそのまま押し込んだ。
既にインストールは済ませ説明書の類は読んであった。後は実際に操作してみるだけだ。
[セットアップ を 開始します]
ヴゥン、という音と共に機械的な女性の声がする。抑揚のない声だ。あえて人間味を持たせていないのだろう。
待つこと数分、声の指示に従って布団へ寝転んだ。食事にトイレも済ませ、空調も付けた。既に準備は万全だった。
[Alliance-Online を 起動しますか]
それしかインストールしていないためだろうか、目的のゲーム名のみを聞かれた。目の前に表示された半透明のウィンドウに視線で応える。当然Yesだ。
[Alliance-Online の セットアップ を 開始します]
[Alliance-Online の セットアップ が 完了しました]
[Alliance-Online を 起動します]
再びヴゥンと音がした一瞬後に暗転し、そしてまた直ぐに視界が切り替わった。
〔こんにちは。Alliance-Onlineへようこそ〕
今ではそこまで珍しくもない光景に何とはなしに目を向けていると、先程とはまた別の声が聞こえた。今度はひどく人間味のある穏やかな声音だ。女性とも男性ともつかない中性的な声。性別は設定されていないのかもしれない。
ぼんやりと待っていても続きが聞こえてこないため仕方なしに声を出した。
「どうも」
〔こちらはAlliance-Onlineにて貴女が使用するアバターの初期設定を行うエリアとなっております〕
〔一度決定されますと変更ができなくなってしまいますのでご注意ください〕
〔それではまずはアバターの外見設定を行ってください〕
何かしらの反応があれば進めるよう設定されていたのだろう。声と共に目の前に現実の私を模したアバターが表示された。横には各項目名の書かれたバーがあり、そこで調整が可能なようだ。
元の顔のままでは困る。つり目がちにして、眉を上げ口角を下げる。不機嫌そうな顔だ。ついでにゲルマン風の処理を行ってもらう。
髪型はベリーショートにした。身長を平均よりも上程度にし胸は極限まで小さくする。体格も細身にした。遠目に見れば男にしか見えないはずだ。最初から男のアバターにしないのは、性別を反転させるのに医療機関の許可証が必要なためだ。
色も変えようかと思ったが、明るい髪色にしたいわけではない。少し迷った末に髪も目も灰色にすることにした。
離れて全身を見回して満足する。このゲームの世界観に溶け込める見た目になっただろう。
決定を問うウィンドウが表示されていたのでYesと念じた。次の瞬間には先程作成したアバターは目の前から消え、視界の位置が変化していた。手足を軽く動かすが違和感は無い。相変わらずどういう処理をしているのかは分からないがこのゲームも大丈夫そうだった。
〔それでは続いて初期スキルをお選びください〕
〔初期スキルは全部で8つお選びいただけます〕
〔こちらで選択されなかったスキルもゲーム内の行動次第で習得可能です〕
声と共にウィンドウが表示された。スクロールしてどんなスキルがあるのかをチェックする。
公式サイトにも初期スキルは載っていたが、掲載されているのは全体の一部に過ぎないとも小さく書いてあった。プレイスタイルや欲しいスキルは決まっているがやはり全てチェックした方がいいだろう。より有用なものが見つかるかもしれない。
尤も、初期スキルにそこまで期待はしていないのだが。
かなりの数があった初期スキル全てに目を通す。外見よりも時間を掛けて考え、決定した。
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<暗殺術>1
<気配希釈>1<気配察知>1<隠密>1<変装>1
<識別>1
<薬学>1<言語学>1
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別に暗殺者プレイをしたいわけではない。ただ、なるべく他人に見られないことを優先した結果それに近いスキル構成になっただけなのだ。
ただ人に見られないだけではMMOは楽しめない。戦う術が必要だ。武器自体は何でも良かったのだが……短剣術や槍術なんかよりも幅が広そうで他のスキルにも合っていたし、<暗殺術>は私のやりたいコトにも使えそうだったのだ。
<識別>やら<薬学>やらは、ソロで動くために必要そうだから取った。ソロなら回復アイテムは自作できた方がいい。それだけだ。ついでに毒薬なんかも作れないかと睨んではいるが希望的観測に過ぎない。
最後の<言語学>は特殊だ。昨夜規約を読んでいたら見つけてしまったのだ。「地球上にない言語が複数出てきますがこれらはAIによる自動作成であり著作権は当社が保持します。本ゲーム外でこれらを無断で使用することは著作権の侵害に当たり……」という文言を。こんな文章があるのに、親切に全て自動翻訳してくれるとは思えない。
何より昨今のAIは人と変わらないのだ。薬学や戦闘をNPCに習うつもりは毛頭ない。会話は自動で翻訳してくれるのかもしれないが文字までそうとは思えなかった。複数の言語が出てくるというのも気になる。
つまるところ、会話をするつもりがないため文字が読めなきゃ詰みなので念のため取ったのだ。
ともあれ8つのスキルを全て選んで決定までした。後はゲームが始まるのを待つだけだ。
このゲームは三日前に始まったばかり、最初の街にもまだ人はたくさんいるだろう。なるべく人の視線を逃れるよう移動したいところだが……。
〔これにてアバターの作成が終了しました〕
〔それでは、Alliance-Onlineを心ゆくまでお楽しみください〕
視界がゆっくりと暗くなっていく。今度はヴゥンという音はしなかった。
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