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7. お誘い


 驚くべきことに、藤間さんと二人で塾以外の場所に行く予定ができた。デートと言っても過言ではないかもしれない。


 順を追って説明しよう。あの模試の日に僕は藤間さんとバスケットボールコートに行き、そこで松尾さんとの1on1などをお目にかけた。どうやらそれでバスケットボールに興味をもってくれたらしく、僕が塾の帰りに松尾さんのコートを借りて行うハンドリング練習やシューティング練習を時々見学しに来たり、ボール出しを手伝ってくれたりするようになっている。


 しかし塾が終わるのは夜遅く、僕が毎回送っているとはいえ女の子の身に危険性がないわけがない。僕は常々その点を危惧しており、また、コートを出て藤間さんの家の方に送りに行くのは僕の帰路からするとそこそこの遠回りになるため、藤間さん自身も気にしているようだった。


「ねえ、昼間とかってここを使わせてもらえないの?」


 ある日藤間さんがボール出しをしながらそう言った。僕はパスを受け、一定のリズムでボールを放る。外れた。リムに跳ね返されるボールをゴール下にいる藤間さんがひょいと拾い、再び僕に投げてくる。


「昼間も使えるよ。現に土日の午前中はよく来てる。でも、僕一人で使えるわけじゃないからね」

「そっかー」


 一定のリズムでボールを放る。今度は入った。しかし指のボールへのかかりかたに不満が残るシュート成功だった。


 藤間さんからまた投げられたボールを受け止め、僕はハンドリングの練習がてらにダムダムしながら彼女の方へ近づいた。


「このコートに来る人たちはあんまり怖そうじゃないけど、やっぱり見学の女の子は目立つと思うよ」

「ナンパされちゃうかも?」

「されちゃうかもしれないね」

「なにしろ、あたしはいつも可愛いからね」


 僕は恥ずかしさのあまり何も言えなくなった。ボールが手からこぼれ落ちる。藤間さんはいたずらっぽく笑った。


「ごめんごめん。どこか他のところがあればいいのにね」


 藤間さんはそう言い、転がるボールを拾い上げ、「ていっ」とゴール目がけて放り投げた。上下運動にスカートが舞う。下着が見えるには至らなかったが、藤間さんの健康そうな足が太もものあたりまで露わになった。


 スカートは重力に従って藤間さんの太ももを再び隠す。それに伴い僕は平常心を取り戻す。


「女子は片手で投げるより、両手でうまいこと投げた方がたぶん確率が上がるよ」


 僕は藤間さんにそう言った。そして「あとスカートだとパンツが見えそうになるよ」と付け足した。


「見た?」

「見てない。見えそうになったってことは、見えなかったと同じだろ」

「なるほど。日本語は難しいね」


 藤間さんはそう言い、腕だけの力でボールを投げた。リムまで届かずボールはそのまま地面に跳ねる。「あ、そうだ!」


「どうかした?」ボールを追いかけ僕は訊く。

「市民体育館とかあるじゃん。あれって借りられないのかな?」


 なるほど、考えもしなかった。確かに僕たちは市民だ。未成年でもあるところがわずかに引っかかるが、何らかの手順を踏めば市民体育館の一部を借りられるということは十分に考えられる。


「天才か」と僕は言った。

「あたしは可愛い上に頭もいいのよ」


 藤間さんはなおも僕の傷口に塩を擦り込んだ。


------


 正式名称はぶどうが丘体育館というらしい。市民のために予約制で解放される体育館は、年末年始を除いて毎日利用可能であるそうだ。利用できるのは1日2時間。


「気になるお値段は、なんと高校生は130えん!」

「神か」と僕は言った。


 藤間さんのスマホからその場で予約手続きを行った。2週間ほど先の枠となったが、無事に僕も藤間さんも都合が良い塾が休みの枠を見つけた。


「予約できた?」僕は藤間さんの肩越しに画面を見つめる。

「できたと思う。意外と簡単だね」

「よく思いついてくれたものだと思うよ」

「えらい?」

「とてもえらいと思うよ」


 藤間さんはウヒヒと笑った。そして僕の目をじっと見つめた。自然とこの形になったのだが、僕は藤間さんの顔が驚くほど近くにあることに気がついた。


「思ったんだけど」藤間さんが言う。「あたし、ゆーすけの連絡先知らないわ」

「僕も知らないよ」

「あんたが一方的に知ってたらヤバいでしょ」

「それもそうだね」と僕は言った。


 そして藤間さんに促され、僕たちはとても円滑に連絡先の交換を行った。うだうだ考えていたのがアホみたいだ。


「それじゃあ今日は帰りましょうか」


 藤間さんが締めくくりにそう言い、僕は帰り支度を手早くはじめた。


 藤間さんはボールを両手でしっかりと持ち、下半身のバネをボールに伝えてゴールへ放った。上下運動にスカートが舞い、今度はわずかに下着らしきものが見えた。


 ボスハンドで放たれたシュートはリムにまっすぐ向かっていき、ネット以外のどこにも触れずにゴールした。美しい軌道だ。


「やるじゃん」

「ねえこれ、あたし上手くない?」

「見事なものだと思うよ」

「ところで今度はパンツ見えなかった?」

「どうだろうね」と僕は言った。

「怪しいなあ」と藤間さんは呟くようにして言った。「ま、どっちでもいいんだけど」


 藤間さんはおもむろにスカートを持ち上げ、中にコンプレッションパンツのようなものを履いていることを証明した。


「どうだ、好きなだけ見るがいい」


 こうして僕のときめきはズタズタにされた。藤間さんはとても得意げに笑っていた。


-----


「体育館だ!」


 当日、僕はとても興奮していた。「体育館だよ、藤間さん」


「まったく、はしゃいじゃって。体育の授業で使わないの?」

「授業で体育館に来るのとは違うんだよ。見たまえ、このスキール音を」


 僕は前日丁寧に掃除したバッシュをキュキュッと鳴らした。


「音は見えないよ」と藤間さんは言った。


 藤間さんもジャージ姿になっていて、半袖半ズボンの黒い生地から白い手足が生えている。ピンクの細いラインが走っているだけのシンプルなデザインだ。飾り気は少ない筈なのにひどく魅力的に僕には見えた。


 しばらく眺めていられるものならそうしたいところだが、僕は藤間さんに準備運動を促した。


「結構しっかりするんだね」

「怪我したら困るし、なんだかルーチンワークのひとつみたいになってて、僕はストレッチしてるとテンションが上がるんだ」

「闘志がみなぎる?」

「そうだね」と僕は言った。


 実際そうで、ひとつひとつの関節をほぐし、筋肉を軽く稼働させるに従って、体にあるスイッチのようなものが入って運動する態勢に切り替わっていくのが自分でわかる。


 大きくひとつ息を吐く。藤間さんはボールを持っていた。


 パス出しの手伝いを申し出られたときにチェストパスの出し方は学習済みだ。藤間さんはボールにバックスピンをかけ、直線的な弾道で僕にパスした。なかなか上手だ。藤間さんは運動神経が良いのかもしれない。


 僕も藤間さんにボールを返す。藤間さんは何度かボールをついてみる。右手から左手にボールをついて渡すことはできるが、その逆は難しいようだった。


「コツってあるの?」

「そうだなあ。肩を支点に腕を使うのと、僕は手にひっかけるようにボールをつくかな。で、右からでも左からでも同じ点に向かって投げる」

「ようし」


 藤間さんは半袖の腕をまくって右手でボールを強くつく。跳ねたボールはちょうど体の中央あたりに強く戻り、迎えにいった左手は宙を切った。


「無理だよ!」

「いきなりこの高さは難しいかもしれない。僕たちは最初にやる基礎訓練で、片手で低く強いドリブルを延々とこなせるようにするんだ。右手でできるようになったら左手で、それもできるようになったら両手を使ったり高く強いドリブルを練習する」

「へええ。やってらんないね」

「正直今もう一度やり直せと言われたら相当悩むね。まあでもできるようになったら楽しいよ」

「そうだろうね」


 何か見せろと言わんばかりに藤間さんからパスが来る。僕はそれを直接打ち下し、跳ねてきたボールを低く強いボールハンドルで両手にしばらく遊ばせた。


「取ってごらん」


 ゆっくりとした大きなフロントチェンジで藤間さんにじりじり近づく。藤間さんはドリブルの間隙を狙ってボールに触れようと手を伸ばすが、それを察した僕はボールを背中に通して回避した。


「ずるい!」藤間さんが声を上げる。


 得意になった僕は少し藤間さんと距離を空け、ドライブの勢いで藤間さんに突っこんだ。衝突する寸前でターンし、川の水が岩を避けて流れるように、藤間さんの周りを縁取ってゴールに向かう。


 右手で丁寧にレイアップすると、ボールはリムに触れることなくネットをくぐった。


「どうだい」

「上手です」と藤間さんは言った。


 僕たちに与えられたスペースは体育館のうち6分の1ほどのスペースだった。半面がスポーツサークルか何かのバレーボールに使用され、残った半面が3つに区切られその内ひとつが与えられている。


「藤間さんは何かスポーツをしているの?」


 ふたりでフリースローシューティングをしながら僕はそう訊いてみた。藤間さんの動きは俊敏で、何か運動をしている方が自然に思えたからだ。体操着でない夏服のジャージも持っている。


「お遊び程度のバレー。それからダーツ」

「だーつ?」

「お父さんが好きでね、子どもの頃から付き合いでやってるの」

「男の影響だ」

「そうだね」と藤間さんは笑って言った。「あたし、結構上手いよ」


 そして藤間さんはフリースローを何本も沈めた。かなり右足を前に出した変則的なフォームで、背が小さく女子の力であるためループも低いのだが、決定率は安定している。


「藤間さんはバスケも上手いよ。でも片手でフリースローをするのはきつくない?」

「こっちの方がしっくりくるんだよ。気づいたんだけど、フリースローはダーツに似てる。ちゃんと練習をすれば負ける気がしないね」

「それは是非僕も教えて欲しいところだね」


 藤間さんはニッと笑った。


「お誘いだ? 一緒に行ってやらないでもないよ」

「いいね」と僕は澄まして言った。


 藤間さんはフリースローを3本連続で成功させる。


「ハットトリック!」と彼女は笑った。



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