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1. トランジションスリー


 試合時間は残り5分、6点差で負けていた。


 相手に点を入れられることなくスリーポイントシュートを連続で沈めれば追いつける。そう言うとそれほど難しいことのように聞こえないかもしれないが、実際やる立場になると、その道のりは果てしなく険しい。


 その上ボールはあちらが持っていた。僕が対峙するトップの位置で、ポイントガードの選手がボールをついている。


「ディーフェンス!」


 僕はほとんど密着するように彼をマークした。隙あらばスティールを試みようと思っているが、あまりにギャンブルなディフェンスはできない。プレッシャーをかけ、ミスを誘う。彼は体を使って僕からボールを保護していた。


「スクリーン!」


 味方から声がかかった。どうやら敵がスクリーンプレーを仕掛けてきたらしく、僕から見て右手に邪魔が入っていることが伝えられる。


 とはいえ敵がそちらから攻めてくるとは限らない。僕はスクリーンの気配を察知しながら、ボールへのプレッシャーをゆるめることなく次の展開を考えるともなしに予測する。


 敵は素直に壁を使ってきた。ボールハンドラーがスクリーンの方に進む。このまま平行移動するのは邪魔されているため、付いていくには僕はスクリーンの手前か奥のいずれかを選択して進路を調節しなければならない。


 僕はスクリーンの奥を選択した。ファイトオーバーと呼ばれる手法だ。ハンドラーは慣れた動きでスクリーナーのギリギリ近くに進路を取った。僕は少しでもプレッシャーが弱くならないようについていく。


 スクリーナーのマークマンだった仲間がヘルプディフェンスをしてくれる筈だった。あとはスクリーナーがどう動くかだ。スクリーンにつかれた感触からサイズの大きなビッグマンであることはわかっている。スイッチして僕がマークにつくなら誰もが認めるミスマッチだ。


 スクリーナーはポップした。スリーポイントラインの内側、遠目のミドルレンジまで広がっている。スイッチする形でスクリーナーのマークマンだった仲間がハンドラーをケアしているのが間接視野で把握できた。


 ここで僕の取りうる選択肢はふたつある。すなわち、ダブルチームの形でハンドラーのドライブのマークに加わるか、ポップしたビッグマンのマークに僕も外に広がるかだ。


 僕はそのどちらも素直に選択はせず、一瞬ハンドラーへのマークに加わる素振りを見せた後、彼のドライブが止まるのを確認してビッグマンのマークに戻った。背の低い僕の頭上からビッグマンにボールが通る。手を上げケアはしているが、当然パスカットはできなかった。


 ペリメーターエリアと呼ばれる範囲で僕は明らかに自分より大きな選手の相手をすることになった。おそらく身長にして20㎝程度は違うだろう。僕の適切な対応により、彼にキャッチ&シュートは許さなかった。彼は半身になってボールを保持する。僕はそこにぴったりと張り付いていた。


 すぐさまターンしてドライブを仕掛けてくるだろうか。あるいは体格の差を利用してゴール下へと押し込もうとするかもしれない。しかし、常識的に3度ほどしかドリブルをつかないポストプレイでこの位置からゴール下まで押し込むのというのはいかにも遠い。


 様々な選択肢が頭をよぎっていることだろう、その証拠にすぐさまアクションを開始しない。つまりは迷っている状態だ。それならパスをさばいて他から攻めても良いだろうが、この体格差を利用せず他に回すことはビッグマンのプライドが許さないのかもしれない。


 彼は背中で僕の圧力を感じている。そこで僕は彼の右肘のあたりを軽くトトンとタップした。プレイへの影響はなく、決して反則にならない強さだ。僕と彼にしかわからない。しかしそれでも彼は右肘の感触は受け取る筈で、それは僕への意識に影響してくる。右側に僕が寄っているように彼は無意識下で解釈する。


 そこで左側からのスティールを試みた。正確には、スティールを試みる素振りを見せるために手を伸ばした。思いのほかうまくいき、彼の保持するボールに触れられた。真上にボールがはじかれる。彼はあわててそれを取り直す。再び背中越しにボールを保持する形になった。


 それが彼を思い切らせたのだろう。彼はボールをついて背中ごと僕に向かって一歩進んだ。僕はできるだけ重心を落とし、足を踏ん張り胸でそれを受け止める。


 ターンしてドライブしてくるか? しかなかった。彼はステップバックするようにして僕に正対し、フェイダウェイ気味にジャンプシュートを試みた。


 それは僕の想定内のプレイだった。体格差はあるが僕は彼のステップバックについていき、ルールの許す限りの妨害を試みた。


 成功だ。彼のシュートはリムに嫌われ、リバウンドを仲間が取った。僕は既にパスを受けられる位置に移動している。僕の右手にボールが渡った。


 シュートを打ったビッグマンに僕を追うことはできなかった。僕は前方に強くボールをつき、フロアの状態を確認する。逆サイドから仲間が走っている。僕は右のレーンだ。中央には誰もおらず、2対1の状況になっていた。


 距離的な少しの余裕が僕にはあった。センターラインを越すときわずかにスピードを緩めた僕は、自分のテンポでスリーポイントラインへボールを運んだ。逆サイドの仲間は中央に向かって切れ込んでおり、彼のケアをしなければならない唯一の敵は僕のところまで出てこられない。


 迷うことなくボールを放った。ブロックはいない。指からボールが離れた瞬間成功を確信するシュートだった。ボールが他のどこにも触れずにネットを通過する音。この音を聞くためにシュートするようなものである。


 トランジションスリー。もっとも相手に絶望を、味方に希望を与えられるプレイのひとつだ。


 一瞬の静寂。続いて歓喜の声が聞こえる。悦に入ってカウンターを食らわないように自陣に戻りながら、僕は大きくひとつ息を吐く。


 敵のタイムアウトが告げられた。60秒間の休息が与えられる。僕たちはベンチに群がり、与えられるまま汗をタオルで拭いて給水を行う。


 理想的な攻防ができたため、残り時間は4分半ちょっと。3点差なら十分逆転可能だ。


「狩井、交代だ」


 監督のそんな声が聞こえた。信じられずに監督を見つめる。監督の目は怒りに燃えていた。


「生石、いけるな?」


 残り3分で再投入される予定だった僕の親友が監督に呼ばれた。


 生石直人は一瞬慌てる素振りを見せたが、素早く準備し試合に投入された。


「狩井はベンチで反省してろ」


 監督は僕にそう言った。それ以外は何も言わなかった。


 反省する? 何を?


 絶好のタイミングで反撃の狼煙をあげてすみませんでしたと謝って欲しいのだろうか。その方法が自分の好みじゃないというだけの理由で?


「祐輔さん、お疲れです」


 後輩の控え選手が僕の隣に腰かけてきた。渡されたドリンクを僕は素直に口にする。


「監督、あの形はレイアップかゴール下の合わせしか許しませんもんね」

「知ってる」と僕は言った。


 そして目隠しするようにタオルを被って汗を拭いた。タオルの隙間から試合を見ると、相手にセットオフェンスから追加点を許すところだった。




主人公の名前は狩井祐輔

カルイ ユウスケという読み方です

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