40話
(注)この物語には流血、いじめ、殺人等の残酷な描写が含まれます。苦手な方はブラウザバックをお願いします。また犯罪行為を助長する意図はございませんのでご理解いただきますようお願い申しあげます。又、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「うぁ……あったまいてえ……」
千里の起きた第一声だった。千里自身もどうやらあのあと寝てしまったらしく、何も掛けずに机に突っ伏すように寝ていた。確かに体を起こせば体も痛むし、ちゃんと寝れた気分にはなっていない。目が冴えてきた頃に広がるのは全て昨日のままに残されている食器や、空き缶のゴミ。これから片付けるのかと思うと憂鬱で仕方が無い。けだるさの残る体を起こしながらまずはキッチンへと向かった。何よりもまず、食器類を片して、朝食を作りたかった。別に自分一人なら作る価値が分から無いし、弁当のあまりでいいかなとか食べなくてもいいや、とか思うのだが、そこに赤の他人が加われば、千里としては話が別だった。千里は普段朝飯を食べている振りをしていた。それは勿論、蒼がうるさいからというのもあるが、他にも周りがうるさいのもあるのだった。お昼ご飯なんてそれが一番の理由だ。周りから食べろ。その声が鬱陶しくて仕方が無い。
普段食べているということにしているのもあり、どこから情報が漏れるか分からなかった千里は普段食べていないことがバレないように最低限お客様が居るときだけでも食べようと思ったからだ。まぁ、如一の場合は話が変わってくる。彼女もほとんど食べない。食が細すぎるのだ。それでも小分けにしてそこそこ食べているので、作れといわれれば作る感じにはなるが。
「めんどくせえな、くっそ……」
そんなことを愚痴りながらも、二人分の朝食を作り終えると、いっこうに目を覚ます気配のない楔を客室に連れて行く、布団に転がしておき、枕元に水、体温計、もしものための薬をおいてから楔から離れて、キッチンに戻り、朝食を作り始める。アサリの味噌汁に少し緩めに炊いたご飯。それをほんの少しだけ食べる。人からしたらそれは食べていない、と言いたくなるような量だったが。その間も楔は起きてくる気配はなかった。仕方が無いので、置き手紙を残して気の進まない学校へと足を運ぶ。外は昨日と比べると雲が厚くなっていた。梅雨は、近かった。
「千里、おはよう」
「ん……?あぁ、伊織。おはよ。今日早いね。朝練?」
「うん、そう。千里は体調悪そうだけど、平気?少し顔色悪いよ。寝不足?」
「ん?まぁ、そんなとこ。伊織、今日って暇か?暇なら今日俺んちに来て欲しいんだ。楔のアホ引き取ってくんない?昨日楔のアホがうちの近くでぶっ倒れてたから引き取ったは良いけど家知らねーし、わざわざ仕事場に行ってまで調べるのもだるいし。伊織なら知ってると思ったんだけど……」
朝、学校に登校するなり伊織に声をかけられる。千里はまだ少し頭がぼーっとしていることや、頭が痛んでいるのもあり、伊織が話し掛けたことにも気がつけずに視線で少し探す。声を掛けてきた本人は直ぐそばに居て、彼女の名前を呼びながら挨拶をかえし、朝練なのか、と問えば頷きながら千里の顔色が悪く、寝不足なのか、と聞くと歯切れの悪い返事を返しながら今日の予定の有無を確認する。
「今日?今日なら練習のあとなら平気だよ。千里の家に行けば良い?」
「おぅ。俺ん家わかる?」
千里がそう問いかければ伊織は少し笑いながら「ごめん、しらないや」なんて言う。今思い起こせば一度も伊織はうちに来たことはない。家も知らないのが当たり前なのだ。千里はたまたま知る機会があって知っていただけで、彼女に家までの道を案内したことなんて無いに等しい。
「じゃあ今日帰りに案内するわ。放課後道場まで迎えに行くわ」
「……わかった。……ありがとう」
千里は彼女にお礼を言われる理由が分からなくて首を傾げる。伊織はそんな千里を置いて部室の方へとさっさと歩き続ける。千里はすこし考えながら教室に向かう。
教室に入れば相変わらず周りは噂が噂を呼んでいつも以上に騒がしくなっている。千里としては早く治まって欲しいこともあり、これ以上噂の要因となるようなことをしないために今は誰とも関わらないようにしている。噂がひと段落着くまではこのまま、一人で過ごそうと考えている。ただ、心配なことだってもちろんある。伊織の事だ。この噂、最初のターゲットはどう見ても伊織だった。今だって表立って目立っている噂は伊織の噂だ。それも誰かが悪意を持って尾ひれを付けたとしか思えない物だ。千里は悪意になれている。慣れてはいけないのは分かっている。けれど、伊織にはそんな悪意を持った噂の対象になんてなって欲しくなかった。千里にとって伊織はなぜだか守らなくちゃいけないような気分になる。それはきっと、彼女の顔が死んでしまった母親に面影を感じるせいかもしれない。それに、まだ償い切れていないような気がしてならない。赦されていないような気がして仕方が無かった。だからこそ、彼女を守りたかった。守ることで許されたいとも思っているし、自分が生きていることを赦されたかったのかもしれない。
窓から外を眺める。相変わらず空はどんよりと暗くて重たい雲が広がっていて、今にも雨が降り出しそうだった。特にすることも無くて、ぼんやりとしながら窓の外を眺めていると不意に聞き覚えのある声で名前を呼ばれたような気がして声がする方に目を向ければ、そこには良く見知った顔が立っていた。
「ちーさーとっ」
「秋良……?おはよ。わざわざ1年の教室に来たの?何かあった?」
「特に特別な用があったわけじゃ無いんだけど……教室なんだか居心地悪くて」
へらりと笑いながら秋良はそう言った。今の秋良の状態は学年が違う千里でも知っていた秋良は今。教室に居場所が無い。あの連続殺人事件が原因だった。秋良にも千里のような孤独を知って欲しくなかった。秋良は心優しい少女だ。友達のことを悪く言われるのを嫌い、友達を悪く言われれば自分が言われたように傷つき、そして誰よりも庇う。千里に自分と友達になっていることをもったいないと思うほどに心優しい少女だ。だから、あの事件の時、秋良は誰よりも心から千里を信じ、戦った。それがたとえ、孤独を招くことになったとしても、秋良はかまわなかった。
それが、より千里には重かった。自分なんかにそこまでして貰う価値なんて何一つ無いからだ。苦しかった。秋良がそこまでしてくれる理由が分からないから。秋良の優しさは千里にはまぶしすぎた。だから千里は秋良のその言葉を聞いて少し心苦しく感じる。それを悟らせたくなかった。千里は少しだけ周りに牽制するようなそれとも冗談なのかどちらとも取れない口調でカラカラと笑いながら口を開いた。
「……そう、なんだ。まぁここも居心地はよくないと思うよ。今学校の噂の中心地だから」
「あはは、確かにそうだよね」
「だろ?でももっと息苦しそうなのは蒼のクラスだよ。楔と蒼で修羅場だろうから」
千里の揶揄うような言葉に秋良は笑う。それでも、秋良は千里を改めて尊敬した。千里達が巻き込まれている現状は分かっている。酷いものは本当に口にするのも躊躇うようなものまであるのだ。それが本人の耳に入らないわけが無い。だと言うのに千里はどこからどう見てもいつも通り。だから、つい口を滑らしてしまった。「千里は強いね」、と。千里は少し困ったように笑いながら少し悲しげな声で呟く。
「……秋良、俺は強くないよ」




