3話
注)この物語には多少の流血、いじめ、殺人等の残酷な描写が含まれます。苦手な方はブラウザバックをお願いします。また犯罪行為を助長する意図はございませんのでご理解いただきますようお願い申しあげます。又、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
伊織とは部室前で、秋良とは渡り廊下で、翔太とはクラス前で解散した後に千里のことを教室まで送り届けた後も蒼はしばらく一緒にいて談笑をかわす。時折、蒼に話し掛けてくる女子生徒も居たが、めんどくさそうに対応したり、わざとらしく無視したり、冷たくあしらったりしていた。本人的にはどうでもいい人にまで優しくつもりはないのか、それとも人と話をしているときに話し掛けられるのが嫌いなのか、余計に不機嫌になる。
しかし、間もなくホームルームが始まるチャイムが鳴ると、千里に「教室に戻れ」と言われ、蒼は名残惜しそうにしながら千里の教室を後にした。
蒼がいなくなると同時だった。
千里の陰口が始まる。それに対してあまり耳を傾けずに、一人教室の自分の席でぼんやりと窓の外を眺めていた。窓の外は昨日と何ら変わりない日常が昨日と同じスピードで時を刻んでいた。部活動に勤しむもの、風紀委員の仕事に勤しむもの、友達と和気藹々としながら登校してくる風景を眺める。何かが変わるわけでもないが雲は毎日違う。流れる雲を眺めながら、誰にも関わることがないように目線を窓の外に向け続けるのだった。
その数分後だった。時間にすればほんの1~2分ぐらい。誰か教室に来たような気がしたが大して気に留めることなくぼんやりとし続けていると、そのものが話し始めるのがわかった。しかし話を聞くのも面倒で、だんだん瞼が重くなってきたのもあり、机に突っ伏せようとした、その時だった。何かで頭を軽く叩かれるような振動があり、机におでこをぶつける。犯人はわかってはいるが、多少痛むおでこを抑えながら上を見あげると出席簿を持ちながらニヤニヤと含み笑いを浮かべた、クラスの担任の遊原 悠太が立っていた。どうやら予想通りで頭をたたいたのは悠太で、叩かれたときのものは恐らく手に持っている出席簿だろう。せっかくの時間を邪魔された千里は少し不満げにしながらおもむろに口を開く。
「……なんだよ、悠太。俺の貴重な睡眠時間とるなよ。そもそも出席簿は人を殴るものじゃない」
「叩かれるようなことをするな。お前、HR始まってんだよ、HRで寝るな。それと、先生、な」
「あ?別によくね?」
千里はそう言いながら、口元を押さえあくびを一つする。窓の外を見ているとだんだん心地の良い眠気が誘ってくるのだ、それに今の季節は春。そして今日の天気は晴れ。心地の良い風が吹いているのを知っているので窓を開けていた。そうすると、眠りに誘う風が吹いている。これで寝るな、という方がおかしいのだ。
そんなことを考えながら、再び外を見ながらぼんやりとしていると、再び頭を出席簿で叩かれる。確実に先ほどよりも力が入っていた。恨み言をぶつけようかとも一瞬思ったが、あえて何も言わずに千里は軽く頭をさすりながら悠太がいる方向へと顔を戻す。もちろん何も言わない代わりに少し睨みつけながら。
悠太はようやく自分と目が合ったことに大きくため息を吐きながら呆れたような口調で口を開いた。千里はそれに対してヘラりと作り笑いを浮かべ、自分の固有名詞について話した後に少しだけ顔を曇らせながら、部活動の話へと戻す。
「はぁ……なんて言うか……ほんっと地雷は自由人だな……。あぁ、そうだ。お前、早めに提出しろよ入部届け。部活動どこに入るか決まってんのか?」
「まぁね。そもそもの話、悠太忘れたの?俺の固有名詞は自由、だぞ。あー……、部活、ね。うん、決まってるよー。俺ね、剣道部に入るね」
「だったらさっさと書けばいいじゃねぇか……」
「別にいいじゃん。あー……でも確かあれって親のサイン必要だったよな?」
「あぁ、お前、どうするんだ?」
「どーしようかな……。一応蒼のお母さんには頼んでサインしてもらうつもり最悪悠太に頼もうかなって思ってるんだけど……」
「俺は担任なだけで地雷の親じゃないからな……?」
「えぇー蒼に断られたら俺部活は入れないじゃん。ねー、部活のサーイーンー」
「あ、それなら千里ちゃん、僕のお母さんに頼んでおこうか?」
千里には小学生の時に事故で死んだ時以来ずっといない。中学のころは親せきの家でお世話になっていたが、とある理由でそこを追い出され、今は冬木家の支援を少しだけ受けつつ、一人暮らしをしている。しかし、部活のサインだけは頼めなかった。なので、実のところ、部活のサインに困っていたのだ。
ほかの必要書類や、必要事項は記入してあるがあとは親のサインだけ、という状況だった。今までは何となく蒼の両親にサインとかは頼んでいたが、いつまでも甘えるわけにはいかないと思い自分でサインしてくれそうな人を探しているのだ。なので遊原に断られたらどうしようかと思っていたが駄々をこねるように千里が悠太と話をしていると、その話に割り込むように千里と悠太の間に入ってきたのは蒼だった。千里を悠太から庇うようにすりすりと寄ってきて頭を撫でながら、きっと悠太のことを睨みつける。まるで大切な人を奪われた、嫉妬の意味合いをこもった視線で。千里も気が付いていないふりをしていた。蒼の殺気に。それでもいつものことながら毎回申し訳ない気分になる。それでもそのあとに向けられた瞳は”面白い遊び”への勧誘のまなざしだった。その視線の意図にすぐ気が付くと、意地の悪い顔をしながら振り返って蒼に抱き着く。
「ほんとっ?!わぁい!ありがとう、蒼好き!悠太とぜんっぜんちが~う!さっすがだよ~!でも毎回悪いね、サインさせちゃって。今度お礼に何か作るわ」
「うんうん、千里ちゃんノリがいいのはいいんだけど、"好き"って言う言葉は本当に好きな人だけに言おうね?それにそんなこと気にしなくていいから。僕たちは幼馴染みでしょ?」
抱き付かれた蒼は抱きしめ返すと、頭を撫でながら、僕の親に頼んでおくよ、と言って微笑む。その後に千里がわざとらしくかなり棒読みでわぁいといいながら、続いた言葉はありがとう、好き、と少し照れたように言うと蒼は少しだけ困ったように笑いながら、頭をわしゃわしゃと撫でる。"困った幼なじみだ"そう思いながら。
千里はよく、"蒼は好きだ"ということが多かった。もちろん冗談ではないし、むしろ大好きなのだ。しかし、恋愛的な意味ではなく、蒼に対しては家族愛の方が強かった。理由もお父さんみたいだからという理由。というのも蒼が過保護でお父さんみたいなせいなのだが────。蒼はどうかといえば、蒼も蒼で千里のことは好きだが、恋愛的、というよりは千里と同じく家族愛が強かった。
「え、なんで?俺蒼のこと、普通に好きだよ、父さんみたいだしね、安心するから」
「うん、知ってる。でもね、そういうふうに軽々しく好きとか言わないんだよ?勘違いする人がいたら困るし。まぁ、そんな人は捻り潰すけどね」
「……はぁい。あんまりそう言うことは言わないでおく。ん、気持ちはわかるけど、蒼辞めて。ダメだよ」
「……まぁ、いいか。よしよし、いいこいいこ」
「……なんかすげぇバカにしてねぇ?」
「ん?してないよやだなぁ」
蒼に男に軽々しく好きだ、と言わないようにしろ、と告げると、千里はそれこそ真剣そのもので、返答をする。蒼は自分の幼馴染が少しだけ不安になる。が、自分が守ればいいか、という結論に至ると、千里のことをやさしいまなざしで見つめながら千里の頭をなでる。なでられた千里は不快そうに顔を歪めながら、質問を投げる。
しかしそれは華麗に流され千里は千里はちぇーと言いながら再び窓の外に目を向けたのだった────。そこには普段と変わらない青空が広がっていた。