29話
(注)この物語には流血、いじめ、殺人等の残酷な描写が含まれます。苦手な方はブラウザバックをお願いします。また犯罪行為を助長する意図はございませんのでご理解いただきますようお願い申しあげます。又、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
『おねがい……けて……!か……ん、おと……』
『金のない子供は救えないんだよ』
『お前なんか……お前さえ……お前さえいなければ千歳姉さんは……!千歳ねぇさんは死ななかったんだ!』
『お前なんか、いなければいいのに』
『お前、あの時死ねばよかったんだよ。そうすればみんな幸せだったんだ』
「っ……!!トイレっ……」
息苦しい感覚で目が覚めて一気に起き上がる。起き上がると同時に胃からの不快感に口元を手で押さえながらトイレへと一気に駆け込む。何分間そこでそうしていただろうか。時折むせているのか咳き込んだり、嗚咽が聞こえたような気がしていたが千里にはその時間がとても長く、何時間にも渡っていたような気もするが実際の時間にすると10分かそこらぐらいだった。まだ暫くトイレから出れそうにはないので、ため息をこぼした。
「ずいぶんと久しぶりに見た夢だったなぁ……」
正直今日見た夢の詳細は忘れたい過去だった。今も千里を苦しめている、過去の出来事を思い出させる夢だった。それも鮮明でいて、また目の前で繰り広げられているような感覚になるのだ。夢だというのに嗅覚やたい感、感覚の全てがリアルなのだから余計に不快感が増すのだ。最近は見てなかったし、油断してたのもあったが千里自身もあまり見たくはなかった。前は頻繁に見ていたし、そのたびにさっきみたいにトイレにこもっていた。もちろんその後は暫くトイレから出られなくなるのだが。目をつむるとあの夢がまた出てくるんじゃないか、そう思うと瞬き以外で今はなんとなく目は閉じたくなかった。再び一つため息をこぼしてからトイレから出てくるなりトイレの扉に寄りかかるかのように座り込んでから、頭を抱えた。
「やだなぁ、もう見なくなったと思ってたのに……だめだなぁ、切り替えなきゃ。……俺は天才で、完璧で有能にならないといけない警視総監様なんだから、あれが怖いなんて言ってらんねぇよ、このくらいでへばってらんねぇんだぞ」
体の震えを取るために、千里は体をさする。それでもしばらくは足に力が入らずに立ち上がれなかったし、体の震えも学校に行く時間の直前まで止まらなかった。”情けない“そう思いながらも、この夢を見るたび、怖くなる。あの匂いが鼻から離れない、あの感触が手から離れない。忘れないといけない。そんなのはわかっている。いつまでもうじうじしていても父親も母親も帰ってはこない。全部、全部わかっている。それでも時折夢に見ては苦しくなる。吐き気が止まらない。いつもの自分を取り戻すためにいつからかこの夢を見た時恒例になっていた、いつもの強い自分になる為のことばを呟いて胸を叩いた。その後に震えが少し止まってから吐息がこぼれ床に崩れ落ち、手のひらを寝転んだまま見つめながらポツリと呟く。
「忘れられたら、楽なのになぁ、これが罰ってやつなのかなぁ、―――――守れなかったことに対する」
千里が呟いた声はどこかかすれていて聞き取りにくく、聞き取れたのは、そこだけだった。
起きてから、どのくらいの時がたっただろうか。足の震えも止まり、ようやく起き上がれるように、そして立ち上がれるようになった。少しだけふらふらするような気もするが、大丈夫、そう判断すると、居間に向かい、時間を確認した。どうやらいい時間で、いつもならそろそろ蒼が迎えに来る時間だった。すぐに学園に行く用意を済ませる。
いつも通りの時間に蒼が迎えに来ると、千里は蒼の隣を目指して歩き始める。蒼はいつもよりも千里の顔色が悪いことににすぐに気が付き、じっと顔を見つめながら千里が隣に立つと同時、、声を掛けた。
「おはよう、千里ちゃん。……大丈夫?顔色悪いよ?」
「蒼ちゃん……。んーん。ダイジョーブだよ」
「……千里ちゃん嘘はよくないよ。……またあの夢、見たの?」
千里が大丈夫だ、そう告げると少し厳しい目つきになりながら千里をけん制する。千里は少し困ったように笑いながら、騙せないことを悟ると、少し黙り込んだ後に口を開く。流石長年付き合ってきただけあるが、そんなにわかりやすいのかと思うとほんの少しだけ落ち込むものだ。
「……やっぱりパパは騙せないね、うん。あの夢見ちゃった」
「……そっか。気分は?」
「あんまりよくない。……でも、大丈夫。前よりはましになったから」
「そっか……」
あの夢見ちゃった、と言いながら、リュックサックの肩にかける部分を強く握りしめる。蒼に話したことで手がまだ少しだけ震えた。ソレを押さえるために次に続いた質問に千里は良くない、と言った後に少し困ったようにうまく笑えていない顔で笑うふりをした。蒼は知っていた。千里はいつも嘘をつくとき、蒼のことを蒼ちゃんと呼ぶことを。身近にあるものを強く握りしめる癖を。大丈夫じゃないのに大丈夫だ、と言うときは、いつもへたくそな笑顔で笑うのだ。それでも蒼は軽く頭をなでると、再び口を開く。
「無理、しないでね、千里ちゃん。何かあったら何でも相談して」
「ん……ありがと、蒼。無理そうになったら蒼に言う」
「そうして。僕は千里ちゃんのお父さんの代わりなんだから」
「蒼、それ自分で言っちゃう?」
「言っちゃった。でも、本当のことだから。なんでも遠慮せずに言ってよ。いいわけでもなんでも僕がしてあげる。土浦先生もまかせておいて。僕が言いくるめておくから」
蒼の言葉を聞いて千里はようよくいつもよりは元気はないうえに、ぎこちないが笑った顔を見てほっとしていた。……まぁ、その笑顔も大してうまくはないのだが、先ほどの笑顔と比べれば大分自然だった。蒼としては休んでほしかった。でも休めと言ったところで、千里が素直に言うことを聞くとは思えなかった。いつも自分を極限まで追い込むのは、とある事件が起こってからだった。
「あ、蒼。皆にはね内緒にしてほしいの。その、事情を知ってる人ならまだいいんだけど楔とか伊織は知らねぇじゃん?だから秘密にしておいてほしい……」
「……まだ、話せない?」
「あいつらのこと別に信用してないとかじゃねえの。だから、心配はしないで。むしろ逆。信用してる。ただ、話すのが怖いんだ。それに、俺の事情にあいつら、巻き込みたくないだけ。……まあ、俺に何かあって事情を知らない人に聞かれたら如一には俺から話は通しておくからさ、蒼が話してもいいって思った人には話して。もちろん当たり前だけど俺の家で。鍵も如一なら持ってるし。あー、でもちゃんと口止めだけはしておいて。あんまり多くの人に知られたくないはなしだし。秋良には警視総監やってることすら話してねぇんだ」
駅まで近づくと、千里は何かを思い出したかのように慌てて口を開くと、今の状態の理由は秘密にしてほしい、そうせがまれ、蒼は、少しだけ瞬きした後に少し寂しそうにまだ話せないのか、と聞いた。千里は少しもどかしそうにしながら目線を逸らすと頭を掻きながら説明をするために口を開いた。じっと蒼のことを見つめながらだめ、か?と質問を投げかけた。その見つめている瞳の奥には何も映らない。それでも何かを伝えたくて必死になっているその顔を見ると蒼は何も言えなくなる。
「何も無いのが一番だけどね。でも分かった。千里ちゃんの身に何かあった時や、過去のことでなにかフラッシュバックが起きて何かあって話さないといけない時がきた時は僕の気が向いたら、みんなに説明しておくね」
「……ありがとう、蒼」
蒼は、何も無いことが一番だった。千里のトラウマ。それはすなわち、誰かが悲しむような結末があるかもしれないと言うこと、もしかしたらこの平和な日々に傷が入るかもしれない、と言うことなのだから。それでも、なにもない、と言いきれないのが今の世の中だ。だから、約束もしなければ、千里の日常の会話としてさくっと終わらせた。蒼は、ちらりと、千里の横顔を見つめる。千里は少し安心したかのようにほっとした顔をしていた。
丁度話し終える頃、丁度駅に到着する。千里はこの話はここまでだ、とでもいいたげに千里はなるべく普段と変わらない何気ない会話に戻る。「今日は調理実習がある」だとか、「体育だりぃ」とかそんなくだらないことを。そんなことを話をしてると不意に千里は肩をたたかれ、振り返ると、伊織と楔、それから翔太が立っていた。翔太がどうやら、肩を叩いたのは伊織のようだった。目が合うなり伊織はいつものようにヘラりと笑いながら声をかけてきた。伊織の後に続くように翔太も挨拶を入れた。
「千里、蒼。おはよ」
「今日ははやいんだな、千里も翔太も。部活もねぇくせに」
「お、伊織と翔太じゃん。おはよ。正直俺そのセリフは翔太に言われたくないかもなぁ」
「おはよう、伊織ちゃん。僕も千里ちゃんに同感かな」
「ちょっとぉ、僕も忘れないでよねぇ。おはよぉ、千里ちゃん。あれれぇ、翔太知らないの?千里ちゃんはたまに太田君置いていくぐらい早いよぉ。だから、千里ちゃんは翔太に言われたくないと思うなぁ!」
「おー、楔もおはよ」
「みんな俺に対してひどくない!?」
伊織が挨拶をすると、千里も翔太と伊織に挨拶をした。楔のことをダイレクトに無視をしながら。千里たちは会話(翔太いじり)をしながら再び歩き始めた。さすがにこんな大人数で横になって歩くのはほかの利用者の邪魔になるのも知っているので千里と蒼が一番前でその後ろに楔と伊織、一番後ろで見守りながら歩くのはしょうただった。もちろんそれは翔太がや右側の時間にくれば、の話なのだが。たまに翔太がいつまで待っても来なくて千里が一番後ろになるときもあるが。今日も今日とていつもどおり平和だなぁ、なんて思いながら歩いていると、少し後ろを歩いてる楔がほんの少し何かに気が付いたかのように不思議そうに小首を傾げながら口を開く。
「あれれぇ、千里ちゃん顔色悪いけど、大丈夫ぅ?」
「あー、うん。今日ちょっと夢見悪くてさー。自分が死にそうになる夢で……。いつも5時に起きるんだけど、今日は三時に目ー覚めた」
「ええ?!千里大丈夫?!」
「んー?大丈夫、大丈夫」
だれかにはつっっこまれるだろうと思ってはいたがまさかそれが楔が気が付くとは思っていなかった千里は確実に反応に遅れ、まさに苦し紛れのごまかしのような返答になったような気がした。しかし伊織はどうやらごまかせたようだった。おそらく、楔は騙せていない。あの顔は絶対に納得なんかこれっぽちもしていない顔だ。翔太はわからないが。千里の大丈夫、という言葉に伊織は少しだけ心配そうな顔をしながら、千里に無理をするな、といった。楔もその言葉に同調するかのように同じく、無理をするな、と告げる。おこるよ、のことばのうらにはふくおんせいとして”無理したら殺す“という言葉が隠れている気がしたのは気のせいだろう
千里は彼女たちの言葉に千里は一瞬だけ千里の時間を止めた。蒼はチラリと一瞬千里を見やる。
「そっかー、ならいいんだけど……。無理しちゃダメだよ」
「……そぉだよ、千里ちゃん。僕も顔色悪いって思うから!無理な時は無理って言ってね!言わなかったら怒っちゃうんだから」
「……はは、二人共ありがと。大丈夫だよ。無理したらこわーいお父さんに叱られるからね」
「ちょっと千里ちゃん!?それってもしかして僕のこと?!」
「あはは!ほらね?怖いでしょ?」
「あ、ちょっと千里、置いてかないでよ!ほら、翔太も。早くいこう」
「ああ、おう」
千里は、すぐにはっとして、反応はほんの少し遅れたような気もするが、うつむきながら首を少しだけ掻きながら、お礼を述べる。そのあとにこの話を正直続けたくなかった。これ以上は、自分が弱さを見せてしまうような気がしたのだ。だからすぐに顔を上げて、蒼のことを指さしながら、怖いパパがいると、告げると、蒼はまさか自分に矛先が自分に向くと持っていなかった蒼は少し不満そうにしながら口を開く。千里はその反応に笑いながらほらね、と言いながら笑う。千里と蒼が歩幅を早めると伊織も楔もあわててそのあとを追う。翔太は反応が一歩遅れ、周りにせかされ、そのあとを追うのだった




