23話
(注)この物語には流血、いじめ、殺人等の残酷な描写が含まれます。苦手な方はブラウザバックをお願いします。また犯罪行為を助長する意図はございませんのでご理解いただきますようお願い申しあげます。又、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
喫茶店を探した所案外すぐそばに喫茶店は見つかった。そこに入ることに決め、喫茶店に入るなり、冷房が効いた涼しさと外との温度の差に一瞬だけ千里は体を震わせるもそれも一瞬。すぐに気温に体が慣れる。楔も伊織に勘違いをされたくないというのと、千里の下手な噂を立てられるのが面倒な意見が合致したのもあり、あまり人のいない席へと腰を落ち着かせる。席に着くなりメニュー表をみて適当なドリンクを速攻で決め、店員に頼み終わると楔がおもむろに口を開く。
「まぁ、一段落したら適当に遊園地回ろっか。ブラブラーと適当に。ある程度行く場所は決めておこうと思うんだけど」
楔の言葉に千里は何も言わずに軽く頷いた。その後に会話を続けるために、口を開く。
「別に良いけど……。楔が行きたいところは?俺は特に行ってみたいアトラクションとかないし、そこに付き合うよ」
行きたいところも気になるところもこれと言って特に何もなかった千里は楔の行きたいところに黙ってついていこうと思っていたので入場の時に貰ったパンフレットに目を通しながら不意に訪ねるように口を開いた。そのときちょうど楔の席にはコーヒー。千里の席には紅茶が置かれた。楔は届いたばかりのコーヒーを飲みながら、「そうだなぁ」と言いながら顔を上げる。楔は自分の鞄からパンフレットを取り出すとしばらく眺めた後に少し悩んだ口調で口を開いた。もちろんアトラクションについてだ。
「まぁやっぱり、ジェットコースター外せないだろー……。後はお化け屋敷かなやっぱりその二つは外せねぇだろ」
「だよな!ジェットコースタはやっぱり定番だよねー。お……お化け屋敷……ね。ウンイインジャナイカナー」
楔のお化け屋敷、という言葉には千里は少し視線を彷徨わせた後に口を開く。楔はまじまじと千里のことを見つめる。千里はあからさまに片言な上に目を逸らすと楔は確信が付いた。
楔の予想としては千里は“ホラーが苦手だ”という事だ。もちろんその予想は大当たりで、千里はかなりホラーが苦手だ。しかし予想と反しているとすれば楔が思っている以上に千里はホラーがだめだ、という事だろう。
「…………ジェットコースターはノリノリなのに。……なんでお化け屋敷の時だけ片言?」
「ヤダナァーヨスガチャンソンナコトナイヨ」
「うわきもっ」
「うん知ってる」
千里の片言の言葉に感想を言うと千里も冷静に言葉を返す。楔はその返答には「わかってるならやるなよ」と少し呆れながら話を進めていく。
しばらくしてからのこと。話が一段落付いたことをきっかけに楔は徐に口を開くと、そのまま会計の紙と財布を持って立ち上がった。千里は慌てて立ち上がり楔の後を小走りで追う。
「まぁ……。行く場所はだいたい決まったし、そろそろ混んできたから、行こうか」
「え?あぁ……うん」
千里が楔に追いつく頃はもうすでに楔は会計を終わらせていて、「遅い」と言いたげにお店の出入口に立っていた。千里も慌てて会計を済ませようとすると、「もうお支払い済みですよ」と言われる。千里はまさかとおみながら楔のほうをちらりと見やると誇らしげに胸を張りながら、立っていた。そのまま呆然としていると、楔は少しむっとしながら
「早くこい」
と口パクをする。────本当にこいつはたちが悪い。気が付いていない。なんでこんなにスマートにこういうことができるんだろう。その行動一つで俺がどんだけ自惚れるのか、どんだけ心をかき乱されるのか。分かってない
千里はそんな風に考えながら、チラリと楔のことを見る。楔は訳が分からないっといた感じに首をかしげながら、
「おいていくぞ、地雷」
そう声を出すと、千里もあわてて喫茶店を後にすると、カバンから財布を取り出しながら、駆け寄る。
楔はいまだに千里が財布を持っていることに怪訝そうに首をかしげながら、千里が追い付くまで見守る。千里が一歩後ろに立つと、千里は口を開いた。
「なに勝手におごってんだよ、ぶっ飛ばすぞ。……で、いくらだった?」
「あー?別に支払い別にするの面倒だったから。いーよ、俺の秘密黙ってくれてる例として受け取っておけば?」
「割に合わない気がするんだけどなぁ……」
楔は投げるようにそう言ってからそそくさと歩き始める。千里はその背中を見ながら小さく苦笑をこぼしながら呟いた。
「悔しいなぁ……何でこんなに夢中にさせるんだよ……」
と、蚊が泣くようなほど小さくつぶやいた。
「なんかいった?
……てか、何やってんだよ、地雷。マジでおいて言っても良いわけ?」
千里の呟きは知らずか知ってか声をかけた。声をかけながら千里が立ち止まった位置に楔はやれやれとでも言いたげに肩をすくめながら千里の隣に立った。
千里もそのあとに楔の後を再び追いかけながら、楔への思いを改めて深く自覚するのだった。
それでも千里は怖かった。人を好きになると言うことが。幸せだと思うことが。だからこそこれ以上好きになってはいけない。そう心に言い聞かせていた。人というのは不思議なものだ。考えないようにすればするほど、考えてしまい、あきらめようとすればするほど自分の思いの強さを痛感する羽目になるのだ。それでも千里の胸の中にあるのは、“あの日”のこと。
今でも時折夢を見ては、吐いたり、死にそうになっていたりしている。今でもあの日のことは思い出すだけでも吐き気がするし、最悪吐くし、過呼吸になるときはなるし、冷や汗が止まらなくなる。それほどまでにトラウマになっているのだ。確かに今は病院に通わせて貰ったおかげである程度は回復したものの、根本的なところは直っていない。その日からなのだ。千里が人のことを好きになれない、なってはいけないと思い込んでいる節があるのは。
自分が愛したものには不幸が訪れるのではないか、と。
そこまで考えたときの事だ。楔に不意に声をかけられたのは。
「……地雷?」
「っ?!な、なんだよ、楔」
「別に?顔青いけど、大丈夫?」
「あぁ……うん、……いや!大丈夫……」
千里は楔のことを顔を見られないようにうつむきながら軽く押しのける。冷や汗が背中を伝う。
「はぁ!?いやいや……顔真っ青のくせに……」
「お前にお化け屋敷の前に連れてこられたせいだよ!俺、ほんとうマジお化け無理だし」
「あー、そっか。それはごめん……」
千里は謝罪の言葉を聞くと、胸がちくりと痛んだ。嘘をついていることにも、話せないことがあることにも。声に出さないで「ごめん、楔」そう吐息だけで言うと、千里は先ほどまでの考えを考えないようにするためにもきわめて明るい声を出して楔より一歩前に出るとそのまま歩き続けるのだった。