死にたがりアンドロイド
「マスター」
「どうした」
「私は死んでみたいです」
「え?」
ライ氏は数カ月前にアンドロイドを作り上げた。彼の孤独を紛らわせるために、そして培った技術力の結晶として完成させたものだった。
自らの意思で動く自立型の世話焼きロボットである。
イヴと名付けられたそのロボットは、見た目こそ完璧なヒトの女であったが、突拍子も無い言動が目立ち、ライ氏も扱いにほとほと困っていた。
「死にたいって、またなんで?」
「死にたい、ということに理由はいるのですか?」
「当たり前だろ。生き物ってのは普通自ら死のうとは思わない、死にたいなんて思うのはヒトだけだ。そしてヒトが死にたがるとき、必ずなにかしらの理由がある」
「しかし」
「なんだ」
「私はヒトではありません」
確かにな、とライ氏は思わず吹いてしまう。
イヴはどうしてライ氏が笑っているのかを理解できず、きょとんと立ち尽くしていた。
「でも、死にたい理由はあります」
「あるのだったら最初から言いなさい」
ライ氏はムッとして少し強めに言いつけるが、怒っているわけではなく、ただの躾としての発言であった。
イヴは怒られたと思い、無機質な眉を下げて、すみません、と小声で謝罪を放つ。
「それで、なんなのだ?その死にたい理由とは」
「はい、ヒトは死ぬことに対して感動します。前にマスターに貸してもらった映画や小説、漫画も次々にヒトが死んでいき、そしてその作品のレビューにはこう書かれていました。すごく感動します!最高!と。私はマスターを感動させたい、喜ばせたい。だから私は死にたいのです。死は美徳なのです」
「なるほど」
「では、死んできます」
「おぉい!!待て待て」
ライ氏は死に場所を探しに走り出そうとするイヴを慌てて止め、彼女がすぐに動けないように腰の深いソファに座らせた。思いもしない行動に机のコーヒーをこぼしそうになり、冷や汗をかいてしまう。
「座ってなさい」
「はい」
ライ氏はなにを言うべきなのか悩み、しばらく棒立ちで思考を巡らせていた。
脚を揃えて手を膝におき、上品にソファに座ったイヴは目の前で声を唸らせながら目を搔いて何か考えているライ氏の目を見つめながら言葉を待っている。
ライ氏は何か物事を考えるとき目を搔いてしまう癖があるので、イヴは彼が目を搔いているときは話しかけないようにしている。
「確かに、ヒトは死ぬという概念を娯楽と捉えているのかもな」
ようやく口を開いたライ氏は言葉を選びながら、眉間にしわを寄せながら、話し始めた。
「お前の言う通りなのかもしれん。だがな、感動すると言っても、そのヒトは誰かが死んだことを喜んでいるわけではないんだ」
「よくわかりません。ヒトは感動して涙を流した作品に高評価を付ける傾向があります。死ぬのを見て喜んでいるということなのではないのですか?」
「お前は…」
「ヒトはいつも感動したがっています。つまり誰かの死を常に願っているのではないのですか?」
「いや、違うんだ。それじゃあ人類全員サイコパスだろ」
「サイコパス?私の知っている定義とは少々異なりますが」
「あぁ、そうだな…」
ライ氏は頭を抱え、この分からず屋ロボットになんと説得するか再び目を搔きながら必死に考える。
一方イヴは目の前で困り果てている中年の男を、瞬き一つせずに見つめていた。
「確かになんで皆、感動したがるのだろうな…感動するということがそのままその作品の評価に直結しているのも事実だ。ネットなんかに上がっている漫画や小説などもすぐに誰かを死なせて感動させようとするしな…」
「はい」
「だからと言って、皆は誰かが死ぬところを見たいわけではないし、誰かの死を望んでいるわけでもないんだ」
「話が振り出しに戻っています」
「そうだな。いや、もう俺もわかんない…」
「そうですか、では」
イヴは低いソファから立ち上がり、台所へと向かった。
「おい、なにをするつもりだ」
イヴは台所から包丁を持って、再びライ氏の元へ駆け寄った。手慣れた持ち方が逆に怪しげな雰囲気を醸し出していた。
「私はこれで死にます」
「え、おいやめろ!」
腹部に包丁を刺さんとした美女ロボットを中年の男はすぐに止めた。
イヴは止められたことに驚き、目でライ氏に疑問を訴えかける。
「だから、死のうとするなって…」
「死のうとするな、なんていま初めて言われましたが」
「誰も死を見ることは望んでないと言っただろ」
「なるほど」
ライ氏が、包丁を戻しなさい、と言うとイヴは速やかに包丁を戻して、またライ氏の元へ駆け寄った。
「私はあなたを喜ばせたいのです、マスター」
「うむ、さっきも言ってたな。それはなんでだ?いつも家事をやってもらってこちらとしては毎日喜びの連続だが」
「家事以外で喜ばせたいのです」
「家事以外か。それで死のうとしたのも滑稽な話だな」
短絡的なのか複雑なのか、ロボット独特の思考回路にライ氏は笑ってしまう。
「いや、しかし、なぜ家事以外で?」
「それは…」
イヴはそう言うと言葉を濁し、なにか誤魔化そうと、あたふたし始める。今にも冷や汗をかきそうなほどに動揺していた。
「な、なんとなくです…」
「なんとなく?」
「はい」
「そうか…?」
今日は一段と様子がおかしかったが、この、なんとなくという言葉にライ氏は少々疑問を感じざるを得なかった。
ロボットがそんな非合理的な理由で何かをするだろうか、どうして突然そんなこと思い始めたのか、まだまだ研究の余地がありそうだった。
「あの」
「ん?今度はなんだ?」
「あまり目を搔くのは良くないかと」
ライ氏が目を搔いているのを見て、イヴはいつも通り黙っていたが、さすがに今日は度が過ぎていたため、つい注意をしてしまう。
「目なんて搔いていたか?」
「はい、マスターの癖です」
「ふむ、なるべく気をつける」
自分にそんな癖があったとは、ライ氏は不意の指摘にバツが悪そうに視線を泳がせた。
すると、あるものがライ氏の目に映り込んできた。
「あぁ、そういえば、今日は俺の誕生日か」
「そ、そうですね」
ライ氏の視界に入ってきたのは、彼の誕生日を主張してくるカレンダーだった。
誕生日、と聞いた瞬間にイヴは肩を強張らせ、とぼけたような様子を示す。
イヴの、誕生日という言葉への過剰な反応にライ氏は気づき、そしてここで、これまでの奇行の訳も合点がいった。どうして今まで気づかなかったのか自分の鈍感さに少し嫌気がした。
「イヴ」
「な、なんでしょうマスター」
「お前、もしかして俺の誕生日だから、特別なことをして俺を喜ばせようとしたのか?」
「な、なにをおっしゃっているのか、り、理解できませ、ん」
「ロボットが噛むんじゃない」
揚げ足を取られたイヴは顔を赤くしてそっぽを向いて、ライ氏と目を合わせまいと意固地になる。
「マスターの誕生日なんて、知りません」
「本当に?」
「マジです」
「俺は嘘をつく女は嫌いだなぁ」
「うっ」
ようやく目を合わせたイヴは少し涙目になっていた。
「おや?俺はお前が嘘をついているとは言ってないのに、どうしてそんなに申し訳なさそうなんだ?」
「うぅ」
「おかしいなぁ、俺はカレンダーに書き込みはしないんだが、何故だか今日の日付に花マルが書き込んである」
イヴは後ずさりをし、目の焦点もとんちんかんなことになって、言い返そうにも言い返せずに、本音を重い口で放った。
「……私の負けです」
「うむ」
顔をうつむかせ、両手を挙げたイヴは悔しそうにして、それ以上は語らなかった。ライ氏は、恐らく先ほど言ったことがあらかた当たったのだろうと察しがついた。
「イヴ、ありがとう」
「は、はい…?」
唐突に礼を言われたイヴはなにが起きたのか理解ができなかった。
「なぜ、ありがとう、なのですか」
「俺はお前がいつもそばにいて、しっかりと働いていてくれていれば、それだけで嬉しいんだ。だから、特別に何かくれなくても、お前のその気持ちだけで俺は満足だ。それ以上欲するのは罪深い気がする、神様に嫉妬されちゃ敵わんしな」
「よくわかりません」
「そうだな、わからなくていい」
ライ氏の冗談めかした言葉をイヴは理解できなかったが、彼が喜んでいるというのは伝わってきて自分自身も嬉しく、自然と笑みがこぼれる。
そして、しばらくの間、2人はお互いの顔を見ながら笑いあった。
これまで2人で笑い合うなどなかったが、恥ずかしさなどもなく、ただ純粋な幸福感のみが2人を包み込んでいた。
ひとしきり笑うとライ氏は趣味の悪い笑みを浮かべながらイヴに告げた。
「イヴ、簡単に死にたいなどもう言うなよ」
ライ氏の言葉を理解したイヴは自信満々に答えた。
「はい、承知しました。次からは簡単には言わず、よく考えてから死にたいと発言します」
「あぁ、いや、あの、そうじゃないんだがな…」
ライ氏は目を掻きながら、次なる理解しやすい言葉をまた探し始めた。
イヴはその様子を黙ってじっと見つめていた。
人とロボットがゆるーくいちゃいちゃするところを書きたくて、こんなんになりました。
恐らく大半の人が思っていたものと違ってがっかりしたかと思います。
がっかりしたからといって、くれぐれも自殺しないようお願いします。