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case5 Q 人類の汚点と言えば?

「おや、おはよう」

鈴野のクラスの担任教師、冴島さえじま ひろむは、教室の片付けをしながら、こちらに向かって含みのある微笑みを向ける。

若く端正な顔立ちをしていて、いつも笑顔を絶やさない生徒にも人気のある教師だが、その笑顔はどこか作り物めいている、と怪しい噂の絶えない教師でもあった。

しかしそこがミステリアス。と評価する生徒もいるらしい。……腹の底がしれない。油断ならない、と軽く身構える。


「おはよう……ございます」

「オカルト探偵部に何か用かい? 基本相談は放課後に受け付けているんだが……見ての通り掃除中でね。出来れば放課後に出直して貰いたい」

あくまで丁寧な言葉を選んではいるが、その真意は「とっとと出てけ」という事らしかった。いや、実際はわからないが、そんな気がした。


冴島という教師の言葉はよくわからない事が多い。

昨日の授業でもその癖は頻発していた。……居眠りのしている生徒を起こす時、冴島は決まってこう言う。

「おはよう。僕の授業はそんなに退屈かな?」

いつも通りの笑顔を絶やさずこう言うのだが、その割には眠っていた生徒の誰しもが真面目に話を聞きだすようになる。昨日の悪魔の証明とかいう全く関係無い話でもだ。

ミステリアスポイントの1つ……なんて言われてはいるが、実際のところもっと怖い存在なのでは無いか。冴島という教師は、俺が恐怖心を抱く人間の1人だった。

先ほどの言葉から感じる冴島の真意に気圧され、後ずさりして教室から出ようとする。その時だった。


「……冴島先生。それでは依頼人が怖がって逃げてしまいます」

後ろから女子生徒の声がする。……聞き覚えのある声だった。自分の後ろに立っているであろう声の主は、コツコツと歩いて俺の前に立つ。

「ようこそオカルト探偵部へ……あら?」

不思議そうに首を傾げながら、意外そうな物を見るかのような顔を見た瞬間、俺は全てを思い出した。

暗闇に閉ざされた昨日の出来事が、光を得たように頭の中に広がっていく。構築された世界を再確認し、今目の前にいる女子生徒の名前、顔、声が鮮明に脳内で再生されていく。

さながら読み込みの終了した動画を早送りするかの如く、俺の意識は昨日の出来事の世界に飛んでいた。

夕暮れの空、水滴の垂れる蛇口がある水道。そして目の前に立つ女子生徒。


「あなたの周りの異常な出来事には原因がある」


胸をすくような感覚。間違いない。

数秒過去の世界にトリップしていたが、改めて現実へ目を凝らす。

今目の前にいる女子生徒は、昨日現れた女子生徒と完全に一致していた。微細な箇所さえ寸分違わぬ容姿だった。

この女子生徒は鷺森 亜遊である。俺はその事を理解するのに現実世界の時間で数秒を要した。


「誰かと思えば昨日のゴミ人間君じゃない。確かに明日、とは言ったけれど……まさか始業前に来るとは思わなかったわ」

うん間違いない。自分に対してこんなに毒を吐ける女子生徒は学校中探しても鷺森位のものだろう……と、勝手に安堵する。

「亜遊、知り合いかい? もしかして予約が入っていたのかな」

「彼が神木 鈴野ですよ。……外面は媚びへつらっていますが、内心道端の犬のフンでも見るかのような目で人を見ているので、要注意です」

何かとんでもない罵倒をされているが、とんでもなさすぎて逆に頭に入って来ない。ひどい偏見である。

しかし冴島はその罵倒を受け流し、何もなかったかのような淡白な態度を崩さないままだった。……ひどくこちらに関心がない。その点では鷺森 亜遊と一緒だった。

「ああ、そうなの。……席を外そうか?」

「いえ……神木君?」

「……何だよ」

既にこちらのタネは割れている。今更鷺森 亜遊に対して表面を取り繕っても、意味はないというものだろう。


「実は昨日の件なのだけれど、説明には結構時間がかかるの。……今から説明したのでは授業に間に合わないわ」

そこから言わんとする事は簡単に予想出来た。

「……分かった。放課後出直す」

「助かるわ」

嘘をついているという様子はなかった。実際に嘘を吐く理由も無いだろうし、先ほどまでの熱もナリを潜めている。ここは大人しく従っておこう。と、振り返って歩き出す。

鈴野は空き教室……オカルト探偵部の部室を出ると、今度はゆっくりと歩いて教室に戻った。

既に教室には何人もの生徒が登校してきていて、鈴野が入るや否や視線が集まるのを感じる。……教室に新しく誰かが入ってきた時に、その人物を見てしまう気持ちはわかる。

たとえその人物に好意や敵意を抱かなくても見てしまうもの。俺だってそうだ、誰かが扉を開ければ振り向いてその人物を見てしまうだろう。


だが、問題はそこからだった。

もし俺が入ってきた人物を見てしまったとしても、面識が無ければすぐに目を逸らす。そして元の姿勢に戻るだろう。

しかし今や自分は、今やモブとか一般人という言葉では片付けられない存在になってしまった。……これが勘違いや思違いで無い事は、不本意ながら認めざるを得ない事実だった。不特定多数に嫌悪や好意という感情を抱かれる。その事実は何度目覚めても変わる事はなかった。

そんな相手と目が合ったりした結果、何が起きるかというと。

男子はほぼ舌打ち。良くて嘲笑。女子なら不快な視線が突き刺さり、訳のわからない勘違いをされる事もある。というかあった。ロマンチックな事この上無い。

偶然や運命に心惹かれるのは自由だと思うが、それを大義名分のように扱い近づいてくるのはご遠慮願いたかった。即刻その漫画のような思考を水責めにして溺死させてやりたい。


「あっ……鈴野、どうだった?」

席に戻ると、不安げな顔で翠がこちらを見つめてきた。相変わらず男子とは思えないまつ毛の長さだ。

「ああ、いや……放課後にまた来てくれって言われたよ」

「鷺森さん居たんだ。……どうなの? やっぱり噂通りの冷たい人なのかな?」

冷たい人間か、と言われればそうとは思えない。口は悪いし、言葉の端々に嫌味をねじ込む底意地の悪さは憎たらしいが、オカルト探偵部という慈善行為をしている以上、悪人では無いと思う。……何を考えているかはさっぱりわからないが。


「冷たくは無いんじゃないか? 仮にも人助けをしているわけだし」

「そっか。そうだよね……じゃあ大丈夫そうかな」

「何がだ?」

「さっき、友達が入部してるって言ったでしょ? その友達が辛い思いをしてないかなって」

……辛かったら速攻退部していると思う。ああいうのに慣れというのは存在しない。ウマが合うか、よほどの友人で無ければ鷺森 亜遊との部活なぞ続かないだろう。

ということは、オカルト探偵部に入部している翠の友達というのは、あの鷺森 亜遊とウマが合うかよほどの友人だという事だろうか。

恐怖でしかなかった。七不思議に加えるべきだろう。【女帝と肩を並べる謎の部員の存在とは!?】とかいう見出しで、ぜひ調査して欲しかった。……探偵の調査とはこれまた不可解な。

その時、一際大きな音で教室の扉が開く。見れば、なんと担任教師の冴島が入ってくる。

鈴野が無駄に思案している間に、時間はどんどん進んでいたようだった。……そういえば、冴島が入ってきた瞬間、俺はどう思っただろうか。

少し考えるとすぐに答えは見つかる。

それは、げ、とかうわっ、とかいう感情に他ならなかった。……所詮、生徒が教師に抱く感情なんてこんなもんだろう。

同性ならだがな。

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