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case1 性格的見解の相違

俺、神木かみき 鈴野すずのは女性が嫌いだ。

図書館や電車などの公共の場所で大きな声で話す女性も、自らを一番にしたがる学校の女子達も、金のために涙や嘘を利用する女性も、一律に嫌いだった。無論そのような行為をするなら男も嫌いだが……鈴野が女性を嫌う真の理由は別にあった。

恋愛脳である。

中学生、いや小学校高学年にもなれば学校は恋の話で真っ盛り、と言ったところだろう。

誰しもが興味を持ち、冷やかしや羨みが当然のように存在するようになってくる。特に女子に顕著だと言える。

鈴野はそんな、恋愛のことしか頭に無いような女性が大嫌いだった。


(ああ、なんだこれは。あの日からずっとこうだ)

俺は朝の7時半現在、電車に乗って通学中だった。窓から見える景色より、スマホの画面に目を走らせる学生で溢れた列車内。

ドアの傍で柱を掴んでいるが、どうにも落ち着かない。

感じるのだ。あちこちからチラチラと見られている。表面上はみんなスマホの画面を見ているように見えるが、その実顔を上げては自分の顔を見ているのだ。

さらに不快なことに、その感情は特に嫌いな感情だった。


(うぜえ。全員電車から放り投げてやろうか。早く男性専用車両を作ってくれ行政)

すなわち、それは恋愛感情と表される一種の羨望だった。

俺には、目の前の相手が自分に恋愛感情を持っているかどうかわかる。それが知りたいか知りたく無いかなど関係無い。見たく無い道端のゴミや、聞きたく無い選挙演説等と一緒。勝手に情報が頭に入ってくるのだ。……あの日からずっと。

向かいのドアの傍にいる黒髪の女子高生も、つり革につかまり隣の友達と談笑しているポニーテールの女子高生も、急ぎ出てきたような髪型の纏まっていないOLも。

みんなが恋愛脳のフィルターを通して自分のことを見ている。それがたまらなく不快だった。


(ああくそ。早く目的の駅についてくれ……)

虫酸の走る感触を我慢しながら、必死に早く到着することを俺は願っていた。

(俺が何をしたってんだよ。顔だって変えちゃいねえし、大幅なダイエットに成功したわけでも無い。筋肉量だって変わってねえし、服装はずっと制服だ。なのに、急に周りの女どもが反応を変えやがった)

窓に映る自分の顔を見てみても、その顔は十数年間見慣れた自分の顔だ。フェロモンなんて欠片も感じないし、ハリウッド俳優のような濃ゆい顔もしていない。

髪だって少し長めなだけだ。ワックスで整えもしていなければ、染めてもいないただの黒髪。

中肉中背、服は学校指定のブレザー。どこに視線を集める要素があるのか皆目見当も付かない。

それなのに、突然周りの女性は変わった。変わってしまった。


最初に違和感を感じたのは学校だった。

教室に入るや否や、騒がしかったクラスメート達が一斉に話を止めて自分の方を見たのだ。

当然事情のわからない俺は戸惑った。新手のいじめか何かとも思った。しかし何もしてくる様子は無い。

そのまま歩き、自分の机に座ってボーッとしていた時だった。女子のヒソヒソ話が聞こえてきたのだ。

「神木君ってあんな感じだっけ?」

「昨日までは暗い感じだったけど……チョット良くない?」

「かも! イケてるよね!」


その言葉を聞いた瞬間、自分の全身を這い回るようにぞぞぉっと不快感が駆け抜けた。

更に、自分を見ている女子達の視線で吐き気まで込み上げてきたのだ。

その日はたまらず保健室に駆け込んだが、翌日からはそうも言ってられない。何より、女子共のせいで自分の体調が悪くなっているのが、この上なく俺には許せなかった。

そこからは少しづつ慣れていったが、未だに震えと悪寒は留まるところを知らず。女性のいるところならどこでも発現する症状になっていった。


プシュー、と電車のドアが開く音でハッとして駅を見る。そこは俺の向かっていた目的地。

危なく乗り過ごす所だった。考え事をしていれば視線は気にならないが、他のことまで視界から外れてしまうのは玉に瑕だ。

改札から出た俺は、急いで学校へ歩いて行った。



「じゃあ、当番決めをします!」

学級委員の女子生徒……名前は忘れた。覚える気も無い。……その女子生徒が、黒板の前に立ってクラスの当番を書いていく。男子の方は立つだけで動こうとしない。

この時間さえ終われば昼休みという事もあって、クラス全員がだらけを感じている雰囲気だった。きっとグダグダな時間になるだろう……と、俺は頬杖をつく。


当番決め……古臭い風習だが学生としては当然の仕事とも思う。小学校でも中学校でも係り当番というのは存在したものだ。

しかし、ここで俺にはある問題が発生する。

そう。一緒に当番をする相手の事だった。間違っても女子生徒と仕事などしたく無い。想像するだけで全身にじんましんが出そうなほどだ。

女子生徒との仕事が決まってしまったが最後、当番の時間はずっと気を張っていなくてはならない。世間体を保つために表面上は愛想良くするが、内心では吐き気を催す不快感がずっと渦巻いている。

最初はその感覚を自分の自意識過剰と思っていた。しかし日を重ねるごとに、俺は自分の感覚が間違いでは無いことを思い知る。

見られる、ヒソヒソされるは日常茶飯事。差出人不明の手紙や、誰かもわからない相手からの電子メッセージなども2日に一回は処理していた。

更に面倒なのが直接言いに来た場合だ。相手からしたら相当の勇気を振り絞っているのかもしれないが、こちらとしては迷惑極まりない。

直接的な恋の告白は、視線や噂の何倍も嫌な気分になる。即刻お帰り願いたかった。世間体を保つために雑には扱えないし、かと言って告白を受ける? 真っ平御免だ。

俺に出来るのはやんわりと断ってとっとと帰ることだけ。一度、家まで突き止められた事があったが、無事に国家権力のお世話になって貰った。2度と会いたく無いものである。


というわけで、俺は女子との接点を極力減らすように努力をしている。つまり今回の狙い目は……男子との2人きりの当番になる事。

そして俺には切り札があった。


「なあすい、一緒に園芸の当番をやらないか?」

それは根回しである。結託して当番を決めて仕舞えば、後は何の干渉も受け付けない。決定してしまった事というのは正に不可侵領域。俺たちだけの楽園パラダイス

「うん、いいよ!」

頷き、そして微笑む翠。完璧だった。

通常女子から羨望の視線を受ける男子というのは男子からも良く思われないものだが、翠だけは違う。

翠からは憎悪、嫉妬といった感情や、恋愛感情を感じる事だって無い。良き相棒になってくれるはずのベスト・パートナー。

出来れば3年間一緒のクラスになりたいものだ。

「先生! 僕と鈴野で園芸当番をします!」

翠が挙手し、先生がそれを認め、学級委員がそれを黒板に書く。

勝利の瞬間だった。あまりの心地よさに頬も緩む。やはり持つべきものは親友、もとい神友だったのだ。

やったね、と笑顔をこちらに向ける翠に、鈴野は親指を立てたグーサインを向ける。今だけは他の視線など気にならない。翠の笑顔だけ見ていればいいのだ。



無事に当番決めも終わり、学校はお昼時を迎える。

席が隣という事もあり、俺は毎日翠と昼食を取ることにしていた。……1人でいると何に巻き込まれるかわかったもんじゃ無いからな。

「あ、今日も鈴野はお弁当なんだね」

「おう。……そういえば翠も毎日弁当だよな」

「お母さんが持たせてくれるんだ。お母さん、元々運動をしてたらしくて栄養バランスもしっかりしてくれるんだよね。すっごく助かってるよ」

そう言って翠は弁当を開ける。

「おお……これは凄いな」

出来栄えも凄いが、色合いと品目のバランスも凄い。軽く見ても、五大栄養素全てが織り込まれているようだ。

栄養バランスは確かなもの。かつ美味しそうというお弁当としては最上級クラスに当たる出来だと言っても過言では無いだろう。

「これは凄いな……このレベルのものを毎日作っているのか」

「お母さん曰く、1人分作るのも2人分作るのも変わんないってさ。今でもスポーツしてるみたいだしね」

どうやら翠の母親というのは相当の人物らしい。……女性といえど、翠の母親は尊敬せざるを得ないか。


「鈴野のお弁当は誰が作ってるの?」

「ん? ああ、俺の弁当は妹が作ってるんだ。その代わり、家での食事は俺が作ってるけどな」

女性に頼らず生きていく上で、家事スキル、特に炊事スキルは必須と言えるだろう。それを鍛えるために料理の勉強も始めたが……弁当だけは妹が作ると言って聞かなかった。

女性は嫌いだが、妹の神木かみき 姫野ひめのだけは例外だった。自分に恋愛感情を抱かないでいてくれる数少ない家族なのだから、当然といえば当然と言える。

姫野だけは自分への反応を変えないでいてくれた。姫野だけはいつもの調子でふざけて、いつもの調子で会話してくれた。

その反応がどれだけ支えになっている事か。俺は妹への感謝を忘れた事は無い。

俺は友愛、家族愛を尊く信じて疑わない。

「へぇ〜、妹さんがいるんだ。兄妹っていいよね」

「ああ。今度翠にも会わせてやりたい。年の割に生意気だけどな」

何気無い談笑を翠と交わす。……そんな時だった。


「ねえ、神木君」

自分の名前を呼ぶ声がした。その瞬間顔から血の気がさーっと引いていくように感じる。もう見なくてもわかるのだ。自分が生活の中で避けたい最も嫌な出来事が起こる前兆だと。

しかも今回は翠の手前、無視する事も立ち去る事も出来ない。……こういうデメリットもあるのか。

恐る恐る振り向くと、そこには女子生徒が3人ほど立っていた。

一番厄介なパターンだ。応援だかなんだか知らないが、一緒に来るのは本当にやめて欲しい。

「その、今日の放課後……体育館の前に来てください!」

その言葉を言い切った瞬間、何かを成し遂げたように達成感のある顔をして女子生徒たちは立ち去っていく。

キャーキャーという周りのガヤがはしゃぎ、まるで小鳥や猿が騒ぐようにしてその3人は教室を出て行った。


「鈴野はモテるね。今月で何回目だろうね」

13回目だ。数えたくも無いが数えてしまった。

よりにもよって翠との時間に来るとは。もう少し機嫌が悪ければ堪忍袋の尾が切れていたかもしれない。

反吐が出る。真ん中の女子生徒の言葉も、周りの女子生徒の声も!

つい数秒前の妹や翠への感謝の気持ちが、まるで戦前の教科書のように黒く塗りつぶされていく。自分でも引くくらいにどす黒い感情が自分の心に渦巻く。

しかしここは翠の手前。

「ああ……そうだね……ちょっとトイレに行ってくるよ」

恐らくは引きつった笑いになっているだろう。冷や汗が頬を伝い、足も震えていた。

いってらっしゃーい、と翠の声を聞きながら、気分を落ち着けるために俺は男子トイレに駆け込んだ。

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