case0 消極的事実の証明
「有る事を証明するには、そいつを見つけ出してやればいい。では、無いことを証明するには?」
「無い事を証明するには可能性をゼロにしなければならない。勿論、作業量の事を考えればとてもじゃないが実現不可能だ」
「これを、悪魔の証明と言う」
昼下がりの教室。
睡魔に襲われながらの午後の授業は、ひどく退屈と言わざるを得なかった。
もう少し意味のある話をしてくれれば良いものを。と、神木 鈴野は頬杖を付いて欠伸を咬み殺す。
悪魔の証明。確か本来の由来は所有権帰属の証明だったか……? しかし今では無い事を証明するのはほぼ不可能だ、という意味合いでも使われる。
例を挙げれば痴漢冤罪。触った事を証明するなら、痕跡なり指紋なり目撃証言なり……証拠と言うものはごまんと残る。
しかし、やっていない事を証明するとしたらどうだろう?
可能性を消さなければならない以上、映像や証人の存在は必須。かつ被害者の納得のいく事実が無くてはならない。
しかもこれが、示談金目的の故意の冤罪だとしたら非常にタチが悪い。
被害者は絶対に認めないだろうし、偽の証人をでっち上げる可能性すら出てくる。男にとっては恐怖でしかない。
早く男性専用車両を実装される事を願うばかりだ。
そこまで考えたところで授業の終了を告げるチャイムが鳴る。……結局殆ど教師の雑談だったな。何故あんな教師がいるのか不思議でしょうがない。採用理由を聞いてみたいものだ。
「あ、鈴野!」
教師が出て行った後、隣の席の男子が話しかけてくる。
ぱっちりとした目に長い睫毛。小柄な体躯とショートヘアの組み合わせは至高のコンビと言わざるを得ないだろう。おまけに肌は白く透き通っている。
ここまでの感想だけ聞くとまるで女子を紹介しているみたいだ。……だが彼は男子だ。でもそれがいい。
もし彼が女子なら口を聞かなかった事だろう。
「どうした、翠?」
夏川 翠。それが彼の名だった。
「冴島先生の最後の話聞いてなかったでしょ? 次回の授業の初めに、今回の話の感想を書いてきなさいって言ってたよ?」
翠の声は高校生男子とは思えない。濁りなどかけらも無く、よく通る声だ。
「マジか。ありがとな翠」
どういたしまして、と言って翠は次の授業の準備をする。
やはり優しい人間だ。完璧超人と言っても過言では無いだろう。女性などという人種とは大違いだ。
女性は嫌いだ。
差別する気はない。自分に迷惑を掛けないなら何をしようが知ったことでは無い。
だが、トラブルを持ち込んでくるとなれば話は別だ。
聞いても無いのに文句を言う女子。痴漢冤罪しかり、自分を女王か何かと勘違いしているゲロカス。例を挙げればキリが無い。
女性と関わり合いにならない生活。
それが、神木 鈴野の夢見た平穏だった。