彼女の恐怖に向き合えなかった
紅葉町は今日も晴れの古川瑞砂と千野暁のカップリングです。本編ではそんな感じは無いのですが後々、付き合うよ。っていう仮定の設定のもとかいてます。
気がついた時、二人は何もない部屋に閉じ込められていた。
何もないとは過言ではないか。いや、過言ではない。何しろこの部屋はドアも物も窓もなく、そこにある物は服を着た人。ただ、物というわけではないが壁に書かれた文字は唯一この部屋で目立っていた。
『どちらかが相手の一部を食べないと(飲み下すこと)出られない部屋』
と書かれていた。
はじめにそれを見たのは二人のうち男性のほうだった。彼はその壁を何も言わずに蹴る。その音で女性が目を覚ます。彼女は起きてすぐ壁を見たがそれには気を止めずにあたりを見渡す。
「おい、古川。これはどういうことだ?」
男性が古川を呼び止めるがそれに気を止めずあたりを見渡す。見渡したところでその部屋には何も無いのだが。部屋の床を叩きながら問いかけに答える。
「ここは最近流行りの出れない部屋というやつですよ」
顔を一切、こちらに合わせようとしない。そのことに男性は気がついた。
「古川、古川さ~ん……瑞砂」
古川は体をビクッと震わせてやっと目線を合わせる。
「あ、えっと、暁くん。何かありました?」
「いや、何っていうか変だろ、お前」
明らかにおかしいというのははじめから分かっていた。こういう時、嫌な思い出が暁の脳裏を巡った。彼女は大抵、明るく振る舞っている。それこそ、先程の一瞬でここが出られない部屋と分かるぐらいには洞察力に長けている。
「あ、変ですか? そういう風に見えるならちょっと残念です」
残念で結構だがこの空間から出るにはきっと壁に書かれたことを実行しないとならないだろう。だが、どちらかの一部を。
「暁くん……。どうします?」
座ったままだがこちらを見上げて見てくる。暁はそれを見下ろす形で見る。頭を掻き、舌打ちをする。
「どうするも何も、お前を食べるだのという趣味はねーよ」
また、彼女がビクッと体を震わす。表情は全く変えていないが、何かビビっているようだ。
「でも、食べないと出れないし……暁くんは困るよね……?」
困らないと言うのは嘘だが、食べるだの食べないだのどこからか聞いたらいやらしくも感じる。
「まぁ、困るな」
古川は少しうつむいたと思ったらこちらを見上げる。何か決意を決めたようだ。
「一部ってさ指とか具体的な部位じゃないと駄目なのかな? 爪とか髪の毛とか皮膚とかじゃないと駄目なのかな?」
食べることには抵抗が無いのかとんでもないことを口から出し始めた。ギョッと顔をしかめる。思わずそういう顔をしてしまう。
「そうだよね……どのみち嫌だよね……」
何かを察したのか先に謝る。暁は慌てて違うと否定するかのように手をふる。
「あ、いや、別に、そういうわけじゃないから。というより、食べることは別に抵抗ないのかよ」
それこそ不思議と言うように首をかしげて古川は暁を見上げる。
「下層よりもっと下の食生活をご存知ですか? 自分はそれよりも酷いものを知っているので別に食べるのは抵抗ないかな」
そう言われても実際に彼女がどういう暮らし方をしていた知らないためどう反応したらいいかわからない。
「暁くん、ちょっとこっちきて。で、しゃがんで」
急にそう言われたが、特に抵抗する気もなく、言われたとおりに従う。
急に腕を引っ張られる。手が柔らかい物に触れる。カチリという音が聞こえたがとくに痛いと感じることは無かった。
部屋が音をたてて変化したのが分かる。
「何をしたんだ」
「実験だよ。ちょっとだけ爪をね」
そういって、顔を合わせる。暁のシャツの裾を古川はつかみ引っ張る。
「暁くん。ごめん。引っ張ってでもいいから外まで連れて行って」
不甲斐ないようにニコニコと古川は笑う。
「やっぱり無理していたんじゃねーか」
仕方なく、暁は彼女を軽々しく持ち上げる。
「無理じゃないですよ。駄目なんですよ、閉じられた空間が」
「へぇ、じゃぁ観覧車とかも嫌い?」
少し意地悪が過ぎたかからかって見ることにした。
「……乗っている間は地獄だよ。嫌な思い出しかないから」
彼女を抱えて部屋から出る。その間、彼女がずっと震えていたがそれについては何も気がついていないふりをした。