文化祭の部活動対抗コンテストで優勝したらいきなり求婚された件。
たまりにゃんに捧ぐ(ぇ
禅さまより挿絵を2枚頂きました。
ありがとう御座いますニャ――――ヾ('□'*)ノ――――ン
「姫小路理子さん。僕は君に婚約を申し込みたい。……受けてくれるよね?」
今ボクはコンテスト優勝した困惑も覚めきらぬままいきなり県内屈指のお金持ちが通うとある私立高校の制服に身を包んだ超絶イケメン生徒会長さんにお姫様抱っこされて連れ去られた挙げ句、人気の薄れた裏庭に面する校舎の壁に逃げ場を塞がれた状態で、お付き合いどころかいきなり求婚されているという色々な意味で人生最大のピンチを迎えている。
「君はまさに理想の存在。……承諾してくれるまで逃がさないよ?」
う、うわぁぁぁっ!?だ、誰か助けてぇぇぇ!!
***
「来月の文化祭で上演する劇の脚本出来たって聞いたんだけど」
「あ、楓ちゃん。うん、ご要望に沿うようなラブストーリーに書けたと思う……多分」
「さっすが文芸部部長だけあるね、助かるよ。それで……やっぱりヒロインはだめ?」
「ボクなんかより演劇部にはかわいい子いるでしょ?それに、恥ずかしいからやだよ」
「えええ、そんなぁ……絶対衣装似合うのに……」
「いくら楓ちゃんの頼みでもこればかりは絶対やだ。そうじゃなくても今年は文化部連合の会長任されて忙しいんだから無理だって」
そういってボクは幼なじみで演劇部部長でもある同級生の秋川楓ちゃんの懇願を何とか押し切り文芸部部室から追い出すことに成功する。楓ちゃんはとてもがっかりして残念そうにしていたけれどボクが書き上げた脚本を大事そうに胸に抱え込んで演劇部の部室へと戻って行くのを見送り、ボクは溜め息をひとつ吐く。
「……さすがにみんなの前でお姫様のドレスはちょっと、ねぇ?」
部室のドアを閉めてボクは部長専用の作業机に着席し、文芸部として文化祭の出し物にする予定のお客様参加型テーブルトークRPGに使うシナリオを練り始める。やっぱりファンタジー系の簡単な冒険ものが王道だろうか。
ああでもない、こうでもないと一人で悩むこと二時間。文化部部室がたくさん連なるこの長屋的部活棟、通称“文化部長屋”の廊下を誰かが泡を喰ったように足音を響かせて駆け込んできた音が聞こえ――――部室のドアが乱暴に開かれるやいなや文化祭実行委員会の会合に派遣していた文化部連合の副会長が開口一番とんでもないことを口にしたのだった。
「大変だ、今年の部活動対抗は部長・副部長の何れか強制参加の“ミスターレディコンテスト”に決定したよ!!」
「……………………は?」
文芸部部室に響き渡った彼の言葉にボク――姫小路理の思考は完全に停止し、考えていたシナリオはきれいさっぱり頭の中から消え失せ真っ白になって暫くの間時が止まってしまったのだった。
***
ボクたちが通うこの県立緑風高校は生徒の自主性を重んじて極端に先生方からの干渉が少ないことで有名で、毎年行われる文化祭での部活動対抗コンテストは余程法的に問題がない限りは実行委員会で決定した内容がそのまま通ってしまい、毎年当事者に限って阿鼻叫喚的な内容になるのだけど、去年は珍しく比較的まともな部類に入る普通のミスコンだった。とはいえ水着審査があったり他校生徒による盗撮事件があったり(風紀委員会による一斉検挙でデータは回収されて幸いにも被害なし)と、やっぱり当事者たちにとっては安定の阿鼻叫喚だったらしいけど。
「……で。どうしてこうなったの?」
「去年のミスコン参加者たちから曰く、私たちばかりずるい。男子もやるべきだっていい始めて」
「……それはまぁ気持ちはわからないでもないから良いとして、なんでそこで女装なのかな」
「最初は普通にミスターコンテストという流れだったんですが……その。何て言うか一部の女子委員から、どうせなら“プリンセス”のドレス姿がみたいって」
「ちょぉっ、まっっ、なにそれぇぇぇぇ!?」
「最終的にはまさに緑風クオリティというべきか、多数の女子委員と悪のりした男子委員による多数決で決定されました。強制になった理由はまぁ、部長のせいですね」
「……………………orz」
“プリンセス”というのは不本意ながらこのボクに一部の特殊な趣味を持った女子生徒たちから付けられたあだ名だ。由来はボクの名前である姫小路からというのもあるけれど、ボクの外見的なもののせいでもある。
ボクの身長は高校三年生になるというのに学校一低い148センチメートルで新入生の女の子にすら負けてしまう低さだ。ちなみに今年の新入生で一番低い子は150センチメートルで吹奏楽部のピッコロ担当らしい。そしてそんなあだ名がつくくらいだから顔はそれっぽい服を着てしまえば良くナンパされるくらいには女顔で線も細く、楓ちゃんに羨ましがられるくらいに肌もきめ細やか、とどう考えても神様が性別を間違えたんじゃないかと思うくらいにはもう最近は諦めがついてきている。
とはいえ、いくら諦めがついているとはいってもそれは家族内とか身内認定しているような子たちとか、百歩譲っても学年内とかの場合であって、いくらなんでも学校全体どころか学校外にまでさらけ出すにはさすがに勘弁してもらいたいものだ。心のそこからわりと本気で。
「……辞退は」
「部長の名誉のために申し出てみましたが速攻で却下されました」
「デスヨネー」
「ただ、その代わり幾つかの譲歩を引き出してきましたよ」
「えっ、本当!副会長さすが!」
「……対外的には昨年に引き続いての第二回ミスコンということになります。そして水着審査などの露出系は学校側からも要望が出てなくなります。それから一応ミスコンということになるので見苦しい人選は実行委員会からのチェックで却下されるそうです」
「あれ?でもその流れだと部長・副部長じゃなくてもいいんじゃ?」
「この場合は部長推薦による部員が代役になるそうです。演劇部みたいな女子しかいないところは免除だそうで」
「…………ところで、一番気になることを聞いても?」
「今回は衣装は自由になりました。主に水泳部と援団、それから創作ダンス部が猛反対しましたので」
うん、気持ちはよーくわかる。さすがに去年のミスコンの時だって競泳用水着を着た女子水泳部やレオタード姿の新体操部の子たちが他校の男子に不躾に眺められて、最後には泣きそうになってたしさ。それを今度は彼らが、となると黒歴史だなんてくらいじゃ済まないレベルで絶望しか見えないだろうしね。しかしそうなると…………。
「自由、ってなんでもいいの?たとえば学校指定制服とか」
「「「「「話は聞かせてもらいましたわ!」」」」」
「え!な、な、なんで楓ちゃんたちがここにいるの!?」
「いいからいいから。私たち演劇部が素敵なお姫様のドレスを作ってあげる。楽しみにしててね!さ、みんないくわよ!」
「「「「はい、部長!」」」」
いきなり部室のドアが勢い良く開いたと思ったら楓ちゃんと演劇部衣装担当の女の子たちが雪崩れ込んできて満面の笑みで宣言すると抗議の声をあげる暇さえ貰えずにそのまま退室していった。
…………もう、どうにでもなーれ。
「……登録名は実行委員会が適当につけてくれるそうですがどうしますか?」
「任せたら絶望しか見えないからやめて。……姫小路理子でお願い」
この時のボクは立て続けに起きた出来事に頭が麻痺していたようで、適当に考えたこの名前について後に激しく後悔するはめになるのだった。
一応楓ちゃんはまだ理性を保ってくれていたようで簡単にデッサンした衣装の絵を見る限りでは露出もほとんどなく、ただリボンやフリルが多めのやや幼い感じがするようなファンタジー風のドレスのようだった。
「ねぇ、一応ボク……高校三年生なんだけど」
「大人っぽいドレスにするなら情け容赦なくブラとかガーターベルトとかショーツとか付けてもらうけど?」
「全力で遠慮させてくださいお願いします」
「理くんなら何付けても似合いそうだけどね」
「勘弁してください」
「まぁでも実行委員会から身に付けるものは全て女性モノってお達し来てるからそれくらいは諦めてね」
「…………心折れそう」
おのれ実行委員会、この恨みは……いつか返せればいいな……。はぁ。巻き添えにしたみんな、ごめんね?
***
文化祭当日。聞いた話によれば柔道部のように美形な男子のいない部の代わりにサクラ代わりの女子もミスコンに参加しているという噂は真実だったらしく、現在控え室でボクはその子たちに絶賛オモチャにされているところである。
「やーん、姫小路くん可愛いー☆」
「ドレス本当に良く似合うわねーこのままお持ち帰りしていい?」
「こら、美幼女誘拐で逮捕するわよ?」
「…………一応男なんだけど……」
「「「でも今は“プリンセス”」」」
…………早く終わらないかな。はぁ。
他の部の参加者たちはというと、これまた本人の本来の面影などこれっぽっちも残っていないほどに見事に化けていて、絶対にバレたくないという必死さ加減がありありと見てとれる。…………ばれてもばれなくても黒歴史は確実だもんね。特に観衆の前でばれたらそれはもうある意味公開処刑に等しいし、さ。
「よう、姫小路。お前、なんでまた本名でエントリーしてんだ?」
「聞かないで……自分でもあのときの自分を殴ってやりたいくらいなんだから」
同じクラスで料理部部長の和服美人な冬山直樹から呆れた眼差しを受けてボクは更に落ち込む。これでボクだけは公開処刑確定なのだ。あああああ…………。なんで本名なんかで。
『それでは次は文芸部代表の登場です。エントリーナンバー25番、我が校の女子生徒にも愛されているプリンセス。姫小路理子さん……じゃない、姫小路理子さんです!』
「あ、あの司会者、いつか殺す…………!」
安易に考えたエントリーネームでここまで弄られるとかもう、いじめだと思うよ、ホント。うわぁぁぁぁん。
司会者のアナウンスに会場が恐ろしくなるくらいに沸騰している。ボクを知っている女子生徒たちからは歓喜と期待に満ちたまさに黄色い悲鳴が。同学年の男子どもからは指笛とともにどっと笑い声が。そしてなにも知らない下級生や他校からのお客さんたちからは期待に満ちたどよめきが会場に混ざりあいうねりはねるようにしてボクのことを圧迫していて、なかなかステージにでることを躊躇わせているのだ。
それでも出ないわけにはいかない。ボクがトリならともかく、後ろにまだ数人控えているのだ。……いくしかない。ドキドキする胸元に両手を祈るように組んでぎゅっと目を瞑り、深く深く、大きく深呼吸をしてなんとか気を落ち着けるとボクは意を決してステージの袖から演劇部のみんなから贈られた本格的なドレスを身に纏ったその姿を観衆の目の前に曝し、ゆっくりと中央へと歩みを進めた。
ボクがステージ上の指定された地点になんとか辿り着くと周囲の異変に、ふっと気がついた。あれだけどよめいていたのに咳の音ひとつしないくらい静まり返っているのだ。なんでだろう?恐る恐る観衆の方を見やると……そこには。
「……すげぇ……なんだ、この可愛さ」
「ふわぁ……さすが“プリンセス”ね……素敵」
「あんな子、先輩にいたっけ?知らなかった……」
「本当にお姫様みたい……」
そこにはボクを一心に見つめて心奪われている観衆たちの姿が、あった。というか、司会者までがバカみたいに口を開けてボクに見とれているとかどうかと思うんだけど。リハーサルで散々見てるくせにさ。ともかくこのままじゃボクの出番が終わらないから軽く咳をして司会者に先を促す。
『し、失礼しました。では理子さんのアピールタイムです』
「初めまして、文芸部代表になりました姫小路理子、と申します。これといって特技はないのですけれど文芸部らしくお気に入りの詩を朗読したいと思います」
ボクの声はなぜかまだ声変わりをしていない。まるで本当の女の子みたいな声色で大好きな古代の恋愛する男女の想いを表した詩を朗々と唄い上げる。しんと静まり返る会場にボクの詩が吸い込まれて、そして消えていく。唄い終わったボクはそのまま小さくお辞儀をすると、そのままそそくさと既にアピールタイムを終えた出場者たちの列の最後に並び、今頃になって沸いてきた羞恥心に顔を真っ赤に染めて両手で覆い俯くのと同時に再び会場がどよめきに包まれていた。
***
結局ボクは圧倒的大差をつけて優勝してしまった。学校中どころか他校の男子までもがボクをチラ見してはヒソヒソ話をしている。
「やべぇ、一目惚れした」
「彼氏いるのかな、いないならチャンスあるよな」
「お持ち帰りしちまうか?」
…………ちょっと待って。いま何かすごく不穏な言葉というか状況になりつつなっているような。第一、ボク、男!男なんだってば!付き合うなんて無理無理!やばい、逃げなきゃ。早く部室に戻って着替えてお化粧落としてもらわなきゃ。うん、そうしよう。そう決めたボクは主催者への挨拶もそこそこに一目散に部室へと向かって…………冒頭の今に至る。
「ね、理子ちゃん。もちろんオーケーだよね?」
「ひっ」
いわゆる少し前に流行った壁ドン状態からさらに見下ろされる形で距離を縮められボクの耳元に息を吹き掛けられる。やばい、完全に誤解されている。どうしよう。にげ、なきゃ……。
なんとか身を捩り逃げようとする素振りを見せると彼はまるでボクのことをいけない子だな、とでも言うかのようにため息を吐き背けたボクの顔の顎に手を添えて無理やり向き直されてしまった。
「逃がさない、っていったよね?早く返事しないとその唇にキス、しちゃうよ?」
「や、やめ……」
ぎゃあああああ!ボクのファーストキスがよりにもよって男に奪われそうとかマジ勘弁、無理、いっそのこと今すぐ誰かボクを殺してくれぇぇぇぇ!?
「まちたまえ、そこのロリコン。か弱き女生徒に無理やり迫るとか言語道断!今すぐ離れたまえ!」
「なんだお前は?邪魔立てする気か?」
間近に感じていた重圧から唐突に解放されて思わずホッとする。顎に触れていたおぞましい指の感触もなくなり背中に感じている壁伝いにそろそろと距離を取ろうと動き出せば今度は別の腕にいきなり引き寄せられいい匂いのする華奢な腕のなかに抱え込まれてしまい再び混乱の渦に放り込まれてしまった。
「人の婚約者(候補)に手を出すとはいい度胸だな?」
「黙れ、変態。どう見ても脅迫だったし軟禁行為に強制わいせつ未遂とか、犯罪者に姫を渡すわけにはいかない。……遅くなりまして申し訳ありません、我が姫。お迎えにあがりました」
そう言いながらきらびやかな衣装を身に纏った貴公子の姿をした人が演技がかったセリフまわしでボクを連れ去ってきた彼に対してボクを庇い保護しながら耳元でそっと何かを囁いてくる。
(……話をあわせて、理くん)
(え、その声は楓ちゃん?)
なんとボクを助けに来てくれた貴公子は時間帯的にほとんどついさっき上演が終わったばかりであるはずの楓ちゃんだった。本当に急いで来てくれたみたいで衣装越しに少し汗の香りが感じられる。
「お、お迎えご苦労様なの……」
「それでは戻りましょう、我が姫。間もなく他の者たちも来ましょう」
「う、うん。そうだね」
「私は君を諦めないぞ、必ず君を」
「……おい、そこのロリコン。残念だが貴様に我が姫と婚姻する資格はないぞ?」
「なに?ならば貴様にはあるとでもいうのか!ふざけるな、我がプリンスグループの後ろ楯がある私に勝てるとでも言うのか」
げ。この変態ロリコン残念イケメン、よりによってプリンスグループの御曹司なのか!…………ウワァ。不利になったら親の威光にすがって脅迫するとかかなりドン引きなんだけど。でもこのままじゃ埒があかないし、面倒だなぁ。どうしよう。
「ならば私がその証を見せよう。……姫、我が証を捧げます。失礼」
「えっ、あ?んんっ」
ボクより身長の高い楓ちゃんがボクの顔の高さにあわせて跪きボクにだけ聞こえる声で思いがけない言葉を囁くと、次の瞬間ボクの唇に柔らかな温かい感触が押し当てられてきたのがわかり、それがなんなのかやっと理解できた時にはそれはもう離れていて。
「わたし、秋川楓は姫小路理くんのことが好き。だからつきあって欲しいの……ダメ?」
「……いいの?こんな女の子みたいなボクで」
「………………は?」
「理くんがいいの。それとも男の子みたいな私は、だめ?」
「ううん。ボクも楓ちゃんのことが大好きだよ」
「…………………はぁ!?」
ようやくボクたちの見かけ上の性別が逆転していることに気がついたらしい御曹司が信じられないようなものを見ているかのように目を見開いて茫然自失とし、膝から崩れ落ちて両手を地面に突いたところで通報を受けてようやく駆け付けてきたらしい風紀委員会の面々に身柄を拘束され、一緒に追随してきた新聞部と光画部によってスクープされている。彼もこれで立派な黒歴史をつくったわけだ。…………可哀想に。
「ほら理くん。変態は放っておいて、いこっ?怪我してないかみてあげる」
「え、ちょ、い、いいよ、いいってば!」
「だめだよ、ほら。もう、お姫様はおとなしく抱えられて?」
「ううう…………いつか逆転してやるぅぅ……」
「ふふっ、楽しみにしてるね?」
騒ぎを聞き付けて段々集まってきた野次馬たちの真ん中を割ってボクは楓ちゃんにお姫様抱っこされたまま部室へと運び込まれ、乱暴に扱われた衣装を脱がされながら隅々までチェックされ丁寧に手当てを受けるのだった。
「しくしくしく、もうお婿にいけない……」
「大丈夫、理くんは私が貰ってあげるから」
残念イケメンの設定以外はほとんど、そうほとんどおそろしいことに実話です。はい。
…………主人公はリアル同級生だったり。
※名前などは実際には違います。
お読みいただきありがとうございました。




