6.理不尽を消し飛ばすチートの極
怪物はレリィが動かないのを確認すると、
ゆっくり頭部をこちらに向ける。
円にしか見えないその頭は確かにこちらを見ていた。
「…できるのか?」
『勿論です。ウルトラ最新機種ですから。
まずはわたくしの画面をご確認ください』
俺はスマホを取り出す。そこには見た事もないアイコンがいくつか表示されていた。
全て簡略化された武器や防具のシルエットである。
真ん中にある盾アイコンの上には『おすすめ!』とマークがついていた。
『お好きなアプリケーションをお選びください。勝ちます』
「じゃあ、頼んだからな!」
おすすめされている盾アイコンをタッチする。
アイコンが黒く点滅したのを見て入力を受け付けたと理解する。
それと同時に、怪物の頭部の輪が再び光る。
≪びぃ…!≫
先ほど木々を切り倒した攻撃だ。
完全に回避が遅れた俺は体が真っ二つになるのを覚悟したが、
『ZW-033時狂いのヴェール。こちらの発動処理が先行します』
俺が切り裂かれるより早く、すぐ目前に光のカーテンが現れる。
それは輪から発射された攻撃を容易に受け止める。
否、受け止めるという言葉はふさわしくないかもしれない。
「どうなってるんだ…?」
あいつから射出されたのであろう光る円形のカッターは今も俺に向けて動いているのだ。
しかし、とてつもなくゆっくりと。
認識できないほどの高速だったはずだがそのカーテンにとらわれた瞬間、
まるで絡めとられたかのように進む速度を失った。
『さぁどんどん行きましょう』
「お、おう」
『おすすめ!』だけでなく『HOT!』とか『大人気!』みたいなマークが
突然いたるところに現れ、画面がやけに騒がしくなる。
推されているのは剣アイコンに銃アイコン、金づちアイコンに斧アイコン…
≪びぃ…びぃ≫
怪物は光のカッターでは倒せないと判断したのか、
カーテンを介さない位置へとスライドするように移動しつつ
イズモやレリィを倒した時のように幾何学模様を発生させる。
もう迷う時間はない。
「えぇい、ままよ!」
俺はちょうど目についた槍アイコンをタッチする。
すると次の瞬間、目の前に黒い装甲に青いラインの入った近未来的な槍が出現する。
これを使えという事だろうか。
できれば攻撃も自動で行ってほしいのだが。
『いい感じに投げてください』
「いい感じって…」
すかさずエルを仕舞うとその槍を掴み、
槍投げの授業を思い出しながら構える。
「ぬおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
全力であの憎たらしいあいつに投擲する。
ド素人にしては真っすぐ、そして勢いよく飛んだ。
…いや流石に速すぎる。
『M092アンチマギアType-S。こちらの効果適用が優先されます』
音速に迫る速さとなった超速の槍は幾何学模様を難なく突破し、
その先にいるあいつの足の一本を吹き飛ばした。
≪びぃ! びぃぃぃぃぃぃ!!≫
さっきまでとは明らかに質の異なる、悲鳴のような怨嗟のような鳴き声が響く。
俺はこれで今の攻撃が有効であったことを確信した。
「よっしゃあ! ざまぁ見ろ!!」
『ナイスピッチングですシュン様!』
つい小物くさい言葉を叫んでしまったがそれほどに嬉しかった。
この恐ろしい相手に勝てる、勝てるのだ。
攻撃を受けてパターンが変わったのか、頭部の輪が赤く変化する。
それと同時に胴体に刺さった突起物から虹色の粒が次々に飛び出し、周囲を飛び回る。
その速さはとてつもない勢いで上がり、一瞬で見えなくなり
そこには白い怪物を包むシャボン玉のような膜ができあがっていた。
≪びぃ≫
突然、ふわりと飛び立つ。
そのまま段々と高度を上げ、ある距離に到達すると再び向き直り、
≪びぃ≫
胴体が開く。
その中には青色の…まるで星のような…球体があった。
球体に向かって粒子が集まっていく。
「あれ絶対やばいよな」
『はい。この周囲は完全に消滅。クレーターになりますね。
あちらで負傷しているお二人も蒸発します』
「! 二人は無事なのか!?」
先ほどあの怪物に倒され、大きな傷を負っていた。
負傷という事はまだ生きているということだ。
『お二人とも無事です。適切な治療を受ければ問題ないでしょう』
「そうか、よかった…。そのためにもあいつをどうにかしないとな」
『ご安心ください。何の問題もありません」
あれだけ様々に彩られていたアイコンは殆どが消え、閑散としていた。
代わりに並んでいるアイコンの中央、星アイコンの周囲に
『超おすすめ!』『ベリーHOT!』『スーパークール!』などあらゆる装飾が踊っていた。
俺は迷わずそれをタッチする。
同時に、ごとん、と。目の前に何かの塊が置かれる。
それが巨大な銃であると理解するには数秒を必要とした。
『シュン様。わたくしをこちらのEC02と接続してください』
画面上にどのように接続するかまで表示してある。実に親切だ。
それに従いエルを接続すると、銃器が息を吹き返したかのように稼働音がなる。
『EC02を確認…制御シークエンス移行……
お待たせしました! もう持って大丈夫ですよ』
「おいおいこんなもの持てるわけ…おお!?」
いざ手に取ってみるととてつもなく軽い。
いや、軽いというよりは自ら浮く力を持っているのだろう。
それを制御することで飛んでいかないように、重すぎないように調整しているらしい。
『それでは大まかな照準を合わせて頂いて、
後はお好きなタイミングでトリガーを引いてあいつを粉砕してください!』
俺は言われたように空で輝く怪物に銃口を向け、トリガーに指をかける。
虹色の膜に囲われ光を集めるその姿は取りようによっては天使にも見える。
「きっとお前はとんでもなく強いんだろう。
その虹のバリアーみたいなのもあらゆる攻撃を弾いたり吸収したりするんだろうな。
俺一人なら一生かかっても傷一つつけられん規格外の存在だ。
だが俺は…俺とこいつは…」
神々しいまでの怪物を睨み付ける。
今も恐怖は感じる、しかしそれを押さえつけるだけの機会と勇気を与えられた。
「絶対に勝つ!!」
トリガーを引く。重火器から青白い光が放たれる。
同時に怪物から赤い光線が発射される。
恐らくエルが調整したのだろう。二つの光はぶつかって…
キイイイイイイイィィィィィィィィィィ!!!
≪びぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!≫
一瞬も拮抗することなく赤い光線は消し飛ばされ、
その直線状にいた怪物もまた虹色の膜ごと光に飲まれた。
更にその先にあった雲は光線を中心に大きな風穴が開く。
少し間を置いて、俺は理解する。
あの恐ろしい白い怪物は、粒子となって消え失せたのだ。