3.狐の少女はコスプレではない
「こ、これ…コスプレとかいうのじゃ…ないだろうな……」
『触ってみます?』
「恐ろしいこと言うなよ…」
目の前の狐のような耳と尾を持つ何者かを前に臆する俺。
なんでここで倒れているのかとかそんな考えはどこにもなかった。
異世界は恐ろしいところ。その認識だけが俺を支配する。
『彼女は安全だと思いますよ』
「何を根拠にそんな」
『光学・粒子観測及びマギ・アーレ波動周波数から…』
「何を言っているんだお前は…」
エルの呪文にしか聞こえない言葉を聞くと少しだけ落着きを取り戻す。
そうしてやっとこの狐人間…異世界第一住民について観察する余裕ができた。
それは袖の長い白衣と赤く膝より短いスカートを穿いている。
眠っているのか、呼吸は確認できるがそれ以上の動きはない。
『大丈夫です。わたくしを信頼してください』
「え?」
『何があってもシュン様をお守りします。
ですから、シュン様のなさりたいよう行動してください』
静かに、一つ一つ丁寧に、力強く言葉を紡ぐ。
俺はどうも真っすぐで意思のある態度に弱いらしい。
スマホ相手に意思がどうとか言うのも馬鹿らしいが、
今の俺にとってはそんなことはどうでもいい。
大事なのは俺がエルを信じれるかどうかだけだ。
「じゃあ…信じるぞ。何かあったらどうするかは知らんが絶対に守ってくれよな」
『有難う御座います。この身朽ち果てるまで、いいえ朽ち果ててもお守り致します』
ゆっくり、ゆっくりと体勢を落としながらその肩に手を触れる。
それと同時に狐人間からうめき声が上がる。
少し驚いて手をひっこめる。やはり死んではいないらしい。
うめき声をあげ終わると寝返りをうつように仰向けになる狐人間。
尻尾が邪魔なのか少し斜めになっている。
その顔を見た瞬間、殆ど勝手に口に出してしまった。
「かわ…いい……」
小柄な体に幼さを残しながら繊細な可憐さを持つ顔つきの少女。
そして耳と尻尾がチャームポイントとなり俺のハートを捉えた。
俺たちの世界を攻撃し、めちゃくちゃにした異世界で。
その張本人たる異世界の住人を前に。
一体なにを言っているのか。思っているのか。
恐る恐るその顔を覗き込む。
どうも苦しそうな表情を浮かべている。
その可愛らしい顔が歪むのはあんまりだ。何とかしてあげたい。
そう思う事が異常であると俺は気づいていない。
「おなかぁ…すいたぁ……」
その狐少女の寝言に再び俺は驚いた。
喋った事と俺のわかる言葉で話した事、二重の驚きは破壊力抜群だ!
その際、少しおぉうと声を出してしまった。。
「ん~、レリィやっときたのか?」
俺の声で起きてしまったようだ。
ここにいない誰かの名前を呼びながら眠そうな目をこすりつつこちらを見る。
その目は金色で吸い込まれるように澄み渡っていた。
「…お主、誰じゃ?」
「俺はえーと、シュンっていうんだ。君は?」
「うーん。怪しい男に名前を教えるなと言われておるしのう」
「えぇ…怪しいなんて言われるとお兄さん悲しいんだけど」
「仕方ないのう。ワーフォックスの情けじゃ」
狐少女はすっと立ち上がり、胸に手を当て高らかに宣言する。
「わらわの名前はイズモ・リガ・ズィーレット! イズモとよぶがよいぞ」
それと同時に腹の方からぐーと音が鳴る。
イズモの容姿に相応しい可愛らしい腹の音にこんな状況でも微笑ましさを感じる。
彼女は恥ずかしそうに腹を抑えながら、
「と、ときにシュンよ。何か…こう、腹の足しになりそうなものは、ないかの?」
それを受けて俺はリュックサックの中からパンを一つ取り出す。
イズモは不思議そうにそれを受け取る。
「これは何じゃ? 木の実にしては柔らかいのう。
肉にしては軽いな。不思議な感触じゃー」
「パンを知らないのか?」
考えてみれば当然か。ここは異世界。俺が育った世界とは違う。
「ふーむ。パンというのか。初めて聞いたのじゃ」
パンを覗いてみたりふにふにしたりするイズモ。
俺も一つ取り出して、例を見せるように齧る。
少し疲れていたし丁度いい。
市販の安物であろうが、ほんのり甘い味付けがしていて飽きない工夫がなされていた。
俺の食べる姿を見たイズモが真似をして一口。
「んー! なんじゃこれはー! 初めての感触じゃー!
キビでもないのに甘いのー! すごいのじゃー!」
もぐもぐと次々にパンの体積を減らすイズモ。
俺が食べ終わるより先に平らげてしまった。
「幸せな味じゃ。良いものを味合わせてもらった。例を言うぞシュンよ!」
あまりに眩しい満面の笑みで俺が浄化されてしまいそうだ。
そんな幸福を眺めていると、胸元にしまっていたエルがバイブレーションする。
「どうした? お前もパン食べたくなったか?」
『食べたいですけど少し外部デバイスが足りませんね』
「外部デバイスとやらがあったら食べれるのか…」
『それより、2時の方向から誰か来ます』
二時の方向ってどっちだっけ…
時計を思い出しながらあっちがこっちでと整理する。
「シュンよ、誰と話しているのじゃ?」
「あぁ。紹介しておこうかな。俺の…」
瞬間、ビュー! という何か大きなものが風を切る音が上空から響き渡る。
『シュン様。下がってください』
空から降り注ぐ音に驚いた俺はエルの指示通りに数歩後退する。
それと同時に、目にもとまらぬ速さで影がイズモの両肩を掴んだと思ったら、
即座に高度を上げ、こちらを見下げる。
「おうレリィやっと来たか。わらわは腹が減って死にそうじゃったぞ」
「そんなのんきな事言ってる場合じゃないよイズモ!」
落ち着いているイズモとは対照的に新たに表れたその少女の声は鋭い。
第二の少女は両足の脛から先が橙色の羽毛に覆われ先端には趾。
両腕は肩の辺りから同じく橙の翼となっており羽ばたく事で飛行できるようだ。
「あれってさ、人間じゃん!!」
鳥少女はこちらに強い警戒心を持ちながらそう叫んだ。