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貴方 望ム品 有マス【天国へ行ける銃】

Twitterにてお題をもらって書いたものです。


この世界は理不尽だ。

そんなある日、俺は露天商に会う。

ビルの狭い路地裏に店を開く怪しい露店。

俺はそこで天国へ行ける銃を押し付けられたんだ。

 【天国へ行ける銃】


 ――また今日もいじめられた。

 ――また今日も叱られた。

 ――また今日も……また明日も……明後日も……。


 学校が終わって夕日が沈みかけた頃合い。

 俺は下を向いて、地面とにらめっこをしながら帰路についていた。

 いじめられる奴が悪いってよく聞くよな。

 分かっているんだ、俺が悪いことは。

 だけど、腑に落ちない。理不尽だ。

 ちょっと変わっているからってその人物だけを集中的に吊し上げるなんておかしい。

 この世界は間違っている。


――あぁ、死にたいなぁ。


 そんなことを考える。

 せめて、天国にでも行けるならば生き勇んで死ぬのにな。

 まぁ、勿論、天国なんてのは空想上の物に過ぎないからな。

 死んだ者がどこへ行くのかを知りたくて、死んだ者がどこへ行くのかが怖くて。

 こんな世界があればいいのにと、誰かが望んだのだろう。

 不明瞭で実態が見えない物の恐怖は頭にこびりつく。

 ましてやそれが、いつか誰にでも訪れるものならば尚更だ。

 そうやって生まれた空想の世界は、現実味を帯びて、あたかもそれが本当に存在するかのように誠しなやかに語り継がれてきた。

 それこそが天国の虚ろな実態。

 まぁ、実体なんてないんだけどな。


「くそ、くそ、くそ、なんで俺がこんな目に。なんで俺ばっかりが」

 学校へ行けば上履きが無い。

 教室へ行けば机が無い。

 先生にその旨を訴えても温情など無い。

 無い物ねだり何て言うけれど、それって必要な物だからねだるんじゃないのか?

「俺の人生って何にも無いな。未来も無ければ、死んだ後に天国だって待っては無いんだろ? じゃあ俺はどこへ行くって言うんだよ」

 そりゃこんだけ気が滅入るような毎日なら独り言も漏れるだろ。

 ストレスの捌け口さえあればまた話は別だけど。


『……あなたの人生に未来は無いかもしれませんが、天国はありますよ』


 突如、どこからともなく声が聞こえる。

 突然声をかけられたことにびっくりして辺りを見回してみれば、両脇を高層ビルに挟まれた狭苦しい路地の隙間に、小さな露店が開いていた。

 つばの大きな帽子を被っ露店商が、ちょいちょいと俺を手招きする。

 見るからに胡散臭いその店は、露天商が座るテーブルの横に明らかなガラクタを揃えて、《貴方 望ム品 有マス》と、カタコトな日本語が掠れて書かれた看板を提げていた。

 俺は内心で、

――これはヤバイやつだ。

 と、わかってはいたのだが、日頃のストレスと、もしかしたら、少しでも話を聞いてくれるかもしれないという安易な考えで、露店の前の椅子に腰かけていた。

 鬱憤を話すだけ話して、何か売りつけられそうになったらすぐに逃げればいいや。

 そんな気持ちだった。


『おやぁ、あなた。随分と疲れた顔をしてらっしゃいますね』


 つばで顔が見えないのに、よくもまぁそんな口説き文句を言えるもんだ。

「すごいですね。そうなんです。ちょっと学校で嫌なことがありまして……」

 言いたいことを吐き出そうと喋るつもりだったが、露店商が黒い手袋に覆われた掌を差し出してそれを止める。

 なんだよ。


『えぇ。えぇ。分かっております。その身なりを見ればすぐにわかります。あなたの先ほど言っていた台詞を聞けば尚のことよく分かります』


 露店商が頷くと共に、ガラクタの中から一つ、古ぼけた木で出来た銃のような物を取り上げて俺の前に置いた。

 なんとも気持ちの悪いデザインだ。

「なんです? これ?」

 こうやって物を売りつけて来るんだな。

 はぁ……、こんなのに引っかかるやつがいるのかね?

 買うお金なんて持ってないんだよ。俺は。

 学校で全部巻き上げられているからな。

 聞くだけ聞いてやるけど、金が無いんじゃ相手も諦めるだろ。


『この「商品」。いかがですか。どのように見えますか』


 露点商がさぞ素晴らしい物だと言わんばかりに銃を手でアピールする。

「え? あー、あぁ。斬新なデザインですね」

 悪い意味で。


『そうでしょう。私もこれはなかなかの優良物件だと思ったんです』


 良いなんて一言も言ってないんだけど。

 そりゃ売りたい商品な訳だし、褒めるのも納得だけど。


『いかがです。あなた。こちらをもらって頂けませんか。御代は結構です。是非受け取って欲しいのです。ほら、この嬉しそうな顔。さぞ気に入ってくれるのではないでしょうか』


 嫌味のようにぐいぐいと俺の顔に銃を近づけてくる。

 ニスで磨かれた表面に映った俺の顔が、曲面に反射して気持ち悪い姿をしていた。

「ちょちょちょ、待って下さい! 俺、欲しいなんて言ってないですから!」

 そもそも御代はいらないってどういうことだよ!

 完全にゴミを押し付けているだけじゃねぇか!


『そう言わずに。あなたが先ほど「死にたい」と仰っていたのを聞いて私は声をかけさせてもらったのです。そうだ。こちら、すごいんですよ。その説明だけでもさせてください』


 言いたいことも言えずに物を押し付けられて、俺はイライラが募っていたが、この調子じゃ何かしらこいつが満足するまで帰れそうにない。

「あぁ、わかったよ。わかりました。その話だけ聞いたら帰るから。はやく」


『いやはや、心が寛大でいらっしゃる。こちらはですね』


 ――天国へ行ける銃でございます。


 気づいてみれば、俺はその銃を手に家へと帰って来ていた。

「天国へ行ける銃だって。馬鹿馬鹿しい。結局言いくるめられてゴミを押し付けられただけじゃねぇか」

 木の質感を放つ銃を持って、俺は「バーン」と撃ち真似をしてみた。

 弾なんて出ないし、トリガーだって引けない。

 完全に置物だろこれ。

「気持ち悪いデザインしやがって」

 そう言って俺は玄関の隅にその銃を置いて一日を終えた。


 ▲▼▲▼▲▼


 億劫な朝がやってきた。

 どんなことがあっても俺は学校だけは卒業するのだと決めている。

 死にたいなんて言うが、この目標だけが俺を支えている。

 学校へは行きたくない。でも、目標がある。

 死にたい気持ちを皮一枚で繋ぎとめてくれている大事な目標だ。


 通学路、昨日露店があったビルの隙間。

 流石に今日は露店はなかった。

 そりゃ胡散臭い商売だから転々と場所を移動しているのだろう。

 そんなことよりも、俺はその隙間に見える昨日とは違った人影に、そそくさと足を速めた。

 しかし、そいつは俺に気づき、無理矢理に肩を掴んで俺を路地裏に引きずりこんだ。

 迂回するなり、隠れていくなり、手立てはあったはずなのだが、半ば俺は諦めていた。

 そいつに俺はまた金を出せと脅された。

 もう金が無いことを言うと、腹に思いっきりパンチを入れられる。

 何発も殴られながら俺はいつも思っていることに考えを逸らした。


 ――目標があるんだよ。

 ――俺には。

 ――大学に行く金は親が工面しておいてくれた。

 ――その金を無駄にすることは出来ない。

 ――亡くなった両親に、俺はこんなにも立派に育ったのだと見せてやりたい。

 ――おかしな話だよな。性癖こじらせて、こんなみじめなことになっているって言うのに、何が立派だっていうんだ。


 腹の感覚が無くなり、そろそろ殴られるのも限界が近い。

 嘔吐感に膝をついた瞬間、鞄のチャックが開いていたのか、昨日の銃が転がり落ちる。

「入れたはずはないのに……」

 驚きよりも朦朧とする意識の中で、一瞬でも隙を作って逃げ出せないかと思った。

 俺はその銃を拾い上げて手に握る。

 天国へ行ける銃。そんな馬鹿な話があるか。

 俺は露店商の説明を思い出しながらトリガーに指をかけた。

「ばーん」

 相手の額に銃を近づけて力なくそう言った。

 ふざけたことをしてまた相手を逆上させるんだろうと、後悔の念にも押された。

 ぴたりと一瞬そいつの動きが止まったのを確認するや否や、俺は銃を捨てて一目散にその場から逃げだす。

 ただ、こんな小細工でびっくりするなんて馬鹿な奴だと、少しだけ心が軽くなった気がした。


 学校に着けば、案の定今日も上履きが無い。

 毎日探して下駄箱に入れて帰るのだが、朝には無くなっている。

 律儀に上履きを隠すいじめを続けさせることで、ある種新たないじめに転じさせない策でもあった。

 予備の上履きを鞄から取り出そうと鞄の中を覗く。

「なんで……」

 そこにはまたあの銃が入っていた。

 そのことに今度は驚きを隠せず、恐る恐るチャックを閉じて、ぶつぶつと独り言を漏らして、俺は机の無い教室まで歩いていった。


 ▲▼▲▼▲▼


 ――露店商は言っていた。


『こちらはですね、天国へ行ける銃でございます』


「天国へ行ける銃?」

 また胡散臭い単語が出てきた。

 天国へ行ける銃って、つまりは撃たれたら死ぬってことじゃねぇか。

 当然だろ。


『今、撃たれたら誰でも死ぬと思いましたね。でも、こちらはそんな野蛮な物ではありません。そもそも、天国なんて言うものは想像上の物でしょう。いくら人を殺したって、殺された人は天国に行くことなんてできません』


 俺の考えを読むように露店商が言った。

「無いのに行けるなんて、そりゃ矛盾してないですかね?」

 こりゃどんどんボロが出て来るな。

 論破して帰ってやる。


『いえいえ。こちらで撃たれれば話は別です。相手に向けて「ばーん」と言えばいいだけです。簡単でしょう。そうすれば相手は即天国行き。想像上の物ではございませんよ。ちゃんと天国という土地に行けるのです。一つ難点を上げるならば、肉体の方は捨ててしまいますけどね。天国に行けるなら肉体など大した問題ではないでしょう』


「つまりは……」

 俺が口を開こうとすると、また露店商が止めに入って来る。


『そうです。つまりはあなたが誰かに撃たれればよいのです。誰でも構いませんよ。それだけであなたは「死ぬ」ことが出来る』


「天国行き……」

 胡散臭い話だと思っていたけれど。

 俺はその銃から目を放すことが出来なかった。

 天国に行ければ、もしかしたら両親に会えるのかもしれない。

 そんな考えが頭を過った。

 一瞬の思考の末、俺はその銃を手に取ってしまったのだ。


『毎度、ありがとうございました』


 暗くなった路地裏で、その声は不気味に響いていた。


 ▲▼▲▼▲▼


 もしもあの露店商が言っていたことが本当ならば、さっき俺が撃った時点であいつは……。

「まさかな、撃ったって言ったって子供のごっこ遊びみたいなもんだろ。あいつだって普通に登校してくるに決まってる」

 学校に顔を見せれば殴られるのは必至だったため、本当は来て欲しくない気持ちもあった。

 だから俺の中で天国へ行ける銃はまだ半信半疑な代物だった。

「……ただ、もしも、本当に天国へ行ったというのなら、俺は人を一人殺したって言うのか?」


 教室へと到着し、珍しく残っている机と椅子に腰かけると、鋭利な痛みが走る。

「――いッ!」

 画鋲が一つ、椅子にテープで固定されていた。

 教室内を見回しても、誰一人としてこちらを見向きもしない。

 心の中できっと笑っているんだ。

「全員撃ち殺してもいいんだぞ……」

 そう小さく呟いた。


 授業が始まり、用具を出すために鞄を漁る。

 ノートと教科書を取り出してみれば、いつの間にか表紙も中身もマジックで塗りつぶされている。

 恐らく、昨日帰る前にやられたのだろう。

 ちょっと席を立てばこの様だ。

 黒く塗りつぶされた教科書を見ながら、俺はまた先ほどのことについて考えていた。

 あいつはまだ学校に来ていない。

 本当に殺してしまったのではないか。

 そんな気がしてならないでいた。

 でも、天国へ行ったんだろ? それならばいいことなんじゃないのか? こんな世界の苦しみから解放されて、なんの苦もないであろう天国へ行く。

 俺はむしろ一人の人間を救ったんじゃないか?

 そうだよ。俺は人殺しなんかじゃなくて、救済者だ。


 ――ならば、皆殺しでも構わないんじゃないか。


 その考えに至るや否や、俺は授業中だというのに立ち上がった。

 皆の視線が俺に注目する。

 こんな形での注目など欲しくは無かったが、すぐに皆を天国に送れるのだと思うと、気分が高揚した。

 先生が俺に対して注意を促すが、俺は構わずに先生の前まで行った。

 いつの間に手に持ったんだろうか。

 この銃を。

 そんなことはもうどうでもよかった。

 先生へと銃を向け、俺は言った。

「ばーん」

 周囲の人間は一瞬の間をおいて、ドッと騒ぎ出した。

 馬鹿なことをしていると笑っているのだ。

 先生はそのまま教壇に倒れた。

「また救ってしまった」

 そう呟いて、教室内全員。

 一人ずつに向けて俺は撃った。

 そうして俺は全員を撃ち終わってからあることに気づく。


「俺を撃ってくれる奴がいない!」


 この銃は「本物」なんだ!

 撃たれれば天国へ行く!

 俺は人間を救った!

 こんなにも立派な善行を果たした!

 だからもう俺も天国へ連れて行ってくれ!

 誰か!

 お願いだ!

 俺を撃ってくれ!


 次の瞬間。

 人影がチラつき、猛々しい音と共に俺の胸を弾丸が射抜く。


 ――あぁ、そうか。

 ――俺は何をしていたのだろうか。

 ――教室内の全員を、「本物の銃で撃ち殺す」なんて。


 ▲▼▲▼▲▼


『彼は病院で目を覚ましたらしいですよ。よかったですね。ちゃんと「死ぬ」ことが出来たじゃないですか』


『社会的に。ですけど』


『私は天国なんて想像上の物だと思います。』


『彼には勇気を与えました。撃てば天国に行けるという錯覚を起こす勇気を』


『さぁ、あなたにも《貴方ヲ望ム品ガ有マス》よ』


 【了】


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