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ヒーローショー

作者: あんたのわたし

 題名 ヒーローショー



 作 あんたのわたし





 世の中のシステムが、変わってしまったので、昔ながらの諜報員は、ドンドンとハブられている今日この頃である。


 わざわざ人間が、壁を乗り越えて、情報を収集していく時代は、確かに終わろうとしている。


 今や、情報戦争は、インターネット上で行われている。新たなる局面を迎えたというわけである。情報を求めて人が出向く必要はない。ところで、諜報活動要員は人間の筋力、運動神経、ステルス能力に加えて知力、研ぎ澄まされた五感など並外れた能力がかえって平凡な生活を営む妨げになっていると考えられている。それらの能力と制御するある特殊なチップを埋め込まれて、平凡な日常生活な戻されることになっている。いまは、そんな時代でもある。


 ところで、このスパイに埋め込まれたチップには副作用があった。このチップを埋め込まれた人間は、やたらに熱くなるというのがそれだ。考えてみれば確かに、そうである。任務のために極限まで鍛え上げられた人間が、とつじょ平々凡々たる日常生活を送るようになるということは、有り余るエネルギーをうまく処理する方法を見つけてあげなければならないのだ。しかし、そのための万全な方法はまだ確立されてはいない。しかし、情報局の親玉は、そういう細かいことに気が回る人物ではなかった。



 スパイの親玉は、「いろいろ苦労はあるけど、年金さえきちんともらえるなら、スパイの引退後の生活も捨てたものじゃないだろう」などと考えたのだ。


 しかし、リストラされていったスパイへの無関心さの弊害が、実は、引退したスパイが受け取ることになっていた年金にまで及んでいたのだ。


 つい先頃、発覚して政府の人々を驚愕させたのだが、スパイへの年金はその創設よりびた一文、引退したスパイに対して支払われてはいなかったのだ。そして、支払われるべき年金は、膨大な額であるが、それを横領した組織、あるいは個人が存在するらしいことが分かった。


 スパイの年金に関して、政府は調査を開始した。そして、責任者を呼び出した。


「しかし、このような不祥事がおこっていたとは、夢にも思ってみなかった事態です。私、この関係者の一人として大いに恥じ入る次第であります」


 リストラされたスパイ関連の事務を統括するスパイの親玉が述べた。スパイの親玉は、恥じ入った。しかし、それではらちがあかないことも分かった。


 もとスパイに退職後、彼らの生活を保障するための年金が支払われていなかったという大問題。その支払われるべき年金は、ようするに何かの行き違いであるか、あるいは悪者が自分のポケットにしまい込んだのか? この真相を突き止めるためにも調査が大々的に開始されることになった。


 遅ればせながら、『情報局員に関する年金事務所』の家宅捜索が開始されたのだが、情報局の職員の多くが、年金なしで長い年月放置されてしまったスパイの身の上がいかなるものになっているのか、国民は心配でならなかった。


 ましてや、スパイの親玉は、自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の頭で納得しなければ気が済まないタイプの人間であった。


「年金使い込み事件――では、あのスパイたちはいまどうやって暮らしているのか。彼らを救う手立てはないのか」と、道義的な責任を感じたスパイの親玉は、自分でじきじきにこの事件を調べてみる気になった。


 * *


 年金事務所では、一気に緊張が高まった。


 スパイの親玉がアポなしで現れたからである。親玉は、所長室に突入し、いっきに真相解明しようと考えていた。しかし、年金事務所の職員は一丸となり、親玉のもくろみを阻止しようとした。押し問答が続いた。


 親玉は、職員を一喝した。


「所長が留守だとか、見え透いた嘘をなぜつく! 所長室からは、さきほどから物音が聞こえてくるぞ。これ以上俺を止めるなら、お前ら覚悟しろよ」


 たじろいた職員たちを押しのけると、所長室の扉をひらいたのだ。親玉が中に入ると巨大な影が、親玉の頭上に覆いかぶさってきた。親玉は妨害が激しくなるほど、熱い気持ちがわき起こってきた。親玉は、立ちはだかる最後の職人を押しのけると、所長室に入った。しかし、親玉を待ち構えていたのは、予想だにしなかったものだった。


 所長室には、一匹の熊が仁王立ちで立ち、親玉の侵入を待ち構えていたのだ。


 親玉は、自分の前に立つ熊を見上げると呆然とした。そして、その隙につけ込まれて、うかつにも強靱な前足から放たれるフックをあごに食らってしまった。親玉の体は、ふっとび、所長室の秘書の机まで吹き飛んだ。


 もうろうとした意識の中で、部屋の様子を親玉は見極めようとした。


『生暖かい熊の穴』の入り口には、『安心立命』『安楽浄土』と筆でしたためられた張り紙を見た。


 突如として、壁に生じた不思議な穴。人が立って通れるくらいの穴があった。


「アルテ・ヴェルト! お前……」と誰かが親玉に話しかけてきた。「アルテ・ヴェルト?」親玉は聞き返した。声の方を向くと、そばに、三途の川の道案内とおぼしき老人を見た。


 親玉は、これは異次元に通じており、熊もこの穴を通ってやってきたのだろう。そう納得すると、親玉は気を失った。


『あいつらは、俺がやってくるのを予想していやがった。そして、準備万端整えて俺を迎えてくれたってわけさ』


 親玉は、このときのことについてあとになって人にこう説明したのだ。



  * *



 ――漫画喫茶とはほんとうに怪しげな人物の品評会だな。


 本庄宮武彦ほんじょうのみやたけひこは思った。


 本庄宮は、漫画喫茶に勤め始めて一年が過ぎていた。


 実はたいしたことのない日常的なトラブルの羅列。スパイ時代には味わったことのなかったような疲労感を味わっていた。本庄宮は、スパイ時代には体験しなかったような疲労を体験していた。いわば、小さな出来事なのだが、スタミナのロスにつながっていることを実感した。些細なことではあるが、彼は、自分のスタミナの残量とか妙なことに強いこだわりがあった。だから、無意味なスタミナのロスを、本庄宮はゆるせかなかった。


 それゆえ、本庄宮は自分のスタミナを無駄に消費させてしまう事象、あるいはその原因となる人物を強く憎む傾向があった。


 ――たとえば、目の前にいるこいつだ!!


 本庄宮武彦は、思った。いま、自分の前にたっている男も、本庄宮が強く憎む男の一人であった。


「兄ちゃん。店長やて~? 生まれはどこやねん?」


 この男、本庄宮が勤める漫画喫茶を頻繁に利用してくれるのは大変ありがたいことであるが、この男、毎回やってくる度に同じことを聞く。それに答えると、この男は根ほり葉ほりさらにいろんな質問をしてくる。この男の質問は、尋問とさえいえる執拗さがあるのではないだろうか。とにかく、無駄な時間をとさせられる。この男のために実際にかなりの時間をとられることもあったので、最後には、怒りを覚えることになった次第である。本庄宮は、自分の怒りというか、いらだちをこの男に伝えるために返事をしないし、相手にしないことに決めていた。


「……」


 しかし、この男、本庄宮の『シカト』に対して、今日は対応策を用意していた。


「兄ちゃん、あんたは、俺のことを誤解しとるわ」


 男は、なにかを察したのか寂しげな顔でつぶやいた。


「してませんよ」


「絶対に、誤解している! あんた、俺のことを悪いやつだと考えとるだろう。そんなにことないよ、絶対に!」


「絶対に?」


「そうか? やっぱり悪者だと思うとるな。だったら、これなんだかわかるか」


 男が、ジャンバーのポケットから取り出したのは、こぶし大のガジェットであった。それは、携帯電話のたぐいとは全く違ったものであった。男が、スイッチを入れると、そのガジェットから七色の光が発せられた。それは、もちろん懐中電灯ではなかった。光は、強くなり弱くなり、点滅したりなにか生き物的なものを感じさせた。


 本庄宮は、内心はひどく動揺してしまったのだが、それをさとられてはならないという強い力が彼の心にはあった。


「なんですか、それは? 私にはつまらないものにしか見えませんが……」


「これ実は、『七色の光に導かれるヒーローたちの運命は……?』テレビ番組の終わりでよう聞くやろう、あの変身というかそんなときに使う道具や。それにしても、あんたは、本当のことはなにもわからないな。全く鈍感な能なし人間なのかもしれないな!」


 男は、本庄宮のことを切り捨てた。男の中に、沸騰する義憤が、男を駆り立てたのだろうか。


 対する本所宮も、よほど虫の居所が悪かったのだろう、この男の挑発にうっかり乗ってしまった。


「ちぇっ、わかりますよ。本当はわかっていました最初から。あなたがなにを自慢したいのかは、見え見えでしたからね。しかし、私はコメントを控えます。というのも、時流に乗るのを良しとする人間もいますが、私のように時流から超然として生きていたいと思う人間もいるからなのです」


「そうか。お兄ちゃん、わかっているみたいやな。そうや、俺の正体は、今、流行はやりのヒーローちゅうもんや。そして、この漫画喫茶は、俺たちの秘密基地として便利に使わしてもらっとるのや! しかも、ありがたいことに、俺たちは善玉ヒーローや、全国各地、悪玉ヒーローばかりが人気がありもてはやされているのを考えると、俺たち、善玉ヒーローというのは、本当にレアもんやでぇ。それから俺らは、エライ人気者よ。全国回って、ヒーローショーをやると客がぎょうさんあつまるんよ」


 本庄宮は、しまったと思った。この男は、完全に調子に乗ってしまった。まだまだ、今日の仕事はなにも片づいていないというのに、善玉か、悪玉か知らないが、そんなことについての能書きをえんえんと聞かされたのではたまらない。


「ちょっと、ちょっと、勘弁して下さいよ! あんたの話聞かされているウチに、何人かお客さん、金払わんと帰ってしもうたわ。この損害は、あんたの勘定につけさせてもらうからね」


「兄ちゃん、むちゃくちゃなこと考え出すなぁ」


 そういうと、男は、渋々立ち去って自分のテーブルに帰っていった。


 そんな男を見送りながら、本庄宮はこころでつぶやいた。


「あんたも、予想通り、俺と同じ境遇だったみたいだな。『同じ穴のむじな』というわけか。スパイ崩れの人間は、まっとうな人間の生き方はもうできんといわれているからなぁ」


 実際に、もとスパイ崩れの人間たちが、善玉ヒーローと悪玉ヒーローとに別れ、全国で激しい戦いを繰り広げていた。しかし、そのような流行には、無関係に漫画喫茶などに勤め、その戦いをなま暖かく見守っているスパイくずれの連中も確かにいるということだ。



  * *


 さびれた山村。玉悪村。そこに暮らす人たちは、自分たちの村のことを、『日本一ヒーローを愛する山村』と呼んでいる。正確に言えば、『日本一ヒーローを愛した山村』とすべきかもしれない。


 これらの足湯で、午後のひとときを過ごす老人たち。振り返ってみれば、あの輝かしいヒーローショーから二日間しかたっていなかった。それは、一種非常に危険な賭でもあったが、無事終わった。


 いま、老人たちが、心を動かされショーの素晴らしさを回顧しているところだ。


 しかし、老人たちにとってみればとんでもない遠い昔のようにも思えてならない。


「これが最後とは、かえずがえすも口惜くちおししいなぁ」



 今年のヒーローショーは、例年とは違っていた。『町内親睦観劇のつどい』と題する企画として行われた。であるから、これがヒーローショーであるという情報は、村の外では得ることができなかった。秘密事項として取り扱われたのだ。このうまい手を考え出したのは、吉野じいさんであった。村の長老が吉野じいさんの貢献について、懐かしさのあふれるまなざしで語たりあっていた。



 これから、ヒーローショーがこの村で開かれることは、あまり期待できないであろう。というのも、この村の名前でわかるように、いまでは、この村は、悪玉ヒーローの支配下に置かれているからである。この村は、かっては『玉善たまよし村』と呼ばれていた。それが、奴等が支配してからは、『玉悪村』と改名を命じられたのである。


 そして、村の人間たちの行動は一つ一つ監視され報告されていた。


 このたびのヒーローショーが村の人々の心を打ったのは、現実の『悪』の支配というものを人々が実感していたからに違いない。


 実は国中に広がった、このたびの善玉ヒーローと悪玉ヒーローとに別れての戦いにおいて、この村のように一般人も巻き込まれてしまっていた。ボランティアで善玉ヒーローの名簿の管理を引き受けていた吉野じいさんの夫人は、村役場の産業振興課の職員と名乗る男のためにその名簿を奪われてしまった。敵のヒーロー軍団はこの名簿を元に大攻勢をかけ、村は白旗をあげざるを得なくなった。心ならずも、スパイ事件に巻き込まれてしまったという精神的なショックのために、夫人はそれ以来寝込んでしまっているのだ。


「えっ」とこの村で事情を知る人は思ってしまうだろう。というのも、この吉野じいさんのところの夫人、吉野ばあさんの一筋縄ではいかない行状を日頃から目にしているからである。


 これは、考えたくないことであったが、否定しきれないのも事実であった。。


 それ以来、大山だいせんのマタハリこと、吉野のばあさんの姿は、村ではめったに見かけなくなってしまった。


  * *


「先ほどより、なにやり騒々しいが……」


 そう、たしかに、遠くからではあるが、助けを求める叫び声が足湯の方にまで聞こえてきたのである。


「吉野のじいさんのところの、吉野ばあさんの声だな。また、吉野のじいさんの悪い発作が始まったのか?」


「いつものことだ。ほっとけば治るよ」


 吉野じいさんのいつもの癖がでたのだとその場に居合わせた連中、つまり足湯に居合わせた人間は考えた。


 また、海岸に降りていって海の水平線に向かって『バカヤロー』と叫ぶのだろう。吉野じいさんは、叫んでしまえば気が晴れて、たまっていた怒りはコロリ忘れてしまうという。


 しかし、吉野じいさんがあの話を持ち出したのには、みんな驚いた。あのヒーローショーが終わった直後のことである。吉野のじいさんの様子が少しおかしくなったとしても不思議ではなかった。


 青年団のまとめ役の携帯に連絡が入った。高山彦三という森で暮らしている男からである。



 しかし、村の人々があまりに気になる様子でもなかったのだが、連絡を受けた男は、心配そうに言ったのだ。


「高山彦三は、本気で困っている様子だぞ。手を貸してくれ、自分だけではどうしようもないと言っているぞ」


 *       *      


 高山彦三は、携帯電話で必死に訴えていた。


「違うんだよ! 今日は吉野のじいさん、いつもとは様子が違っている。違うコースを進んでいるんだ。山の方だ! 線路を越えて進んでいる。えっ、それって崖の方向に進んでいるということか! それは、面倒なことになりそうな予感がするぞ」


       *       *      


 この高山彦三は、ある日、この村をぶらりと訪れると「この森が、森が異様な『気』に満たされてている」となぞめいたことを言い、それ以来この森に住み着いていた。


 高山彦三は、チベットで諜報活動を三十年続けてきたという。彼もまた、スパイであった。彦三が行った諜報活動は、人里で暮らした期間は半年に過ぎなかったという。


 彦三は、このところ吉野じいさんのことが気にかかっていた。吉野じいさんは、最近、気迫や活力を急激に失いつつあるように思えた。


 吉野じいさんの具合が悪いのには理由ワケがあった。


 吉野じいさんは、年のせいか細かい文字を見るのがつらかった。というか、細かい文字がびっしりとならんだ名簿、資料のたぐいには嫌悪感さえ覚えることがあった。というところで、そのような資料の取り扱いは、もっぱら吉野ばあさんにまかせっきりであった。


 その結果、あの事件が起こって、大事な名簿が敵の手に渡ってしまったのだ。吉野じいさんは、その責任を強く感じているらしかった。


 彦三は考えた。吉野じいさんの衰えがあの事件のせいだとすると、じいさんが抱えている問題は根深い。容易には、昔のようにかくしゃくとなることはないだろう。それどころか、吉野じいさんは思い詰めたあまりとんでもない行動にでるかもしれない。彦三は、それが心配でそれとなく吉野じいさんの様子を見守るようにしていた。


 彦三はまた考えた。


「村の連中も意固地な野郎ばかりで、見てられねぇ!」


 たしかに、名簿が盗まれてしまい、組織は、最悪の事態に追い込まれてしまい。敵にほとんど白旗を揚げたような境遇を甘受することになったのは事実である。


 しかし、この劣勢を巻き返そうとして奮闘している吉野じいさんに対して、村の仲間たちは全く非協力的であった。これは、彦三が村の外の人間だからなかなか理解できないことなのだろうか。


  * *


 吉野じいさんは、怒っていた。吉野じいさんは、村道を全速力で動力式車椅子で疾走していた。


 吉野ばあさんは、走って追いかける。「敵のヒーロー軍団に対抗するために村をまとめる必要がある。そのために力を貸してくれるよう依頼されたというのに……。村の老人たちは、言い訳して、尻込みする。わたしの過ちさえなかったら、ヤツらのことどやしつけたのに」と吉野ばあさんは愚痴るのがこのとろころの習慣になっている。


 吉野じいさんは、とつぜん家を飛び出した。いつもとその様子が違っていたので、吉野ばあさんはあとを追いかけた。吉野じいさんの車いすは速く、どんどんはなされていった。


「吉野じいさん、吉野じいさん、待ってケロ~!」


 吉野ばあさんは、村のものに止められた。


「そっちの方面は、熊が出るぞ」


「この村が田舎だからって馬鹿にするな! クマなんか出るわけがないよ」


「本当だって!」



 そこへ、男たちが逃げてくる。それらの男たちはこの土地では見かけない顔ばかりだった。村の男たちに報告していた。


「どうしたんだ?」


「熊が老人に襲いかかっている! 」


「どっちだ?」


「この道を戻ったところだ。岬の近く」


「まさか、大物の熊にでくわすなんて」


 見かけない顔の男たちは、立ち去っていった。



「ところで、あいつらは誰だ」と、吉野ばあさんは村の男に聞いた。


「密猟者だろう。あいつらがどさくさに紛れて逃げようとして嘘をついたのでない限り、吉野じいさんのことが心配だ」


 その時だ。森の木々がうごめいた。そして、熊の雄叫びが辺りに響き渡った。それと、呼応するように吉野じいさんの雄叫びがきこえた。事態は、のっぴきならない。


 吉野ばあさんの頭に最悪の予感がよぎった。


  * *


 高山彦三たちは、吉野じいさんとクマが格闘したとみられる場所に到達した。



「生暖かい熊の穴のようにも見えるが、これが噂に聞く『次元のゆがみ』というやつなのか?」


 ――術士かなにかが現れて、森に空間のゆがみを生じさせやがった。その結果がこの穴なのだろう。この穴はどこかの世界につながっているに違いない。熊たちも、この穴を通してどこからか呼び出されたのだろう。


「くそっ! 吉野のじいさん本人の姿はどこにもない!」



「彦三! 熊だ! 巨大な熊が現れた!」


 彦三が呼ばれた。彦三が駆けつけると、クマは瀕死の状態であった。


「信じられねぇ! あの爺さんが素手で熊を倒したのか?」


「あの噂がまさか本当だったとは、……」


「たしかに、伝説の諜報員28号だったら、造作ないこと」


「伝説の諜報員28号の噂は、聞いていたが、ぜんぜん別の世界の話だと思っていた」


「吉野じいさん……!」


 瀕死の熊は、哀れにも顔面に強靱な打撃を受け、頭蓋骨を複雑骨折していた。



「しかし、吉野じいさんの姿が見あたらないな」


「こっちだ! 崖の方にじいさんがいるぞー!」


 誰かが呼んだ。


  * *


「吉野じいさんは、こっちだ! 崖の所だ。みんなきてくれ!」という声を頼りに進んでいくと、高山彦三は、吉野じいさんをみつけた。そこへ、吉野のばあさんもやってきた。



 吉野の爺さんは、太陽に向かってつきだした岬の突端にいた。


 沈みゆく夕日が、吉野じいさんの姿を照らし出した。



 みんながあっまると、沈んでいく夕日に向かって、吉野じいさんが叫んでいた。


 吉野じいさんは、「みんな力を合わせて、一つにならなきゃならないときだというのに、俺の力だけじゃどうにもならない時だというのに……」


 とつぶやいたかと思うと、海に向かって叫んだ。


「バッキャロー! 」


「バッキャロー! 」


 と、吉野じいさんはつづけて叫んだ。しかし、それではおさまらなかった。


「バッキャロー! バカ……」


 吉野じいさんの言葉が途切れた。吉野じいさんは、心の中で小さくつぶやいた。


「ごめんな!」


 吉野じいさんの熱くなった心は、潮風にさらされて、ゆっくりと冷めていくのが常であったのだが、今日は、熱が冷めていくようなことはなかった。というか、体の中の熱はどんどんと高まっていった。


  * *


 遠くから、吉野じいさんを見守っている男が一人いた。この男は、吉野じいさんから気づかれないようにして、尾行を何日も行っていた。


 悪玉ヒーローのエージェント、シャドウの一人であった。彼は、本部に最後の報告を行った。


「ヤツの正体が判明しました。間違いありません。村に潜んでいたスパイです。かっては、『諜報二十八号』というコードネームを持っていた大物です」


 悪玉ヒーローは、本部に連絡を入れるとリモコン装置のスイッチを入れた。吉野じいさんの体は、埋め込まれたチップの命令によって激しく熱を発しだした。そして、吉野じいさんの体は、どんどん熱くなっていった。そして、ついには、吉野じいさんの体から炎が発したのだ。そして、吉野じいさんの体は一気に燃え上がった。


 その炎は、吉野じいさんのルサンチマンが形を取ったもののようにも思えた。


 以上、


『無駄にアツい主人公』の一席(お話)でありました。

 お後がよろしいようで、チリ、トテ、シャン……♪



 ツン、ツル、テン♪~♪♪♪


 了



『無駄にアツい』とは、体に埋め込まれたチップのせいで発生するアツさでもあり、

また、吉野じいさんを焼き尽くしたルサンチマンの炎のことでもあります。



2ちゃんねる創作発表板「『小説家になろう』で企画競作するスレでも、皆さんのお越しをお待ちしています。

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