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Career Woman

冒頭の掛け合いが思いついてそのノリで2011年5月31日に書いたものに加筆・修正しました.

 私はキャリア・ウーマンである。日本語に訳すと職歴女。略して歴女だ。

 と、隣のデスクの部下が口を挟む。

「じゃあCAって何の略でしょう」

「キャビア・アーメンだな」

「なんですかその〝鮫の卵教〟は」

 そう言うのは、部長である私の直属の部下で今年の新入社員の男。大卒の筈だが童顔である。言うなら私に対するツッコミ担当である。

「いきなり下ネタですか部長」

「〝ツッコミ〟という言葉を曲解しすぎだお前は」

「ですよねー」

 ……とまあ、私も彼にツッコんだりする。

 ここは、とっても暇な会社。部長の私と、新入社員の彼。私は今年で三十六歳。言いたかないが未婚である。そして彼は二十二歳。そんな二人が、仕事中に席も近いので駄弁(だべ)っているのである。





「ところで暇だな」

「暇ですね部長」

 四月。新入社員は、今年は彼一名。隣のデスクで頬杖を突いて、目の前に置かれた会社のデスクトップパソコンでネットサーフィンしている。ツイッターとかいうやつだ。

「てか部長、新入社員研修とかないんですかこの会社」

「そんなものない。だってやることないから」

「そうですか」

「まあ、大人しくトークでもしようや」

「そんなんで給料貰っちゃっていいんですかね」

「大丈夫だ。黒柳徹子だって自分の部屋でほとんどひとりで喋ってるだけでお金貰ってるんだから」

「それ違うでしょ」

「ちなみに私は〝哲! この部屋〟の方が好きだ」

「このネタわかる人いるのかな……」

 そう言って彼はやれやれといった表情で額に手を当てる。

「ところで」

「なんです、部長」

 彼はディスプレイをちらちらと見ながら、私の顔もちらちら伺う。

「花見がしたいな」

「……また唐突ですね」

「桜の一輪も見ないで何を以て今は四月です、って言うんだ」

「桜の単位って〝輪〟で合ってるんですか」

「じゃあ桜を数える単位ってなんだ」

「桜は木のイメージが強いから〝本〟じゃないですかね」

「あ、なるほど」

「……部長それはツッコミ待ちですか」

「あなる、だけにか」

 彼は何も言わず一つ溜息を()いた。

「……」

「……」

 数分後。

「ところで花見の話なんだが」

 私が隣でディスプレイを見ながらにやにやしている彼に話しかける。

「……その話、続いてたんですか」

 彼は呆れながら流し目でこちらを見る。

「今日の帰りに夜桜を肴に飲みにいかないか」

「いいですよ。ですが部長、部長ってホラーは大丈夫な人ですか」

「え、なんで」

「いや、桜の木の下には死体が埋まってて、その血を吸うから桜は美しく咲く、っていうのはよく言う話じゃないですか」

「ああ、そういうこと」

「実際、今日本にある桜の木と、今まで埋葬された人数とどっちが多いんでしょうね」

「そりゃ、埋葬された人数の方が多いだろう」

「なら、土葬された人数ならどうでしょうね」

「……これ答え分かるのか」

「いやーグーグル先生でも無理ですね。真相は闇の中です」

「ならそんな話振るなよ」

「まあ、今時土葬してるのなんて外場村ぐらいですよ」

「え、あの〝屍鬼〟の村って実在してるの」

「ところで、僕の近所に霊園があるんですけど――」

「え、無視かおい」

「――そこの桜、この世のものとは思えないほど、とっても綺麗なんですよね」

 彼は私の言葉を華麗にスルーし、にやりと妖艶な笑みを私に向ける。

「見に行きませんか、今夜にでも」

「いいね、たくさん酒を持っていこう。だがその前に――」

 私はふっと一つ鼻で息を()き、

「――トイレに、ついてきてくれないか」

「……まだ昼ですよ部長」





 五月である。

「五月病だ」

「トトロ見える病気ですか」

「トトロが見えるのは病気なのか」

「さあ」

「そういえばあの二人、二人とも名前が五月だったな」

「そうですね。二人とも五月生まれなんですかね」

「……さあ」

「ところで僕、五月生まれなんですよ」

「……お前の名前サツキだったのか! あるいはメイか!」

「僕の名前はそんな考えるのを放棄した名前じゃないですよ」

「まあ、そうだったな」

 ところで、と私は頬杖を突いて彼を見て、

「ゴールデンウィークは何してた?」

「特に何も。家で本読んでましたよ」

「ま、やることないしな。仕事の宿題なんかもないし」

「そうですよねー。暇さでいえば今もあんま変わらないですけど」

「だな」

 あ、そういえば、と彼は目の前のディスプレイを見ながら、

「インディゴさん、最近見ないですね」

 インディゴさん、というのはIndigo(インディゴ・) Inscientis(インスキエンティス・) Intellectusインテレクトゥス――この会社の社長である。

「え、彼女って社長だったんですか」

「入社式で挨拶してただろうが。あの人世界中飛び回ってて忙しいのに新入社員――お前一人のためにわざわざ来てくれたんだぞ。それぐらい覚えとけよ」

「すみません。真っ黒なシスター服を着て、そのくせそのフードは外して短い赤髪をぼさぼさにして、身長は僕と同じくらい、年齢は三十二歳で、いい感じに年上のお姐さん。男勝りな感じの、吊り目の女の人ってことは覚えてたんですけどね」

「…………それで〝社長〟ってことだけ抜け落ちてるお前がすごいわ」

「あ、あとそういえば、秘書のがっちりした百九十ありそうなスーツの男性、名前は……?」

(とび)(ヨル)だな。何歳だったかな……渋いオッサンで、彼女の相棒だ」

「ふーん……その入社式からインディゴさんが帰るとき、頼さんにお姫様抱っこされてましたけど、あれって人から見てどう見えるんですかね」

「さあ」

 私は一つ溜息を吐いて、三十分前に彼が淹れたお茶を啜る。もう冷めていた。

「インディゴさんって、面白い名前ですよね」

「……韻踏んでるとか、そういうことじゃなく?」

「わからないならいいですよ」

「それを言うなら頼さんもだろう。英語で言うと〝Flying at night〟」

「……。……なるほど」

「それに文字通り、彼は彼女の騎士(ナイト)だし」

「……、ところで」

「おい、スルーか、おい」

「暇すぎて逆に話すことなくなりました」

「そうか、じゃあお茶を淹れ直してくれ」





 六月。梅雨に入る。

「大学の時の友達が香川出身だったんですけど、あそこ雨全然降らないらしいですね」

「へえ、そうなのか」

「……。まあ、それだけなんですけど」

「え、今のオチ? てか一言ネタかよそんなのツイッターとかでやれよ」

「ツイッターでもおんなじこと言ったんですけどね、全くの無反応ですよ」

「香川県人なら知ってるだろうし、そうでなくても地理に詳しい人は知ってるだろうな」

「そうでしょうね。ま、フォロワー〝1〟ですけど」

「お前友達いないのか」

「僕は友達が少ない」

「因みにその〝1〟は」

「僕の兄です」

 私は彼のパソコンのディスプレイを覗き込む。確かに彼をフォローしているのは一人で、そのフォロワーは、デフォルトのアイコンを使用した、彼と同じ苗字で彼と似たような名前の男だった。

「お前、兄とかいたのな」

「はい。雨降ってると外出るのが億劫だよね、とよく言っています」

「お前の兄らしいな」

「まあ、雨降ってなくても外でないんですけどね」

「……お前の兄らしいな」

「ああ、そういえばその兄から聞いたんですけど、お菊さんが割ったお皿を一枚二枚って数える怪談話があるじゃないですか」

「……」

「それって実は、お菊さんが奉公している屋敷の大事な皿を一枚割ってしまって主人に殺されて、夜な夜なその足りなくなった皿を数えるって話なんですよ」

「……」

「あれ、聞いてます部長」

「……それ、ただお前の兄がその話を間違って覚えていて、最近その正しい話を知ったってだけじゃないのか」

「あ、確かに」

 はあ、と私は一つ溜息を吐いて、彼が淹れたお茶を啜る。まだ、温かい……ッ!

「なに殺人事件で死体に触ってまだ死んでから時間が経ってないって言う刑事みたいなこと言ってんですか」

 と、

『ぼーん、ぼーん』

 定時の鐘が鳴る。

「あ、そういえば」と彼。「僕、傘無いんでした」

「ならどうやって雨降る中このオフィスまで来たんだよ」

「兄がここまで送ってくれました」

「車でか?」

「徒歩です。僕の家傘一本しかないので」

「お前の家は貧乏なのか」

「まあ、そうですね。だからこんな会社に入れてラッキーですよ」

「それは……何よりだ」

「ま、兄にツイッターで連絡します――」

「私が送ろうか、車で。……傘もやろう。ビニール傘でよければ」

「ありがとうございます。お心遣い心に沁みます」

「……お前、そんな言葉遣いできるのな」

「まあ、それなりには。では帰りましょうか」

「じゃあ、行こうか」

「よろしくお願いします」

 二人はオフィスを出て、誰もいない事務所を消灯して扉に鍵を掛け、エレベーターでオフィスのある五階から地下一階の駐車場へと降りる。そこにはこのビルにいる人間の車が何台も停車されており、その一台が、私の車。

「黒の軽自動車ですか」

「何か文句あるか」

「いえ、お似合いですね」

「皮肉にしか聞こえないぞ」

 二人は乗り込み、私はエンジンをかけて彼の家へと車を発進させる。

 いつもの会社での二人きりとは違ってなぜだか緊張して、一言も話すことなく、気まずい空気の中、私は彼を彼の住む質素なアパートまで送った。





 七月になった。梅雨も明けた。

「やっと僕たちに仕事が入ってくるシーズンですね」

「いや……私たちの仕事は年中入ってくるぞ」

「え、そうなんですか……って言おうと思いましたが、確かに、このオフィスにある机の数ぶんの人がいるとすれば、僕と部長以外はみんな仕事してますよね。……なんでですかね」

「……お前、わかってるだろ」

「ま、なんとなくは」

 そう言って彼は自分で淹れたお茶を一口啜り、

「部長、幽霊とか怪談とか、嫌いですよね……いや嫌いっていうか、怖いんですよね」

「図星だな」

「じゃあ、この会社の仕事なんてできるわけないじゃないですか、この会社――」

 この会社は。

祓魔社(ふつましゃ)日本支部。世界中の幽霊、怪談関連のお困りに相談に乗り、さらには除霊まで行ってくれる、祓魔師たちの所属する会社の日本支部」

「ま、そうなんだよな。今年の志望者は不作だったんだよなあ。志望者が少なすぎだったし」

「ま、条件がおかしすぎでしたからね。『中卒以上、初任給三十万、霊感ある人募集』」

「傍から見たらブラック企業だな。『全国出張あり、かつ福利厚生なし』だし」

「で、そんな中なんでお前は志望したんだ?」

「大学まで行ったのはいいんですけどね、卒業したら奨学金返さなきゃいけないじゃないですか。僕の場合は両親が死んでますし、返さなくていい奨学金がほとんどなんですけど、それだけじゃ生活できなかったんですよね。兄がニートなんで。親戚もいないし。そこで見つけたのがこの仕事だったというわけです」

「へえ、ま、詳しくは聞かないが、それでお前、そんなハリー・ポッターみたいな霊能力者になったのか」

「ハリー・ポッターみたいなって、それは的の端を射てますね。……どんな幽霊や呪いも弾き返すんですよね、昔から」

「それで、この日本支部で最も強い霊能力を持ち、持つがゆえに最も霊を引きつける私の相方に採用されたってわけだな」

「霊を引きつける故に、毎日のように霊を見て、霊が嫌いになったんですね」

「……まあ、そんなところだ。ここと、特別に私の家にはインディゴ社長によって結界が張られているし、私のジャケットには魔除けの札が張られてるから、普段は霊は寄ってこないようになってる」

 そう言って私がスーツのジャケットのボタンを外し、前を開いて彼に見せる。

「うわあ……これ一般人が見たら引きますね」

「……そうか。普通だと思うが」

「一枚貼ってるだけかと思ったら、むしろ裏の生地全部がお札じゃないですか。……てか普通ってことは、家もこんな感じなんですか」

「……まあ、壁紙=お札って感じだな」

「きも」

「きもて! しょうがないでしょうが。私の壮絶な過去を聞いたらそんなこと言えなくなるぞ」

「いやいいです。どうせどっかで――明確にいえばBLEACHとかで聞いたことがありそうな話でしょう」

「な……!」

「それに聞いたら『きも』って言えなくなるなら聞かなくて結構です」

「な……!」

「で、そんなこと置いといて、梅雨も明けて暑くなってきましたし、今度の週末にでも海に行きません?」

「そんなことって……」

「過去なんて、どうでもいいじゃないですか。海行きましょうよ海」

「……っ……ま、いいだろう。行くぞ」

 そう言って私は立ち上がって荷物をまとめる。

「え、今すぐですか? まだ昼ですけど」

 時刻はまだ正午過ぎ。彼のディスプレイには昼の帯番組でサングラスの司会者がやりたい放題している。

「定時過ぎてから行っても寒いだろ。ほらパソコン切れ。今日はもう戻らないから」

「今日はもう帰りたくないから……だとッ」

「いや言ってないから。じゃあ行こうか」

「はいはい」

 私たちは荷物をまとめて、彼はパソコンも切って、事務所を消灯して扉の鍵を掛ける。二人並んで、節電のために暗い、短い廊下を歩く。手狭なエレベーターホールに二人並び、逆三角のボタンを押し、すぐに開いたエレベーターの扉をくぐり、地下一階へと降りる。ここもまた節電のために暗い、地下駐車場。私の黒の軽自動車に乗り込む。エンジンを掛けて街を駆ける。

「そういえば部長、なんで軽自動車なんですか。なんかイメージだと外車乗り回してるイメージだったんですけど」

「軽自動車のが安いし、運転しやすいし便利だからかな。安いから、いっそのこと軽トラでもいいと思ってる」

「ある意味イメージ通りです」

「最近帰りがけに黒い軽トラ見たんだよ。あれにしようかな」

「考え方が田舎のヤンキーと変わんないですよ……」

 そういえば、と彼はなぜかなるほどのボディランゲージをしながら、

「水着ないですね」

「あ、トランクに入ってるよ。確か男物も入ってる」

「……まじすか。なんでです?」

「甥っ子用……だったかな。お前ひょろひょろだし入るだろ」

「甥っ子何歳ですか」

「十五。野球部だよ」

「あー……なんか入りそうな気がしてきました」

「だろ」

「ところで部長の水着はどんなのなんですか。ハイレグですか」

「そこまで歳離れてないだろーが」

「ビキニですか」

「……どうだったかな。ま、ついてのお楽しみということで」

「わー楽しみだなーってあれ」

 彼は窓から景色を見て、

「なんで山に向かってるんですか」

 この車が青々と生い茂った木々の間を走っているのに気づく。

「海なんて行くわけないだろばーか。仕事だよ仕事」

「仕事……だとッ」

「じゃなきゃこんな時間に事務所出るわけないだろ。お前はともかく、私は出張中の部下と連絡を取ったり、部下が泊まる旅館を手配したり新たなお困りごとの相談を受けたり、結構忙しいんだぞ」

「あー、そういえばそうでしたね。やたら電話掛けたり、PCのディスプレイ覗いたら地方の旅館のHPだったりでしたもんね」

「こんな仕事だから、最悪死ぬこともあるからな。呪いとか受けることもあるし。まあ呪いの場合はできる限り早くインディゴ社長が除去するけど」

「あの飛 頼さんがですか」

「ああ」

「あの人――幽霊ですよね」

「……ああ。霊感のある人しか見えないし、たぶん触れない。インディゴ社長の使い魔――じゃなくて使い霊? だな。頼さん、右の腰にレイピア差してただろ。インディゴ社長の命令で彼が霊を払う。世界最強の祓魔師なんだ」

「……で、今日はどこに向かってるんですか」

 私は一つ溜息を吐いて、

「……ついに、他の奴らじゃ仕事が回らなくなってきたんだ。私ぐらいの霊能力がないと除霊できない霊ってのもあるが、純粋に手が足りない」

 霊が怖いから、けれど能力が高くて入ってしまったこの会社で、新入して手柄を上げまくって部長――社長の次点――にまで上り詰めて、現場には出ずに事務仕事をバリバリこなすことで社員からの批判も躱していたのに。

「霊が怖いのに、平社員時代よく現場で働けましたね」

「ま、嫌だから瞬殺しまくっただけだけどな」

「……部長、どんな霊能力持ってるんですか」

「触れた霊を霊界へ送る」

「……チートですね」

「その分、彷徨える霊がばんばん寄ってくるんだ」

「じゃあこの世に留まりたい霊は寄ってこないんですか」

「それも強制的に霊界へ送るんだよ」

「……それ、霊能力者としてどうなんでしょう」

「霊能力者は、人間なんだよ」

「……そうですか」

 話している間に、目的地に到着。

「なんですかこの千と千尋が迷い込みそうな古びたトンネルは」

 途中から山の中に入り、一本細い道に入り道はどんどん細くなり、ここは舗装されてない……いや、コンクリートが雑草によって打ち破られている。

「それほど古いトンネルなのか」

「そうみたいですね。で、どんなご相談なんですか」

「うむ……」

 私は今日の昼に掛かってきた電話の内容を思い返す。

「『昨日肝試しにここに来た四人のうち一人が帰ってこない』ってことらしい。ここは戦前からあるトンネルらしいし、ま、戦争で死んだ人だけじゃなく色々な霊がいて、それが異界のトンネルみたいになっちまってるんだろ」

「へえ……で、部長は何するんですか」

「ひたすら霊を霊界に送り返す。ま、その『取り残された一人』は戻ってこないだろうけどな」

「まじすか。っていうか僕初めての現場なんですけど」

「ま、何とかなるさ」

「何とかなるさってそんな――って何するんですか」

「何って、霊からの防御能力を持っているお前を盾に、とりあえずトンネルの向こう側まで行って見る。帰ってきた三人も、怖くて口きけないっつって状況がよくわからんからな」

「だからってなんで僕後ろから部長に羽交い絞めされて萎びたおっぱい当てられなきゃいかんのですか」

「な……! 萎びた……ッ!」

「冗談ですよ張りのある若々しいおっぱいです」

「どうして目を逸らす。嘘か」

「照れてるだけですよ」

 確かに、彼の頬が赤く染まっている――ように見えなくもない。

「……僕の能力は僕に触れていればいいですから、手を繋いでれば大丈夫ですから、とにかく離れてもらえますか」

「……そうだな。確かに動きにくいわ」

 というわけで二人で手を繋いでいざ、トンネルの中へ。七月の割にひんやりとしたトンネル内。夏用スーツだからといって、七月で肌寒さを感じるとは思わなかった。隣の彼はワイシャツ姿だから私以上だろう。彼の空いた左手には懐中電灯。

「……寒気がやばいですね。ってかどんどん僕に霊がぶつかってくるんですけど」

「そして悉く跳ね返されて私の皮膚に触れて消滅していってるな」

「なんか上条さんみたいになってますね……。……僕は、部長の手の温もりだけで何とかなってますが、結構気持ち悪いです。ところで、どの辺りで一人いなくなったんですか」

「二十メートルぐらい行ったらいなかった、というのはなんとかその『帰ってきた三人』からその友達が聞き取れたらしいが」

「そろそろ二十メートルですね……あ、これですね。わかりますか」

「ああ、なんか、穴が開いてるな」

 昼間なのに暗いトンネル内に、さらに暗い穴のような空間が壁にあった。

「ここにその『取り残された一人』は吸い込まれたんでしょう」

 ふと考えて、私は一つ思いつく。

「なあこれ、お前の能力ならその『取り残された一人』を取り残せるんじゃないか」

「『取り戻せる』じゃないんですか」

「ああ、そうそう。で、試しにそこに手を入れてくれ」

 それを聞いて彼はあからさまに嫌な顔をして、

「えー、嫌です」

「四、五、六月とほぼ働かずに給料貰ってきただろ」

「えー……」

 それから数分、えー、と言い続け、「……わかりましたよ、やればいいんでしょ」と、折れた。彼は私に懐中電灯を預け、目を瞑り、空いた左手をその暗い穴へ突っ込む。

 彼の右手と、私の左手は、繋がれたまま。

「あ、取れました、部長」

 そう言った彼が穴から引き抜いた左手には、『取り残された一人』の右手が握られていて、

「じゃあ、引っ張り出しますね」

 そして彼はそのまま「取り残された一人」を穴から引きずり出す。気を失った状態で現れたのは、素っ裸の彼以上にひょろひょろな男子だった。

「高校生、ですかね」

「だろうな。ま、目的も果たしたし、帰るか」

「え、ここの霊はいいんですか」

「そんなの、私の手にかかれば。ちょっと手、放すぞ」

 やけに汗ばんだ――どっちの手が汗ばんでたんだろうな――どっちもか――手を放し、

「え、なにかめはめ波発射する格好してるんですか」

「ハッ!!」

 かめはめ波、発射。

 ……。

「……あれ、なんか体感温度が上がりましたね」

「ああ、私がここの霊を一掃した」

「え……」彼は呆然。キョトーン。「今ので?!」

「今ので」

「さんざんチートって言ってきましたけど、チートすぎでしょ! そりゃ部長にもなりますよ!」

「日本支部長をなめないでいただきたいね」

 彼が「取り残された一人」を背負ってトンネルから出ながら、ここ四ヶ月で見たこともないほどハイテンションで「ゲームバランスについて」とか「ジャンプ漫画における終盤の能力のチートについて」とかをまくしたてていたが、ほとんど聞き流し、後部座席に積んだ「取り残された一人」を相談者の元へ送り届け、その頃にはようやく彼も落ち着き、初めて(真面目に)仕事をした記念に、彼を私の行きつけの居酒屋に連れて行くことにした。

「いらっしゃい」

 いつものおっちゃんが、優しく迎えてくれる。

「お、とうとう彼氏ができたのかい」

「ぶっ、ただの部下だよ!」

 なぜか顔が熱くなる。

「おっちゃん生! こいつにもね」

「はいよ」

 言いながら私たちはカウンター席に着く。おしぼりで顔を拭きながら彼が私に訊ねる。

「車なのに大丈夫なんですか?」

「かかりつけの代行運転手がいるから」

「病気かよ! ……ある意味病気か」

「おい自己解決するな。私はアルコール依存症じゃないぞ」

「……じゃあ部長、どれぐらいの頻度で飲みに行くんですか」

「週七」

「毎日!」

「毎日仕事終わりに、な」

「毎日!」

「部長の仕事なめんな! 毎日部下のメンテナンス、相談受付、めちゃくちゃ大変なんだよ! 遊ぶ時間なんかねー!」

「冒頭で『ここは、とっても暇な会社』って言ってたじゃないですか」

「……」

「ああ、そんな生大ジョッキ一気に飲んだら……」

「あんだと!」

 と言いながらも意外と冷静な自分が嫌である。

「今日はお疲れ」

「部長こそ、お疲れ様です。それじゃあ――」

「「乾杯」」

「……って部長のジョッキ、空ですけどね」

 ははは、と私も、彼も笑う。

「あ、そういえば、さっきの『ゲーム理論』とか『デフレスパイラル』の話ですけど」

「あれ、さっきそんな話してたっけ」

「あれ、弟が話してたんですよ」

 ん、と私は思い返す。

「あれ、お前この前兄がいるって言ってなかったっけ」

「ああ……そうでしたっけ」

「お前三人兄弟なのか?」

「いえ……」

「ん?」

 そこで彼は一口ビールを啜り、

「僕、双子なんですよ」

「え」

「双子って先に生まれた方と後に生まれた方とどっちが先になるんですっけ」

「知らんけども」

「で、僕、その弟と一緒に住んでるんですけど」

「同棲かッ」

「なんですかその禁断の愛二乗は。てか前にも言ったでしょう」

 私はおっちゃんにまた生を注文しながら、

「それで?」

「それでって部長が話逸らしたんでしょうが。で、その同居してる弟が暇だからっていうんで、ときどき入れ替わってるんですよ」

「へ」

「今日は僕ですけど」

「……へ?」

 あの霊能力があるしそれは私も隣にいるだけで感じ取れるから毎日本人だった筈だいや双子だし弟も全く同じ境遇だったら同じ能力を持っていてもおかしくはないのかいや――

「部長気付かなかったんですか。はあ、ひどいですね。いつも隣で勤勉に働く部下の顔を覚えていないなんて」

「誰が勤勉だって」

「――それはさておき、気付きませんでしたか」

「……そうだな。さっぱり気付かなかった」

「部長にはがっかりですよ」

 そう言って彼はまた一口ビールを啜り、

「まあ、冗談ですけど」

「……え」

 私は呆然。間が悪く、「はい生ね」とおっちゃんが私の目の前に生ビール大ジョッキを置いてにっこりと笑顔を向ける。私はそれに目もくれずに、

「……どこから?」

 と彼に訊ねる。

「さあ、どこからでしょう」

「…………」

 兄がいることはツイッターで確認した。……いやそれが本人かどうか、こいつが一人二役やってる可能性もあるか、それさえ本当かどうかわからない。

 ……なんだこの「夢オチのときにどこから夢だったのー?」みたいなオチ。


ご愛読ありがとうございました.

次回作にご期待ください.

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