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Not for honor  作者: 若木士
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一人の戦場

 任務から戻って一週間後、僕と加山一尉はTEUの司令官である村田海将補に直接呼び出された。

 僕と加山一尉、現在のTEU501を構成する全メンバーだ。他の十四人は、みんなアゼルバイジャンで死んだ。ヘリのパイロットも合わせれば、十八人が出撃して生還したのは僅か九分の一だけ。それでも《B‐X》に関する情報を手に入れるという作戦が成功していたのならまだ救いがあるが、それも失敗に終わっている。

 そしてその死んだ十六人がどのように扱われているのかを僕は知らない。ただ一つ確かなのは、任務中に戦死したなんてことにはならないということ。もっとも、今回に限らずTEUが行っている作戦はほぼ全てが極秘事項なのだから、それらが表に出されることなんてことはまずあり得ない。

 つまり世間の一般人から見れば、戦闘によって犠牲になった自衛官はまだ一人としておらず、それが当たり前のこととして認識されている。TEUの隊員達は、彼らからすれば存在しないも同然。彼らを守るために戦って散ったのにもかかわらず、それを彼らが知ることない。

 TEUに入るときに説明をされ、分かっていたことだ。それでも、分かっているからこそ、寂しさを感じずにはいられない。

 だから次の作戦のブリーフィングを受けている時も、「やってやる」という気持ちは前回よりも小さかった。

「グルジアの雪山ですか?」

 加山一尉が、ロシアとグルジアの国境付近を切り取った地図に視線を固定したまま、村田将補に訊ねる。

「そうだ。野水が残してくれた情報によると、ここに奴らの様々な兵器が保管されたるらしい」

「具体的には?」

「詳細は不明だ。ただ一つ確かなのは、ここに《B‐X》が持ち込まれていることだ」

「アゼルバイジャンから持ち出されたんですか?」

「記録を見る限りはな。野水の情報には、《B‐X》に関するものもいくつかあった。それによれば、《B‐X》は半年前に使われたやつから改良されてるらしい。具体的なスペックまでは分からないが、感染力は相当強くなっているみたいだ」

「つまり、これから先、また《B‐X》を使われる可能性があると?」

「そう言うことだ。それを阻止するためにお前たちを呼んだ」

「どうして私達なんです? TEU【ここ】には冬季レンジャーもいるんじゃないですか? 雪山ならそっちの方がよっぽど適任だと思いますけど」

 冬季遊撃レンジャー――自衛隊内における雪中戦闘のスペシャリストのことだ。

「そりゃいるが、別にスキー滑りながら撃ち合いして来いって言うわけじゃない。お前達二人には、ここの施設に潜入して、《B‐X》と施設内のデータのコピーを確保してもらう。室内に関しちゃお前らが一番だろ?」

 村田海将補の視線が僕に向けられた気がした。

 確かに、TEU501は近接戦闘【CQB】に特化した部隊だ。逆に、森林戦のような自然環境下での戦闘は苦手としている。

「分かりました、二人一組【ツーマンセル】での潜入任務ですね。……それで、今回は大丈夫なんですか?」

 加山一尉は声のトーンを若干落とした。

「不確定要素は付き物だ。この前のだってワザとじゃない」

 前回の、アゼルバイジャンでの作戦で敵兵がうじゃうじゃと湧き出てきたのは、近くに敵の隠れ家があったからだ、という結論が出されている。しかし、作戦前にそんな情報は無かった。つまり事前情報が正確でなかった故に奇襲を受け、手酷い結果となったのだ。

「火口達のことは残念だが、そんなこと言ってたら何も出来なくなるぞ」

「火口三佐が死んだのは情報ミスとは関係ないですけどね。出発はいつですか?」

「直ぐに用意してくれ」




 辺りを覆い尽くしている雪に、白い吐息が溶け込んでいく。

 着込んでいる防寒装備も雪山の冷気を完全には遮断してくれないが、装備を抱えて山道を歩いていれば身体から発せられる熱が寒さを少しばかり緩和してくれる。

「見張りがいる。ここだな」

 崖沿いに進んでいくと、横穴の洞窟の前に立つ銃を持った二人の兵士を見つけた。ここからでは彼らが何処の所属なのかを判別することは出来ない。

「右は俺が殺る、左はお前が殺れ、スリーカウントで行くぞ。…………一……二……三」

 カウントに合わせて僕と加山一尉が減音器【サプレッサー】を装着されたM4の引き金を同時に引くと、二人の兵士は頭から血飛沫をあげて倒れた。彼らが動かなくなったのを確認してから、僕達は洞窟に近付いた。

 死体を崖から突き落とし、血の跡を周りの雪で隠してから僕達は洞窟に足を踏み入れる。

 洞窟内は明かりが点いてはいるものの、それはあくまで通常の活動に支障が無い程度でしかないため、素直に明るいとは言い難い。物音は一切なく、僅かでも音をたてれば目立ってしまう。

 しばらく奥に進むと、僕達は左右の分かれ道に差し掛かった。案内表示があるわけでもないので、それぞれの道が何処に繋がっているかは分からない。

「よし、俺は右に行くからお前は左に行け」

「……分かりました」

 今の僕は、前回の任務の時ほどモチベーションが高くない。ここまでは、ただ加山一尉の後ろに付いてきただけだと言っても間違いではない。だからここから先を一人で行動するとなると、自発的にちゃんと動けるかどうか……。

「安心しろ。俺は死んだりしない」

 僕の表情をどう受け取ったのか、加山一尉がそんなことを言った。

「お前の方こそ騒ぎを起こすなよ。相手もなるべく殺すな。スマートに終わらせて、さっさと帰ろう」

 加山一尉は人差指と中指を合わせて伸ばした左手を軽く振ると、スタイリッシュなターンを決めて行ってしまった。

 一人残された僕。任務中に一人になったのはこれが初めてだ。

 途端、日本から遠く離れた場所にある武装した兵士によって警備されたこの地に、同じく武装した自分が居ることがとても場違いなものに思えてきた。さしずめ、自衛隊入隊初日の夜のような気分だ。まるでフィクションの主人公を追体験しているというか、現実感が沸かないというか……。

 僕は高校卒業と同時に陸上自衛隊に入ったが、それは何か特別な目的があったからではない。むしろその逆で、何も目的が無かったからこそ、それなりに資格が取れて任期制の自衛隊を選んだのだ。だからその時は、自分がこんなことをすることになるとは思ってもいなかった。自衛隊は所詮自衛隊、軍隊ではないのだ。最近は危険を伴う海外での任務も増えてはいるが、どれも戦闘を前提としたものではない。

 そんな自分がどうして陸曹なんてものになったのかは、今はもう覚えていない。

 だがいくら士気が低くても、こんな所で死ぬのは御免だ。正面から遭遇した敵を瞬時に射殺できるように銃を構え、五感を研ぎ澄ませて洞窟内を探索する。

 そうしていると、木箱が所狭しと積まれた部屋に出た。おそらく物置だろう。箱の中身を調べてみると、ライフル弾や手榴弾などほとんどが武器の類だった。

 と、通路の方から話し声が聞こえた。

 咄嗟に木箱の陰に隠れると、敵が何人か部屋に入って来た。僕は息を潜めて彼らが消えるのを待ったが、お喋りを続けるだけでなかなか出て行ってくれない。

 このまま身動きが取れないのは都合が悪い。奇襲をかけて全員を殺すという選択肢もあるが、それを実行してしまうと死体の処理に困ってしまう。

 結局、持久戦の末に敵は大きな木箱を抱えて出て行った。

 様子を見るべくそのままの状態で待機していると、骨伝導イヤホンから加山一尉の声が聞こえた。

『01から06、今何処だ?』

 傍に敵がいないことを確認してから、最小限の音量で応える。

「倉庫みたいなところです」

『何か見つけたか?』

 僕はいったん部屋中を見渡してから答える。

「武器や弾薬ばっかです。そっちはどうですか?」

『コンピュータにアクセスした。どうやら、事前情報に間違いはないようだ。とりあえず、お前は今から病原体が保管されてる場所に向かってくれ』

「分かりました。すぐに向かいます」

 無線を終了すると、僕は立ちあがって出口に向かった。壁に張り付いて外の様子を慎重に窺い、安全を確信してから通路に出て指示された場所を目指す。

 その途中で、前のカーブから二人の敵が現れた。

 近くに隠れられるような場所はない。浅い窪みがあることにはあるが、そんなところに身体を押し込んでも、相手が相当な無能でない限りやり過ごすのは無理だろう。とならば、始末するしかない。

 それらの思考を一瞬で完了した僕は即座に行動を起こした。すなわち、敵の頭部に狙いを定めてM4のトリガーを絞ったのだ。

 不意を突かれた敵は銃を構える間もなく銃弾を受けて倒れたが、近くにいた敵はその二人だけではなかった。仲間が死ぬのを目の前で見たのだろう、叫び声をあげた後、カーブの向こうから敵が銃を撃ってきた。当然、お互いが見えない位置にいるので当たることはない。おそらく僕に対する牽制なのだろう。

 これは非常にマズイ。警報音となった銃声が、僕の潜入を施設中に告げている。

 僕は銃撃が止んだ隙を突いて滑るように飛び出すと、敵の胸に十個近い風穴を空けた。しかし、ステルスミッションという点ではもはや手遅れだろう。まもなくやって来る敵と鉢合わせしないように、僕は移動を開始する。

「こちら06、敵に見つかりました」

『どういう状況だ?』

「敵は倒しましたけど、たぶん銃声とかで他に知られたと思います」

『そいつはあんまり嬉しくないな。一人で続けられるか?』

「今のとこは」

『なら作戦に変更はなしだ』

「そのつもりです」

 敵兵達は次第に慌ただしくなっていき、警備も厳重になっていく。同じような警備体制でも、侵入者がいると思ってやるのといないと思ってやるのでは、それだけで大違いだ。その上、侵入者を狩り出そうと能動的にも動いている。

 僕はそれらを巧みに回避していく。

『01から06、敵に動きがあった』

 普段より張り詰めた加山一尉の声だ。

「なんです?」

 出来る限りの小さな声で訊き返す。

『奴ら、ここから何か物を運び出す気だ』

「中身は何ですか?」

『そこまでは分からんが、俺達には渡したくない、それなりに重要なものだろう。あんまり時間が無い、お前はすぐに搬入口に向かってくれ』

「後どれくらいですか?」

 左手首の時計に表示されている時刻を確かめながら訊ねる。

『分からん。とにかく急いでくれ、持ち出されたら相当厄介だ。俺も今から向かう』

「了解」

 僕は可能な限りの速さで搬入口に急行した。タイムリミットが分からない以上、じりじりと隠密行動で進むわけにはいかない。かと言って、無闇に突っ込めば蜂の巣にされてしまう。僕はその辺りの絶妙なバランスを保ちながら、敵の警備を銃撃戦で突破していった。

 搬入口に辿り着いて警備兵を排除した時には、荷物を積み込まれたトラックが出発する寸前だった。

 逃がすか!

 僕は動き出した有蓋車【ゆうがいしゃ】の荷台に飛びついて天井によじ登る。舗装されていない道を走っている上に蛇行するトラックは大いに揺れるので、僕は振り落とされないように必死にしがみついた。

「こちら06、荷物が出荷されました!」

『それで、お前は何処にいる?』

「トラックにピッタリ張り付いてます、なんなら写メでも送りましょうか?」

『ならそっちはお前に任せた』

「分かりました」

 そうしていると、背後から銃声が響いた。後続の車両部隊が僕を撃ち落とそうと撃ってきたのだ。ただ、トラックそのものを破壊するわけにはいかないので攻撃は遠慮がちだ。態勢は圧倒的に不利だが、相手の重要物を盾にしている点ではこちらが有利だ。RPGをぶち込まれる心配はない。

 僕は身体の向きを百八十度回転させ、二台の輸送車で追いかけてくる敵を撃った。

 運転手がやられると、直ぐに助手席の兵士がハンドルを握る。そいつも死ぬと、コントロールを失った車は、後部座席の兵士と一緒に崖から転げ落ちて行った。もう一台も、同じ要領で始末する。

 背後の憂いを絶った僕は、いよいよトラックの攻略に取り掛かった。ドライバーを放り出してトラックを乗っ取るため、運転席に這い進む。

 突然、トラックが右に大きくカーブすると同時に跳ねた。

 踏ん張りきれずに左側から無様に落っこちた僕は、空中で左手を伸ばして荷台側面の取っ手を掴む。

「あっぶねぇ」

 あと一歩でさっき葬った敵と同じ運命を辿るところだった。もしそうなっていたら肉体的にも精神的にも笑えない。

 肝を冷やしながら出っ張りに足を突っ掛け、一度大きく息を吐いて心を落ち着けてから右太股のホルスターからUSP――四十五口径拳銃を引き抜く。その先端にはM4と同じくサプレッサーが取り付けられている。

 僕は運転席ににじり寄ると、進行方向に視線を向けた。

 運転手を殺すにしろ生きたまま放りだすにしろ、僕がハンドルを握るまでは無人となる。その間にカーブにでも差し掛かったら目も当てられない。

 しばらく直進が続くことを確認した僕は、身体を右手で支え、銃を握った左手を伸ばして車内に弾を撃ち込む。すると四発目を撃つと同時に手首を掴まれ、何秒か綱引きした後、割れた窓ガラスに手を叩きつけられた。

「つっ――!」

 銃が左手から離れると、敵は腕を引っ張って僕を車体から引き剥がした。それに抵抗して僕は右腕で窓に抱きつき、二の腕にガラスが喰い込んでく痛みに耐えながら左拳で相手の顔を殴った。相手もすぐさま反撃してくる。

 僕達は、ドア越しに腕一本で殴りあった。相手を倒すこと、それだけに注力した。

 それ故二人とも、カーブが迫っていることに直前まで気付けなかった。

 運転手は慌ててハンドルを切ったがもはや手遅れ。僕達と兵器を載せたトラックは、崖から盛大にダイブした。

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