07 ~desire~
旅行先から帰ってから二日目、俺とルナはそれぞれレポートと勉強に集中していた。
夏休みはまだあるというのになぜこんなことをやり始めたかと言うと……。
まあ、なんてことはない。
暇だったんだ。
午前中はどうにか寝て過ごしたが、さすがに1日中寝るのは無理なもので……(つい最近1日寝たため?)
午後からなっちゃんの手伝いでもしようかと思ったのだが。
「手伝いなら要らないから、自分の課題を済ませちゃったら?」
と言われてしまい、他にすることもなかったのでそうなってしまったのだ。
他にする事がないと言うのは、ここに来るにあたってゲームなどの遊べる機械等を置いていかされたからである。
まあ、あったってこれは一日持たないような気もするが……。
「ルナー、勉強はかどってるー?」
俺はついに集中力が切れて、後ろ隣りの机で課題をやっているルナに質問を投げかけてみた。
ルナはどうも勉強するときは眼鏡をかけるようで、今も赤縁のスタイリッシュな眼鏡をかけている。
ちなみにいつからかと聞いてみたら……
『これは伊達眼鏡です!!』
ビシッという音が聞こえそうなぐらいに胸を張ってそう言われた時には、俺は大口を開ける事しかできなかった。
「ルーナー?」
ルナはその伊達眼鏡をかけている間は外界の情報をほとんどシャットすると言う。
つまり、今は超集中しているということだ。
「はいはい。分かりましたよ」
自分の事をやればいいんでしょ。
それにしても魔法化学の論文と言うのはどういうものを書けばいいのやら……
自分の得意分野ではないために、もうさっぱりだった。
魔法物理は得意で、というかかなり好きで。
この前のリフレクタという魔術も俺が魔法物理について独学した結果、予備知識として知っていた術式だ。
ちなみに、この世界の魔法と魔術の違いは、それを使う時に術式を使うか否かである。
魔法と言うのはマナを感じとって、イメージを具現化する。といった感じだが。
魔術と言うのは、科学の理論式と同じ様に、数字ではなく特殊な言語や魔法陣を使って式を作り、それをマナを使って現象化させるものである。
魔法物理と言うのはだいたい、魔術を使ってのエネルギー転換についてを学ぶことであったりする。
魔法化学というのは、魔術を使って物体を変質させる……、要するに錬金術を学ぶ学問である。
魔法物理ってのは普段の生活でも目にするようなものを転換させるから分かりやすいんだけど……、物体干渉とかベクトル操作とか。
錬金術ってのは転換のさせ方が分からないんだよなぁ。
たとえば教科書には初心者にもできる錬金術がいくつか書いてある。
酸化還元反応とか、炭素結合とか。
最後の方には水素をヘリウムに変えるなんてのがある。ちなみに核融合ではない。
だけど、そんな目にも見えないレベルのモノが、どういう風にすればくっついたりするかなんて全く分からない。
教科書にはなにやら難しそうな事が書いてあるが、意味は全く分からなかった。
「アスカ、課題終わった?」
ふと話しかけられ、俺は教科書から目を放す。
「お前は終わったのか?」
「いいや、まだまだ。ちょっと分かんない漢字があるんだけど、教えてくれない?」
「ちょうどいいや。お前魔法化学分かんない? 俺は全く意味分かんなくてさぁ……」
「どれどれ?」と俺はルナの指差す漢字を見てやる。
どうやら読みが一緒で意味が違う漢字らしい、外国人はそういうところが難しいのかもしれない。
あと、ルナって超字が綺麗なのな。惚れちゃうぜ。
ルナは逆に俺の机を覗いて俺が知りたい点について考えてくれているようだった。
「ルナ、この漢字はさ、あれだ。cuteとloveryみたいな違いだな」
「ニュアンスの違いってこと? じゃあ翻訳するときは意味を間違えないようにしないと」
ルナのノートは漢字の隣にアルファベットらしきものが、これまた綺麗に書いてあったり、とってもノートを使っていると言う感じがしていた。
「魔法化学はどこが分かんないの?」
「そうだな……。感覚が分からないって言ったら困る?」
「いえ、十分。これが錬金術よ」
そう言うとルナは手のひらの上に乗せたプラスチック製のシャーペンを、短い式の詠唱をして鉄にして見せた。
「うーん、それは分かるんだけど……。どうなったら鉄になるんだ?」
「プロセスは考えてちゃだめ。プロセスを飛ばすのが魔法なんだから。あえていうなら、詠唱時に決めるの」
「どゆこと?」
ルナはため息をついて、それからもう一回詠唱を始める。
「アイスレオ、シス、テ、ミスリュート、アルケーン。アイアーン、ステ、ラフリ、ダ、シ、ビニル」
今度は鉄と化したシャーペンが元に戻っていた。
「これを訳すと、《錬金術を開始する。鉄をプラスチックにせよ》と言う意味になるの。別にドイツ語じゃないからね。誰が編み出したのか知らないけど、魔法言語よ」
「いや、それくらいは分かる。魔法物理にも一応そう言うの出てくるし」
「ならいいじゃない? 深く考えなくていいの。先人の編み出した式を詠唱していれば大抵は成功するから。発音ミスで大変なことになる事はあるけど」
「そうか、ならこれは俺のマナの使い方が悪いのかな」
ルナは「そう言うことだと思うよ」と言い残して、また伊達眼鏡をかけて自分の机に向かう。
俺も負けられないとは思ったが、まあ、張り合っても無駄そうだしいっか。
二人の作業は夕方まで続いた。
挙句に俺はまたなっちゃんに頭をなでなでされた。
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夏休みが始まって早くも二週間が経とうとしていた。
残りが3週間と言う事を気にしながら、俺は今日も例の論文を書き続けていた。
「そういえばあれから連絡ほとんどないんだよなぁ」
俺は例の魔物の件が最近では悪い夢だったのではないかとすら思ってきていた。
だが、それは心の整理が付いていない何よりの証拠でもあった。
メイさんはなぜいきなり怒りだしたのか。
それを時々考えてもみたが、日々記憶が薄れていく中で、それについて考える事もあまり多くなくなっていた。
だが、噂をすればなんとやら。
昨日手紙が届いたのだ。
俺あてに赤色の封筒。
見た目だけでも不吉なそれを開けてみると、それはメイさんからのモノだったのだ。
どうにも、今週中には俺を迎えに来るらしい。
封筒が赤いのは赤紙と話を混ぜたらしい。
まあ、「冗談になってない!」と言うところだな。
「あ、私も夏休み中に一回本国に帰国しないといけないんですよね。アスカが発ったあとに帰ってもいいですか?」
などと、ルナは俺の事など気にも留めていないようだった。
なっちゃんもメイさんが来たら俺を喜んで差し出すとか言いおるし……。
「つかどんなことやらされるんだろ……。軍事訓練なんて参加したくないのに」
「いや、たぶん訓練らしい訓練はすぐにはやらされないと思うよ。まずはAAの使い方の講習とかやるんじゃないかな?」
冗談じゃない。
適当に乗って乗りこなせてたんだからいいじゃないか!
あ、乗りこなしてたってのは違うか。
ピンポーン
「あ、誰か来た」
「はーい」となっちゃんが玄関に歩いていく。
しばらくしてメイさんと居間に入ってきた。
そういやメイさんとはシリアスな面ばかりで思い出す暇なかったけど、俺この人の裸見ちゃってるんだよなぁ……
っは!?
いかんいかん。
思春期とは言え、自重していかないと。
「じゃーね、アスカ。ちゃんと帰ってきてね」
「いや、別に戦争に行くわけじゃないんだから」
「まあ、そのための準備だがな」
「だから俺は戦争なんて行かないって!」
メイさんは「ふぅ」とため息をつくと「行くよ」と言って手招きをした。
覚悟が変わっていない事に失望でもしたのだろうか?
だがむしろ失望してもらってここで平和に帰るのもそれはそれでいいのかもしれない。
とか思ってしまう俺はやっぱり覚悟が足りないんだろうなぁ。
「じゃ! しばらくの間留守にするんで!」
俺はそう言って荷物の入ったトランクを片手に玄関から出た。
どうでしょうかね?
今回は大半が説明だったような……
感情表現と言うのはなかなか難しいものですね……
意見感想お待ちしております。