6. - シス -
新月と満月の夜は出歩いてはいけないよ、と小さい頃に教えられた。
新月と満月の夜は何もかもがいつもと違う。普段見ることはない生き物も沢山いたし、温厚な動物が獰猛になったりする。特別な夜だ。特に新月の夜には女達も仕事をせず、巣窟の自室にこもって静かに過ごす。
月が出ない夜に花は咲かない。
前日はめったに降らない雨だったのか、土がぬかるんでいた。ツイていない。
久し振りに吸う外の空気は、冷たく澄み過ぎていて胸に痛かった。花たちは毒々しいピンクの花蕊をすっかり白い花弁に覆われてその頭を垂れていた。
「外はいいよね、やっぱり。気持ちがいい」
「そうかな。僕は不気味に感じるけど」
「まあね。新月だし」
あまりはしゃいでいる余裕もない。
こっそりと、息を潜めて、なるべく遠くへ。誰にも見つかってはならない。女達にも。他の生き物にも。
何と言っても今日は新月だ。
仕事を始めて以来久し振りに外へ出る彼女だって、勿論僕だって、新月の夜にこんなに遠くまで出掛けたことはない。
彼女の先に立って手を引こうと差し出すと、肩を後ろへ押され、逆に手を差し出された。
僕は少し苦笑いを浮かべた。
「大丈夫だよ」
彼女が思うほど脚は悪くない。そして僕自身が思うよりも、脚は悪くなかった。
手を取る代わりに指を交差させて手を繋ぐ。
僕達は黙ったまま山を降りていく。
足の裏に濡れた土や石や落ち葉の感触を確かめながら、音を立てないように、静かに。
小さな牙を剥く蛇に嚇かされ、大樹の穴に眠る大きな動物の毛並みに怯え、木の上から見下してくる悪魔の哄笑を聞きながら、それでも僕等は一度も声を立てずただ山の麓を目指した。
黒い空が灰色に変わる頃、鬱蒼とした木々が唐突に終わり、足の裏に当たる地面の傾斜がなくなった。
山は背後にあった。
石ころと、時折生えている草と、灰色の砂ばかりの地平が彼方まで続いていた。
結局僕は一度も転ばなかった。
僕等は固く手を繋いだまま顔を見合わせた後、どちらからともなく大声で笑った。辺りがうっすらと明るくなってもまだ笑い続けた。笑いすぎて苦しいぐらい。
「どこ行く?」
ひとしきり笑った後、彼女がこっそりと尋ねた。
僕達しかいないこの世界でこっそりなんて変かもしれない。でも、そんな風にしか表現できない口調で彼女は言った。
「さあ……」
どこへ行こうかとあてもなく地平の向こうへと視線をやれば、自然と口許にさっきの笑みが戻ってきた。
彼女は不安なのかもしれない。逆に僕はワクワクしていた。
……ワクワク、だって。
そんな感情、とうの昔に忘れていたものだ。
「そうだな、とりあえず此処じゃないどこかへ」




