4. - フォ -
それから暫くの間、サリィが毎晩のように泊まりに来た。
情緒不安定に陥っているのだろうと思ったが、僕には僕なりの事情があったので、ある晩にとうとう追い返した。
「だって誰かに誤解されたら困るだろ」
「……恥ずかしいの?」
彼女はどこか納得の行かない顔で、自分なりに理由をつけようとしていた。
「うん、そうだね。恥ずかしい」
「それは相手がアタシだから?」
「違う。それは絶対全然違う。誓ってもいい」
僕はそっと彼女の手に自らの手を乗せた。
彼女の手は冷たい。いつも冷たい。
その指と指との間に、指と指とを交差させて握る。
「僕はまだ子供だから。そういったこと全部が恥ずかしい。他の人にからかわれたら、もう此処じゃ生きていけないよ」
「大袈裟ねぇ」
僕たちは顔を見合わせて笑った。
繋いだ指はどちらからともなく外れた。
それからは彼女がやって来ることはなくなった。
僕はホッとした。それから何度となく自室の入口を眺める日々が続いた。まるで入口を灯す橙色の明かりのように僕の気持ちもぼんやりとしていた。彼女が来なくなって安堵したのが事実ならば、彼女が橙色の明かりの中から訪ねてくるのを待ち侘びているのもまた本心だった。
一度、寝床の向こうで通路を俯きがちに歩く彼女の姿を見かけた。世話係として女の後ろを歩いていた。彼女は仕事をする立場に一歩近付いたのだろう。
ジォもまた、年少の子供達を纏める立場として忙しくしていたのか、姿を見せなかった。
僕は干し草の上でただごろごろして日々を過ごした。
生きていても死んでいるのと同じだ、と思った。
そして時々セヴェンリィ爺のことを考えた。
誰にも相手にされずに死んだように生きるのと、追い出されるにしろ出て行くにしろ生きていくだけで精一杯の日々を生きるのと、一体どちらが幸せなのだろうか。
僕には分からなかった。
「セヴェン。ちょっといい?」
実に十日ぶりだった。
サリィの声に僕は思考を停止させた。
「いいよ。助かった」
「助かった?」
「君がいない生活なんて死んでいるのと同じだってことに気付いたところだよ」
サリィは可笑しそうに笑った。冗談だと思ったようだ。
「じゃあ今夜は泊まってもいい?」
「もちろん」
僕も同じように笑った。冗談でも本気でもどちらでもよかった。
ただ昔みたいに、外で疲れるまで遊んだ後に、それでも遊び足りなくて誰かの寝床で集まって遊んでいるうちにみんなで眠ってしまうのとは訳が違うのだと、それは確かに僕たち二人の間に横たわっていた。
サリィを招き入れて干し草の上に二人で転がった。
「目の上に傷。残ってんのね、これ」
「傷?」
サリィの指先が左目の上に触れる。身体はもっと触れている。今日は体温が高い。暖かい。
「ほら、昔鬼ごっこしててナインが貴方を追い回して」
「ああ転んだ時に岩があった」
「凄く血が出たからアタシびっくりしてさ」
「ナインはもっとびっくりしてたよ。あんまり泣くもんだから、帰った時に僕が怒られた」
「それからだったかしら? 貴方が外へ行かなくなったのって」
「そうだったかな」
僕自身すら忘れていた傷痕にサリィはずっと触れていた。サリィはそれからも子供の頃の話をし続けた。僕はずっとそれを聞いていた。
外で遊び疲れてみんなで手を繋いで眠った、どうしてそれと同じではいけないのだろう。僕たちは手の繋ぎ方だって変わってしまった。触れ合う身体の形だって違ってしまった。
「サリィ」
「明日からサリィじゃなくなるわ」
「そう……」
僕は身体を起こしてサリィに口付けた。サリィは泣いているようだった。
サリィの髪を撫でると、彼女の腕が僕の頭を抱いた。
それが合図だった。
僕らは二人で大人になった。
まるでそうすることが予め決められていたかのように。
そう、それこそが運命なのかもしれない。