3. - スィ -
初めてセヴェンリィ爺と会ったのは、僕がまだ本当の子供だった頃だ。
シスもエイツもナインも、29のナインもまだ一緒に外で遊んでいた。サリィもいた。
僕らは薄明るい太陽が山に影を落としている間中ずっと外で遊んでいた。鬼ごっこをして、ままごとをして、日長一日遊んで、最後に食材となる野草や木の実を摘んで帰った。
花の香は優しく、まだそれを苦手だとも魅力的だとも感じなかった。
僕は生れつき右脚が不自由で、他の子供達と同じように走ることはできなかったが、それでも毎日泥だらけになって他の子供達と同じように笑っていた。
その日も僕は他の子供達についていけなくなって岩の上に座って休んでいた。確か灰色の蝶を目で追い駆けていた。そこに老人がやってきたのだ。それがセヴェンリィ爺だった。
「坊主は蝶になりたいか。それとも花になりたいか」
僕は何と答えたのだったか。
今となってはもう思い出せない。
ただ、それから僕はちょくちょくセヴェンリィ爺の住み処へと通うようになった。
「結局、お前さんは此処から出ていかなんだ」
「元々僕は脚が良くない。外で暮らしていけるとはとても思えなかった。今でもそう思います」
「できないと思うからできないんじゃ。やろうと思えば今からだってやれる」
もう何度も爺は同じ話をしていた。それは僕が子供で、何も知らなかった頃からずっと。
「此処を出て儂らと一緒に暮らそう。淫花のことなら心配ない。儂と婆さんとで何とかできる。な?」
今からでも何も遅くない、と爺は言った。
僕にはとてもそんな風には思えなかった。
大人になってしまったからでもなく、淫花のせいでもなく、ましてや脚のことでもなく、僕を此処に繋ぎ留める存在。
何も知らない頃なら出て行けたのかもしれない。
けれどもう此処にシスもエイツも居ない。ナインだって姿を見せなくなった。傍に居るのはサリィだけだ。
男は段々いなくなっていく。生まれる数は男の方が多いのに、此処にいる大人は全て女だ。いずれジォの言うナインもいなくなる。
そしてジォも。
「儂はなぁ、よう懐いてくれたお前さんをみすみす死なせてしまうのが偲びないんじゃ」
「爺様のお言葉は有り難いですが……」
「……やはり此処に居るか」
「はい」
爺は暫く黙っていた。
僕も黙っていた。
昆虫の中には産卵が終わるとメスがオスを文字通り食べてしまう種類があるという。僕たちは別に頭からバリバリと食べられるわけではないけれど、きっと同じことだろう。別に僕らの種族だけが不幸で理不尽な運命を背負っているわけではない。
そんなことを伝えたかったが、上手く言葉にはならなかった。
「一つ聞いてもいいですか」
「何かね」
「あなたはどうして此処を出たのですか? ――蝶に、なれた? それとも花に?」
蝶になりたいか。花になりたいか。
あの時、確かにそう聞いたのだ、この老人は。
爺の窪んだ大きな目がこちらを向いた。
「儂は若い頃から不能なんじゃ。そのせいである時此処から追い出された。お陰でこうして命拾いしたというわけじゃ」
爺はまたいつものように濁った声で笑った。
女は花だ。蝶になれるのも女。僕らはどちらにもなれない。
花にも蝶にもなれず、女にも花にも相手にされず、この老人は長い時間を生きて来たのだろう。その孤独を思えば、短い生涯もさほど悪くないように感じた。
僕にはサリィがいる。ジォだっている。
僕はセヴェンリィ爺に礼を言って退室した。