12. - トゥエウヴ -
「けれどそれは革命なんかじゃあない。復讐の始まりに過ぎんかった」
ベレ婆は女たちだけで生きていく道を示すと同時に男たちが生きる術を奪った。異種の雄から糧を得ることを伝え、同性から補給できることを伝えない、たったそれだけのことだ。
そして今の僕らがある。
僕はジォの肩に頭を預けて、セヴェンリィ爺の長い長い話を聞いていた。
「なんで爺様はベレ婆様を止めなかったの?」
ジォの声には強い非難の色が滲んでいた。当然だろう。目の前でナインを失い、そしてセヴェンリィ爺もまた、自らの行いを後悔していたように話していたのだから。
けれど僕には何となくセヴェンリィ爺がベレ婆の復讐を止めなかった理由が分かるような気がした。もしもサリィが同じ目にあって、僕がセヴェンリィ爺だったら矢張り彼女を止めたりはしない。
爺は空気の抜けるような音を立てて笑った。
「全てが終わって落ち着いてから、儂らは愛し合うた。――が、出来んかった。儂の方にも恨む気持ちがあったんじゃよ」
若い頃から不能だったと語ったことを思い出す。恐らく罰を受けたのが原因だ。
彼らが子を授かりたいと思ったのならば、その絶望感は計り知れない。
「それでもやっぱり僕は、爺様たちを許せないと思う。あなた方の所為で多くの兄さんたちが死んでいった。ナインだって、あなた方が殺した」
子供を腕に抱いただけであんなに満足そうに死んでいったナインも、本当ならその子供の成長を見届けることだってできた筈なのだ。
長く喋っただけで眩暈がするほどの疲労を覚えたが、ジォの肩から顔を起こして立ち上がる。その気配を察してか、ふらつく身体をジォが横から支えた。
「それで構わん。儂がお前さんに教えたかったのは、――変えたければ変えられる、ということじゃ。全てを知った今なら、お前さんにはその力がある」
セヴェンリィ爺の声が耳鳴りを切り裂いて響く。変える力があるのに変えないならば、それはセヴェンリィ爺と同罪であるかのように僕を責める。狡い、と僕は彼を罵る言葉を奥歯で噛み潰し、白み始めた外へと足を向けた。朝が来る前に戻らなければ花が咲いてしまう。
「最後に一つ。あなたは、花を食べた?」
「儂らが子供の頃は、男子はみな淫花を食べる習慣があった。花を食べることで、花に対する抵抗と花の特性を得ることができる」
「なるほど」
大人の男を作らない為に、その習慣すらベレ婆は断ち切ったということだ。
花を食べれば花になれる。
聞きたいことは全て聞き終えた。
もうセヴェンリィ爺に会うことはないだろう。
帰りは更に遠かった。
足がもつれて何度も転びそうになり、その度にジォの支えが必要になった。遂には背負っていくと譲らないジォの申し出を断ってその場に腰を下ろす。
花の香りが心地よい。まるで子供の頃に戻ったように懐かしい。
とても眠い。
考えなければならないことがある筈なのに、色々なものがそれを邪魔した。
変えたければ変えられる、セヴェンリィ爺の言葉がさらさらの砂に沈んでいくように何度も埋もれるので、また何度も引っ張り上げて考える。
変えなければ。それも、ベレ婆の復讐に対する報復ではなく、もっと、互いが手に手を取って生きていけるような――まるでナインが残した微笑みのような世界。その方法を考えようとするのに、花の香りが、子供の頃の思い出が、眠りが、耳鳴りが、眩暈が、セヴェンリィ爺が、ナインが、ジォが、サリィが、羊が、灰色の蝶が、みんなが邪魔をする。
悪魔が笑った。
ジォの未来と、サリィと子供の将来。
さあどっちを取るか選べ。
「……ジォ、花を食べて山を降りてくれ」
渇いて喋りにくい口を開くと、到底聞き入れられないといったようなジォの声が返ってきたが、その一つ一つの言葉を聞き取ることはもうできなかった。僕はまだきちんと喋れているのだろうか、と不安になった。けれどきっと言葉が聞き取れないのは耳鳴りの所為だ。
「時期が来たら、……誰か、愛する人ができたら。その時に、帰ってきて欲しい」
その時にはきっと、僕がサリィを想う気持ちやセヴェンリィ爺がベレ婆を想う気持ちも分かるようになるだろうから。
僕は僕の命と引き換えに、ジォのことも、サリィと子供のことも両方取る。
ジォは、僕が問題を先送りにしてジォに押し付けたことを責めるだろうか。これではセヴェンリィ爺と同じじゃないかと責めるのだろうか。
僕はナインのように上手く笑えるだろうか。