10. - テン -
いつものように食用の草や実を拾って戻ると、女たちの集まる炊事場は騒然としていた。そういえば帰り道、セヴェンが居なかったがそれと何か関係があるのだろうか? シスリィが成人の儀で名を受けて以来、もう僕はジォと呼ばれるようになって子供たちを束ねる立場にあった。だけどセヴェンだって小さな子供ではない。帰り道で迷子になったりはしないだろうと高を括っていたのだ。それが何か良くない災いを招いてしまったのだろうか?
嫌な胸騒ぎがして炊事場を覗くと、一斉に女たちが振り返り口々に僕を責め立てた。そのうちに掴みかかる者、半狂乱で泣き喚く者も現れ、僕は彼女をなんとか掻き分けてその先へ進む。
そこで目にしたのは変わり果てたセヴェンの姿だった。
セヴェンは、それこそまだセヴェンリィ・セヴェンと呼ばれた小さな子供の頃からずば抜けて美しい少女だった。女に生まれれば数多くの男に抱かれることでしかその立場を維持できないこの場所で、容姿に恵まれるということはそれだけで将来を約束されたも同然だった。
そのセヴェンが、獣人の雄たちに乱暴された。僕が目を離した隙に。
同性同士の性交渉に偏見がない代わりに、当時は異種との性交は絶対の禁忌とされていた。
セヴェンは此処で生きる術を失ったのだった。
僕はその日のうちに大人たちの会合へ呼ばれ、穢された娘の処遇について聞くことになる。数々の下世話な陰口と共に。
「あの娘、可愛かったのになァ」
「だったらお前抱いてやれよ」
「いやァ、今となっちゃぁな。きっと獣臭くて敵わないぜ」
「あぁ分かる分かる。あんな事さえなけりゃ俺だって。あの娘に是非俺の子を産ませたかった」
「そこまで言うか?」
大人の男たちが下品な話で笑い合う様を聞きながら、僕は彼らへ殴り掛かりそうになるのをじっと堪える。彼女は被害者だ、そう喚きたいのにその原因を作ったのはこの僕だ。
彼女の死刑はすぐに決まった。正確な表現は「殺処分」だった。刑ですらなかった。対する僕にはなんの咎めもなかった。子供とはいえ、彼女にはもう充分な判断力があり、彼女の予期せぬ行動については僕の責任の範疇にないというのがその理由だった。
会合が終わってから僕は長老に詰め寄った。彼女が殺されてしまうことがどうしても納得できなかった。
「ならば彼女が獣人たちを誘惑しなかったという証拠はどこにあるのかね」
僕は唖然として返す言葉を失った。
「……そう思う者も少なからず居るだろう。それになにより、この先大人になってから彼女は誰からも食事を取ることができんだろう。飢えて徐々に死ぬことを思えば、今のうちに手を下してやる方が余程彼女の為になる。そうは思わんか」
長老の言葉は優しく僕に語り掛けたが、納得ができないことに変わりはなかった。
散々傷つけられた彼女が今度は皆から汚いものでも扱うように殺される、こんな馬鹿な話があってたまるか。
そして僕は彼女に手を下す役目を長老に請うたのだった。
近くに大きな洞穴がある。僕はそこへセヴェンを隠した。
それまでには思ったよりも長く時間が掛かった。彼女の心の傷がそう簡単に癒えないだろうことは容易に想像がついたが、身体に負った傷が移動に耐えるまでに回復するのに時間が掛かった。彼女は大人たちから暴力を振るわれていたようだった。治る筈の傷がなかなか治らない中、僕は処分と称して彼女を連れ出した。その頃にはもう当初の騒ぎは収まって、ただ面白半分に彼女を虐げる者が居るだけだったから誰にも監視されることなく「処分」することが出来た。
僕に割り当てられる食事を少し残しては彼女の元へ運ぶ。僕がもし大人になって、自分で食事を取らなければならない歳になったなら、その時は直接彼女を抱けばいい。もしも彼女がそれを了承してくれるなら。僕ならば別に彼女が獣臭いだとか穢れているだなどとは全く思わないから、後は彼女が受け入れてくれることを祈った。僕は彼女を愛していた。
そんなある日、彼女が姿を消した。