0. - ジォ -
問題は、いかに大人にならないか。
お花畑で遊ぶのは子供たち。
籠の中の鳥は籠の中で朽ちるだけ。
蝶になれるわけじゃない。
目が醒めても薄暗さは相変わらずだった。そもそもこの世界全体が薄暗いのだ。今更と言えた。分かったことは今が夜ではないということ。夜ならば、薄暗いのではなく真っ暗な筈なので。
否、四六時中小さな明かりの燈されているこの洞穴の中では、やはり昼夜の境など幻に等しいのかもしれない。薄暗い夢と薄暗い現に境がないように。
甘い香りがした。
甘い、甘い淫らな、花の香。
この山にいくらでも咲いている甘い花。
雄たちを誘う為に、そして雄たちからこの巣窟を守る為に、淫魔の女たちは淫花を利用する。花の匂いに誘われて糧となる雄はいくらでも寄って来たし、正規の手続きを踏まずに侵入した雄は淫花の餌食になって精を吸い尽くされた。雄の精を糧とする点では淫花も淫魔も同様だが、淫魔ならば花のように雄が死に至るまで精を吸い尽くしたりはしない。ただ快楽を得たいだけならば、雄たちは堂々と正面から入って淫魔を相手にする方が遥かに賢明と言えた。
明かりは寝床の入口に一つ。
燈色のそれは弱々しく、幻想的ではあったが視認にはたいして効果がなかった。
覚醒してまず初めに、寝床に女がいないことを確認する。その確認作業こそが、もう大人になってしまった証なのかもしれない。
「アタシもさ、姉様たちみたいに『仕事』するのかって思うとゾッとするのよ」
サリィが言った。
そういえば、肌が肌を打つ軽い音が聞こえる。
彼女は干し草の上に俯せで転がり、踵で尻を蹴っていた。
「うん……。でも、生の精気は格別だって聞くよ?」
「食事の為にあんな獣じみたことするなんて、それこそナンセンスだし」
彼女の声は鋭さを増し、僕は何も答えなかった。
女たちの仕事によって僕たちは養われている、そのことに負い目があった。近い未来、仕事を始めるのは彼女であって、男の僕ではない。
彼女はセックスを汚らわしいものとして嫌った。思春期にはありがちな感情かもしれなかった。彼女はまだ子供で、女ではなかった。
「セヴェンに言っても仕方ないよねぇ。ごめん、八つ当たり」
身体を起こす彼女の白い肢体は、丸みを帯びていてもう充分に大人の女そのものだったが、その呼び名がまだ仕事を始めていない子供であることを示していた。
彼女は30番。
三桁以上はもう誰も知らない。
ただ子供たちは順番に番号を振られていき、女として仕事を始めるときにようやく名前を付けられる。
「花に水をやらなきゃ……」
巣窟の入口と裏手に咲く淫花に、女たちが集めた精を混ぜた水をまく。彼女はもう、そういった下働きを始めていた。
僕はセヴェン。
正式には27番、トゥエリ・セウ゛ェン。
名前を貰うことは一生ないだろう。