スローじゃないライフのお隣さん
この世には時折『ギフト』と呼ばれる特別な力を持った人がいる。
習いもせずあらゆる魔法を行使できるとか、植物を自由自在に成長させられるとか、その内容は様々。けれどそのどれもが、本人の生活のみならず周囲の環境にまで強い影響を及ぼす力だから、ギフト持ちの人はそれを隠すことが多い……らしい。
ところでこの私、雑貨屋さんのかわいい一人娘であるところのマリーナ・マルスは、お隣さんこそがそのギフト持ちではないかと睨んでいるのだ。
お隣さんことジャンさんは去年の春に引っ越してきた男の人で、何でも屋さんみたいなことをしている。広い庭で花や野菜を育てたり、街の裏手にある山で鉱石を掘り出したり、そういうのを加工して売ったり。
この小さな町で野菜の卸先と言えばうちの雑貨屋くらいだから、彼の引越し直後からよく顔を合わせる機会があった。ジャンさんはいつも穏やかで優しい。肌はすっかり日に焼けていて、パパよりずっと筋肉がついていて、すごく健康的だ。
町で困っている人がいたら、ジャンさんはすぐに飛んで行く。何がほしいとか、何を直してくれだとかはもちろん、この前は食堂のアンナおばさんがぎっくり腰をやったと聞いて、キッチンと配膳まで手伝っていた。ジャンさんの作るオムライスは、ママのご飯と同じくらい美味しかった。
町のみんなはすごくジャンさんを信頼しているし、ジャンさんはまるでずっと前からここに住んでたみたいに馴染んでいる。
私もそんなジャンさんが好きだし、何かの裏を暴いてやるぞ~みたいな気持ちはない。だけど、どうしても気になるのだ。
普通の人にしては、あまりにも、なんでもできすぎる!
朝の6時から夜の0時までずーっと動き回っていて——時間については本人がそう言っていただけで、私が四六時中見守っているわけではないけど——農業も採掘も加工も修理も料理も、それぞれの道のプロになれそうなくらいの水準で、全部をこなしている。
ジャンさんの育てたニンジンは明らかに味が濃くてただ煮るだけで美味しいし、鉱石の目利きと加工技術は鍛冶屋のバルおじさんも脱帽ものだと言っていた。機械のことなら町で右に出る者はいないココット兄弟でさえ、ジャンさんの技術には一目置いている。
ジャンさんはどんなことも鼻にかけたりしないけど、もし何かのギフトを持っているのなら、話を聞いてみたい。これは単純に私の好奇心だった。
◇ ◇ ◇
「マリーナさん、おはようございます。かぼちゃを持ってきたんですが、今大丈夫ですか?」
明るい日差しと涼しい秋風がくるくるワルツを踊るような朝。荷車にたくさんのかぼちゃを乗せて、ジャンさんがうちの店先にやってきた。外で窓枠に引っかかった葉っぱを払っていた私は、ててっとスカートを翻してジャンさんに近寄る。
「おはようジャンさん! たくさん採れたんだね」
「去年より農地を広げられたので……のびのび育ってくれました」
「いいね! えーと、一緒に裏口から来てくれる? 店内にかぼちゃコーナーがまだないから、いったん在庫置き場に運んでくれると助かるな」
「分かりました」
ごろごろ荷車を押すジャンさんを先導して、在庫置き場まで案内する。早朝の町は静かで、ましてや雑貨屋の裏手なんて、他に人もいない。
……聞くなら今かも。あくまで雑談の感じで、深刻にならないように気を付けて、私はジャンさんを見上げた。
「ねえ、ジャンさんって何かのギフト持ってるの?」
「え……」
ジャンさんは目をぱちくりさせた。困っている顔だったので、慌てて補足する。
「違ってたらごめんね! ジャンさんってすごくすごいから、もしかしてって気になっただけ! ギフトがあってもなくても、ジャンさんが私たちの素敵なお隣さんなのは変わらないから!」
「ああ、いえ……その、予想外だったので、ちょっと驚いただけで。お気遣いありがとうございます」
うーん、やっぱり優しくていい人。
裏口の扉を開け、空いている木箱にかぼちゃを移していく。私のそんな様子がまったくいつも通りだったからか、ジャンさんはちょっと気を緩めてくれたようで、一緒にかぼちゃを運びながら話してくれた。
「えっと、一応……あります。ギフト。派手なものじゃないから、気付かれないと思ってたんですが……」
「えー! やっぱりそうなんだ! どんなやつなの? 聞いてもいい?」
育てる作物が超高品質になるギフト?
鉱石を体の一部みたいに自然に扱えるギフト?
いや、もっとすごくて、人の頼みを絶対に叶えられるようになるギフトとか?
未知へのわくわくに胸を高鳴らせて、ジャンさんの答えを待つ。ジャンさんは頬を掻き、そっと口を開いた。
「日付が変わる前にベッドに入ると、翌朝とても元気になるギフトです」
「……日付が変わる前にベッドに入ると?」
「はい、翌朝とても元気になるギフトです」
きっと私の目は今まんまるくなっている。
いや、すごいギフトなのだろうというのは分かる。パパは夜更かしすると翌日が辛くなると言っていたし、ママは疲れを癒すために自分で毎晩マッサージをがんばっている。私だって、配達で町を駆け回ったりした日の翌朝は、もっとたくさん寝ていたいと思ったりする。ジャンさんのギフトはそういうのを全部解決するものだろうから、すごくすごいことだ。
でも、じゃあ、あれっ?
「……ジャンさん、農業も採掘も、それ以外にも色々やってるよね」
「はい、おかげさまで」
「それが全部すごく上手っていうのは……ギフトとは関係ないってこと?」
「? 多分そうですね……? このギフトのおかげで翌日のことを気にせず動けるので、目の前のことに全力で臨めるというのはありますが」
つまり。
ジャンさんの作ったニンジンがおいしいのも、鉱石に詳しくて加工が得意なのも、機械修理ができるのも、料理上手なのも——全部。
「ジャンさんが……一つ一つにめちゃくちゃ一生懸命だからなんだ……!」
「えっ、きょ、恐縮です……?」
今までで一番、ジャンさんはすごくすごい、と思った。
体力とか時間とか、がんばるための材料があっても、がんばれないことはある。お休みの日、経営のお勉強をしようと本を手に取っても、すぐロマンス小説に持ち替えてしまう私とか。
でもジャンさんは、がんばれるなら、目いっぱいがんばる人なんだ。多分、ギフトがなかったとしても、その範囲での目いっぱいをやっていたと思う。そんな気がする。
「あの……マリーナさんは大丈夫とは思うんですが、あんまり公言しないでもらえると嬉しいです。前に住んでたところでは、ギフト持ちってだけでちょっと色眼鏡で見られるところがあって……」
「うん、ジャンさんが嫌なら言わないよ。教えてくれてありがとう!」
ほっとしたようにジャンさんは微笑み、残りのかぼちゃを手際よく片付けてくれた。
かぼちゃコーナーを作って、今日の営業が終わったら、ベッド脇に放り出された経営の本を拾うところから始めよう。
私にギフトはないけれど、がんばることならちょっとはできるはずだから。




