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会話の中に

大先生

作者: parupuntist
掲載日:2026/09/25

「大先生。待たせたね。紙とばかり話していないで、たまには人間とも話したらどうだ」

「用件は何でしょう」

「冗談だよ。君には、こういう機微がわからないか」

「研究しかできない人間だ、と言いたいんですよね」

「……何だ、わかっているじゃないか」

「はい」

「だったら、なぜいつも黙っている」

「その話に、返すことがないので」

「悔しくないのか」

「今、別のことを考えていました」

「そうやって逃げる。人に馬鹿にされているんだぞ」

「知っています」

「知っていて、平気なのか」

「嬉しくはありません。でも、あの式の続きを考えるほうが楽しいんです」

「まったく。そういうところだよ。昨日の会議でも、場の空気が読めていなかったな」

「新型推進炉の件ですか」

「所長の案にも、副所長の案にも反対した。全員が呆れていたぞ」

「どちらも、同じ冷却系を使っていましたから」

「その説明は聞いた。今は、君の態度の話をしている」

「設計の審査だと聞いて出席しました」

「それだけの場じゃないことくらい、わかるだろう」

「所長を続投させるか、副所長を推すか。出席者の顔ぶれから、そういう話になるだろうとは思っていました」

「わかっていて、あんな発言をしたのか」

「どちらが所長になっても、炉は冷えませんから」

「君は極端なんだよ。まず賛成して、細かい問題はあとで調整すればいい」

「調整できる範囲を超えています。この赤い線を見てください」

「その前に、少しは自分の身の振り方を考えたらどうだ。今回も昇格は見送りだぞ」

「そうですか」

「同期の私とは、給料もずいぶん違う。君の航法は全移民船に採用されたのにな。暮らしに余裕が欲しくないのか」

「欲しいですよ」

「だったら、私のやり方を見習いたまえ」

「誰の発言には賛成して、誰の失敗は大きく見せるか、ということですか」

「言い方があるだろう」

「理解はしています。ただ、興味が持てないんです」

「要するに、できないんだな」

「そういうことにしてもらってもかまいません。冷却系の話をしていいですか」

「よくない。これは君のために言っているんだぞ」

「では、あの呼び方はやめてもらえますか」

「大先生のことか。親しみを込めているんだよ」

「さっき、馬鹿にしているとおっしゃいました」

「細かい言葉尻を捉えるな。だから君とは話しにくいんだ」

「……用件は、それだけでしょうか」

「反省の色がないな。私だって首席で出ている。研究しかできない君より、物事が広く見えているつもりだ」

「それなら、この図を一緒に見てもらえませんか」

「また研究か」

「さっきまで、二つの問題が一つに繋がりかけていたんです。出力を上げずに、推力だけを増やせるかもしれない」

「その案で所長を黙らせる気か」

「いいえ」

「では、副所長への売り込みか」

「誰が採用してもいいんです。うまくいけば、航行時間が短くなる」

「綺麗事だな。自分だけ正しい側に立って、周りを見下している」

「今、炉の話をしています」

「君が本当に考えていることを指摘しているんだよ」

「私が何を言っても、誰を負かしたいかという話になるんですね」

「人間はそういうものだ」

「そうでない時間も、ありますよ」

「君だけ特別だと言いたいのか」

「……いえ。もういいです」

「都合が悪くなると、それだ。反論できないんだろう」

「この話を続けても、同じところに戻ると思ったんです」

「そうやって会話を拒むから、孤立するんだ」

「冷却系の話は、何度もお願いしています」

「誰も君の独演会を聞きたいわけじゃない」

「一緒に間違いを探してもらいたいんです」

「ようやく認めたな。自分の計算が間違っている可能性を」

「もちろんあります。だから、どこかおかしいと思ったら、そこを教えてください」

「まず、所長の案が間違っているという前提がおかしい」

「その前提では計算していません。結果が、あの案の想定と違ったんです」

「結果が違うなら、君の計算を見直すべきだろう」

「見直しました。実測とも合います。昨日、お渡しした記録を」

「私はあの説明には納得していない」

「どの部分でしょう」

「ほら、また私を試す。相手を不快にさせずに話せないのか」

「納得できない箇所がわかれば、確かめられると思っただけです」

「私が理解できていないと言うのか」

「理解できないことは、私にもあります」

「一緒にするな」

「……では、記録を返してもらえますか」

「待ちたまえ。まだ評価面談が終わっていない」

「評価面談だったんですか」

「日頃の言動は、すべて評価の対象だよ。君は協調性がない。人の意見を聞かず、自分の世界に閉じこもる」

「意見は聞きます。計算が違っていれば直します。ただ、誰が言ったかだけで、結果を変えることはできません」

「また理屈か。少しは素直になれ」

「……紙を、取ってもいいですか」

「私の話を聞いているのか」

「聞いています。そのうえで、あの式の続きを」

「あとにしなさい。まず、きちんとこちらを向いて」

「……はい」

「今年の所見は、指導内容を理解できず、対話が成立しない。異論はあるか」

「理解は、しています」

「その態度でか。反省が見られない、とも加えておこう」

「……もう、研究室に戻ってもいいですか」

「逃げるのか、大先生」

「もう一度、最初から考え直さないと」

「ようやく自分の間違いに気づいたか」

「式の続きが、わからなくなってしまったので」

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