第6話 肛門のはじまり
今日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
一斉に椅子がガタガタと動き、クラスメイトは教科書やノートを片付けながら帰り支度を始めた。
「じゃーねー!また明日ー!」
「おい!この後どこ行く?」
あちこちから楽しげな声が飛び交い、友達同士で連れ立って教室を後にしていく。
あかりは机に座ったまま、ちらりと美咲を見た。
「ねぇ、美咲、ちょっと聞いて欲しい話があるの」
「え?どうしたの?」
美咲は首をかしげる。
「まぁ、今日はこの後予定ないし、別にいいけど」
一人、二人……とクラスメイトの姿が消えていき、やがて教室にはあかりと美咲だけが残った。
窓から差し込む夕陽が机をオレンジ色に染めている。
放課後特有の、ちょっとしんとした空気。
その中で、あかりが突然、バンッと机を叩いた。
「あのね美咲、聞いて聞いて!信じられない話があるの!」
教科書もノートも広げたまま、あかりは身を乗り出す。
目がギラギラと輝いている。
「実はさ、肛門宇宙論の話なんだけど……」
美咲はニヤリと笑う。
「そーだと思ったよ。それで、今日はどんな話?」
「古代ギリシャのトイレ事情!」
「は?」
あかりは身振り手振りで語り出した。
「調べたんだけどね、当時の公衆トイレって、長椅子みたいなのに穴が開いてて、みんな並んで座って用を足してたんだって!」
美咲はペンをくるくる回しながら、気のない返事をする。
「へー……それ、落ち着かないね……」
「でしょ!?プライバシーゼロだよ!でもそれが普通だったんだよ!文明レベル高いのか低いのか、もうわかんないよね!?」
あかりのテンションはどんどん上がる。
「それにね、教育の一環として年長者と年少者がペアを組んで……」
美咲が半分笑いながら茶化す。
「出た、あかりの“教育と肛門の関係説”」
「いやいや今回はマジで!本に書いてあったんだって!」
「しかも! スポンジのついた棒でお尻拭いてたらしいの! しかもそれ共用!」
「え、やだ……不衛生じゃん」
「そう思うでしょ!? でも当時はそれが普通で——」
「ほへーー。うん、それで?」
美咲はあかりの興奮を面白がるように相槌だけ打つ。
「あとね! “パイデラスティア”っていう文化もあって——」
「パイ……何?」
「師弟愛っていうか、少年と大人が……こう……教育という名目で恋愛とか性的な関係も含まれてたんだって!——」
「それもうコンプラアウトじゃん。現代だと一発アウトのやつでしょ?」
「そ、そうなんだけど! でも当時は普通だったんだよ! 文化として受け入れられてたの!」
「ん?てか、それってある意味BL?」
「そーなんだよ、これって完全にBL! しかもね、紀元前5世紀とかだから……ざっと2500年前! BLって新しいジャンルかと思いきや、実は人類の歴史レベルで古典ジャンルなの!」
「いやいやいや、ギリシャ人ぶっ飛び過ぎでしょ……BLを文化にしちゃうの?」
美咲は思わず吹き出した。
「ね?やばいよね? つまりBLの起源はギリシャ——」
「ふーん……てか、肛門ってその頃から今と同じ形だったの?」
——カチリ。
あかりの中で、何かが音を立てて繋がった。
夕陽のオレンジが、急に濃く見える。
(そうだ……最初は肛門を持たない生き物もいた……。進化の過程で肛門ができた……じゃあ、最初から今の“二重ハッチ”だったわけじゃない……?
一重ハッチだった? それとも別の形態……? もしかして、肛門って……進化してきたの!?)
胸がドクンと高鳴る。
ガタンッ!
あかりは勢いよく立ち上がった。
椅子がひっくり返る。
「ごめん美咲! 先帰る!」
「は? 何急に」
美咲はポカンと口を開けたまま。
「……まあ、いっか。あの子、ほんと楽しそうだな」
夕暮れの通学路を、あかりは全力で駆ける。
(はじめは一重ハッチ? それとも別の形? いや、そもそも“肛門”という概念自体がなかった時代も……? ああ、もう気になる!)
胸が熱く、呼吸が苦しい。
でも止まれない。
家に着くと、靴もそこらに蹴飛ばして玄関を飛び越え、洗面所で手を洗い、ほとんど駆け足で自室へ。
机の上には昨日読みかけの生物学の本。
あかりはそれを掴み、ページをめくる。
指が震えてうまくめくれない。
(早く……早く知りたい……!)
そして——
「……あった!」
あかりの目が見開かれる。
そこに書かれていたのは——
(——!?)
次の瞬間、あかりは息を呑んだ。




