第5話 BLは宇宙論の入り口だった
夜、自室。
あかりは机に突っ伏し、昨日の学術書をめくっていた。
ページの角は付箋だらけ、ノートもボールペンでぎっしり。
ふむふむ……古代ギリシャでは、教育の一環として、年長者と年少者がペアを組み、友情と精神的な成長を――)
「……パ、パイ……デ……?」
文字を追う。
「パイデラスティア――年長者の男性と少年が師弟関係を結び、教育と愛情を深める文化」
あかりの指がページの途中で止まる。
「……え?」
思わず声が漏れる。
もう一度、三度、文章を読み返す。
(……えっ、なにこれ……「友情と愛情を深めるために身体的接触を行うこともあった」……?)
(……接触って……あれ、これ……そういうことじゃない!?)
椅子から飛び上がった。
「え、う、は、はぁぁぁ!?」
部屋の中をぐるぐる歩き回る。
(待って待って待って!つまりこれって……そういうことだよね!?)
(教育の一環で……そういうことをしてた……ってこと!?)
「……え?」
二度見、三度見。
(え、なにこれ……教育と……愛情?)
(……えっ、これってつまり……そういうことじゃん!?え、現代でいうところの……B、B、B、BLじゃん!?)
椅子から跳ね起きる。
「はぁあああああ!?!?」
ページを凝視。
「教育の一環として、精神的交流と身体的交流が行われ――」
「身体的交流って……交流の方向性がすごいって!!」
額に手を当て、天井を仰ぐ。
(現代で言ったら完全にコンプラアウトでしょ!?)
(教育って名の性加害だよね!?教育委員会総退陣ものだよ!?)
机にノートを広げ、「パイデラスティア=教育制度?」「時代背景:紀元前500年頃」と書き込む。
「え、紀元前500年!?2500年前!?そんな昔から!?もしかして、アリストテレスが生まれるちょっと前?!」
(しかも文化ってことは、1人や2人じゃなくて普通にやってたんだよね?)
(やっば、ギリシャ人やばすぎない?)
ゴロリとベッドに倒れ込み、枕を抱えて悶える。
(てか、これ現代だと一発アウト……いやむしろ刑事事件……)
(時代が変われば、ここまで常識が変わるの!?)
あかりは布団の上で上半身だけを起こした。
「だとしたら……未来ではどうなってるの?」
窓の外を見上げる。
(50年後、100年後、もしかしたら肛門の役割がもっと進化してるかもしれない……)
(宇宙の謎も今よりもっと解明されてるかも……いや、解明されてなきゃおかしい!)
ゾクリと背筋が震える。
「……うわ、やば……研究が進むってこういう感覚か……」
「BL……いや、パイデラスティアは肛門宇宙論の重大なヒントだ……!」
「あぁあぁぁーーー!?)
頭を抱え、ベッドの上でジタバタ。
(いや待って……クラスの女子が先週盛り上がってたよな……BLの話して……)
――回想。教室、昼休み。
「ねーねー、昨日のおじ様ズLOVE見た?」
「見た見たー!あれマジで神回!」
「やっぱ歳の差カップルは尊いわ……!」
「いやいや私は幼なじみ派!」
「わかるー!!」
キャーキャーと黄色い声が飛び交う。
あかりはそのとき、弁当をもぐもぐ食べながら聞き流していた。
――現在。
(なるほど……あれはギリシャからの系譜だったのか……!)
(古代の文化が、現代のサブカルチャーにまで……!)
(てかすごくない?2000年以上前から概念だけは成立してたってこと!?)
(歴史って怖い……というか、これが人類の文化遺産……!?)
あかりは再び机に向かい、ノートを開いた。
「古代ギリシャ=BL文化の源流?」と大きく書き、さらに矢印と感嘆符を山ほど書き足す。
「これは……研究対象として避けて通れない……!」
目がギラリと光る。
「明日学校で、聞いてみるしかない……!」
⸻
翌日、学校。
「おはよー!」
「あ、おはよ!」
授業が始まるが、あかりの脳内は昨夜のギリシャ文化で埋め尽くされていた。
(どう切り出す……?「BLってどんなの?」って聞いたら、私も腐女子認定されるよね……)
(いや違うの、学術的興味だから!研究だから!)
(でも美咲以外には研究のこと秘密だし……)
ノートの端に「質問案①:最近ハマってる?②:ドラマ見た?」とメモしながら授業を聞き流す。
(それにしても……昔は教育OK、今はアウト……文化って残酷……)
(ああああああ気になって仕方ない!!)
チャイム。
――休憩時間。
「そー言えばさー、昨日のおじ様ズLOVE見たー?」
「見た見た!あの回ヤバすぎ!」
まさかのタイミング!
あかりは一度深呼吸してから、意を決して近づいた。
「……あ、あのさ……そのドラマって、どんな話なの?」
一瞬、女子たちがぽかんとする。
すぐにリーダー格の片石渚がニヤッと笑った。
「えっ、あかりって興味あるの?」
「へへ……まぁ、ちょっと……」
愛想笑いで返すと、渚がダムが決壊したかのように語り始めた。
「まずね、BLの醍醐味はキャラ同士の関係性!」
「年の差、立場差、禁断――そういうギャップが最高なの!」
「で、二人が心通わせる瞬間が尊すぎてさ……!」
あかりは圧倒されながら必死に相づちを打つ。
(やば、渚ちゃん熱量すご……教授か?)
周りの女子も「わかるー!」と合いの手。
渚のBL論は止まらない。
「あとね、現実じゃありえないからこそ妄想が燃えるんだよ!」
あかりはノートに「非現実→妄想燃える=古代ギリシャも同じ?」とメモ。
(……やっぱ人類は昔からこういうの好きなんだ……!)
(古代ギリシャも、江戸時代も、現代も……時代を超えて愛されてるのかも……!)
チャイムが鳴り、渚たちは席に戻る。
机に突っ伏したあかりは深く息を吐いた。
「……渚ちゃん、まるで教授だった……」
(でも、確かに学びはあった……!)
(BL研究は宇宙論研究の一環……間違いない……)
目をギラリと輝かせ、あかりは決意する。
「放課後、美咲に報告しよう……!」




