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第2話 肛門はいつ生まれた?

 夜。あかりの部屋は、勉強机の上に開きっぱなしのノートと、昼間買ってきた分厚い学術書でいっぱいだった。

読書灯のオレンジ色の光が、ページの活字を温かく照らしている。


「ふぅ……今日はここまで……」


ペンを置いたあかりは、ノートに書きつけたメモを見て思わず吹き出した。


(“肛門の発生はカンブリア紀”……!

いやいやいや……誰かに見られたら死ぬ……!)


けれども、その一文がどうしても頭から離れない。

人間も犬も鳥も魚も、みんな肛門がある。

でもクラゲやヒドラにはない。いったいどこから生まれた機能なのか?


「……よし、ここは整理しよう」


あかりはノートを開き直し、太い字で見出しを書いた。


肛門の進化史


そして学術書を抱え、勢いよくベッドに飛び込む。

毛布をかぶり、ページをめくるたびに頬を赤くした。

誰にも見せられない、でもどうしても知りたい知識が、ここにある。


ページを開くと、古代生物の図解がずらりと並んでいた。


――カンブリア紀。

恐竜が登場するはるか以前、両生類や魚類が現れるよりもさらに前、

原生生物たちが海を漂い、三葉虫や棘皮動物が歩き回る時代。

生命は爆発的に多様化し、進化のビッグバンと呼ばれる現象が起きた。


「へえ……この時代に肛門が……?」


あかりは息を呑み、さらにページをめくる。


(え? え? 肛門がない生物もいた?

てか、今もいる!?)


「ちょ、ちょ、ちょ、待って待って!」


ページをなぞる指が止まる。


(肛門がないってどゆこと!?

じゃあ食べたものはどこから出すの!?)


恐る恐る読み進めると、そこに衝撃の一文。


(……っ! く、口!?)


口から食べたものを、口から排泄していたらしい。

口が肛門で、肛門が口。


「口=肛門じゃん!!」


あかりは毛布の中でじたばた暴れた。


(いやいやいや、想像するだけでゾッとするんだけど!?

ごはん食べながら同時にうんちも出す世界とか……無理無理無理!)


それでも、ページをめくる手は止まらない。

クラゲのような刺胞動物、ミジンコを捕食する糸状のヒドラも紹介されていた。

体は小さく透明で、でも同じように口から排泄する。


(あああ……でも、この仕組みで何億年も生き延びてきたんだ……

つまり、肛門を持たない生物もそれはそれで完成された形ってこと?)


次のページには、運命の瞬間が描かれていた。


――カンブリア紀後期、ついに肛門が誕生。


口と出口が分かれたことで、消化効率が飛躍的に上昇した。

体の設計は一気に複雑化し、長い消化管を持てるようになった。

その結果、生命は大型化し、多様化し、進化のスピードが一気に加速する。


(良かったああああああああ!!!)


あかりはベッドの上で仰向けになり、毛布を抱きしめる。


(遠い遠いご先祖様に肛門が備わっていてくれて本当に良かった……!

もし今も口=肛門だったら、給食の時間が地獄絵図になってるよ……!

肛門様様だよ……)


頭の中では、古代魚や甲殻類たちが「肛門バンザイ!」と踊り出す。

海の中でド派手な肛門誕生パレードが開かれ、クラッカーが鳴り響く。


「はああああ……肛門、偉大すぎる……!」


あかりは毛布の中で悶絶しながらも、次のページをめくる。


そこには、さらに衝撃的な記述。


(えっ……地球ができて40億年も口=肛門の世界が続いてたの!?

で、肛門が生まれたのが5億年前……?

ちょっと待って、人類が生まれたのってたった30万年前じゃん!)


あかりの目がキラキラ輝く。


「……肛門パイセン!?」


(え……なにこれ……肛門パイセン歴長すぎ……!

人類なんて、肛門パイセンの足元にも及ばないじゃん……!

むしろ人類が肛門界の後輩!?

え、やば……敬語使わなきゃ……)


ベッドの上で跳ね起きる。


(ちょ、待って。

私、今までずっと人間>肛門だと思ってた。

でも歴史の長さで言えば、肛門>人間じゃない!?

……いや、もしかすると……)


ゾワッ。


(肛門こそが主体で、人間は肛門の付属品……!?

私たちの体は、肛門という偉大な器官にぶら下がってるだけなのかも……)


全身が震える。

こうして、あかりはまたひとつ、真理に近づいてしまったのかもしれない。


「――肛門パイセンに、私は一生ついていきます!」


ベッドに座ったまま学術書を抱え、あかりの肛門宇宙論は、まだ見ぬ歴史のページへと広がり続けていった。

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