第15話 文明開化と“恥の革命”
三連休明けの朝。
通学路をふらふら歩くあかりの目の下には、くっきりとクマができていた。
「おやおや〜? 三連休明けなのにお疲れのようですな〜?」
声の主、美咲がにやりと笑う。
すぐ後ろから、東雲光も登場した。
「まーた夜更かししたんだろ? 天体観測か? それとも変態観測か?」
「ち、ち、ちがうし! し、宿題よ宿題!」
あかりは耳まで真っ赤になりながら、早足で校門をくぐった。
「ふっ、やっぱりな」
光は小声で笑う。
「天体オタクもそこまでくれば、ある意味変態だな」
(ふふふ 光くんはまだ秘密の研究のことは知らない…けど、変態観測とは言い得て妙だ…)
美咲は肩をすくめた。
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1限目の授業。
あかりはノートの裏にびっしりと走り書きしていた。
明治維新=文明開化=“肛門文化の黒船”
「……黒船って、なんか語感やばいよね」
自分で書いて自分で突っ込む。
ふと窓の外を見ると、風に揺れる桜の葉。
江戸の風景を思い出す。
肥桶を担いだ人々、笑顔で野菜を売る子どもたち。
“穢れ”を受け入れ、“出す”ことを恥じなかった時代。
「でも……あの価値観、どこで途切れたんだろう?」
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放課後、図書室。
いつもの“肛門調査ノート”を広げ、あかりは文明開化の資料を読み漁っていた。
「明治政府、衛生・教育改革……あっ!」
ページの隅に、こう書かれていた。
「清潔とは、外見の端正さと体臭・排泄を遠ざけることを指す」
「うわぁ……“清潔”の定義が変わってる!」
江戸時代までは「汚れを受け入れる調和」だったのに、
明治になると「汚れを消す」方向に変化していた。
「なるほど……“穢れ”は悪、“清潔”は文明。
つまり、“出すこと=恥ずかしいこと”に転換したのね。」
あかりの脳裏に電球が灯る。
パーンッと机を叩く音が静かな図書室に響いた。
「そうか! これが“恥の革命”よ!」
司書の先生が「しーっ」と人差し指を立てた。
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その夜。
机の上で湯呑みを片手に、あかりはノートを開く。
「江戸人:穢れを受け入れる=自然と共に生きる
明治人:穢れを否定する=西洋のマナーを真似る」
「……つまり、肛門の価値観も“開放”から“抑圧”へ!」
そこへスマホが震える。
美咲からのメッセージだ。
【ねぇ、まさか今日も“肛門ノート”書いてる?】
「もちろんですとも!」
あかりはニヤリと笑って返信した。
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翌朝の登校中。
美咲があかりに声をかけた。
「で? 昨日はどんな結論出たの?」
「うん、日本人はね……“出口を閉じた民族”だった!」
「いや怖い言い方やめて! どんな民族イメージよ!」
「違うの、美咲。江戸では“出すことが生”だったのに、
明治で“出すことが恥”になったの。
西洋式の“座るトイレ”も、実は“閉じる姿勢”なの!」
あかりは身振り手振りで説明する。
「しゃがむのは“自然と一体”の姿勢。
でも座るのは“体と切り離す”姿勢。
文明開化って、身体の感覚まで変えちゃったのよ!」
美咲は呆然とした顔で言った。
「……もしかして日本の近代化、全部“トイレから始まった説”?」
「そう! しかも“沈黙の肛門”こそが、明治のモラルだったの!」
「やめろ、朝から強すぎるパワーワード!セガールかっ!?」
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放課後。
帰り道の排水溝から、水の流れる音が聞こえた。
あかりは立ち止まり、ふっと笑う。
「ふふ、“汚い”って、誰が決めたんだろうね。」
夕焼けの下、水の音がやけに心地よく響いていた。
江戸の名残のように。
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その夜、ノートに最後の一文を書き込む。
文明開化とは、心の出口を閉じることだった。
でも、出口を閉じたままでは、生きものは息ができない。
「……やっぱり、開けてこそ宇宙よね。」
あかりの笑顔の向こうで、カーテンがそっと揺れた。
まるで夜風が、「そうだ」と囁くように。




