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第13話 浮世に咲く、美学

 三連休、最終日の夜。

 部屋にこもりっぱなしのあかりは、カーテンも開けず、机の上でノートとパソコンを交互に眺めていた。


「さて……ギリシャ、ローマと来て、次は日本ね。」


 指を鳴らすと、資料サイトのタブを開く。

 画面には「日本 江戸時代 性文化」「若衆道」「浮世絵 春画」といった怪しげな検索履歴がずらり。


「うわ、検索履歴だけ見られたら完全に変態のそれ……」

 あかりは苦笑しながらも、マウスをクリックした。



 まず最初に出てきたのは、「若衆道わかしゅどう」という言葉。


「若衆道? ん、なにこれ……道って、茶道とか剣道とかの“道”だよね?」


 ページを読み進めて、あかりは目を丸くした。


「えぇぇ!? “男色の道”!? ちょ、ちょっと待って、江戸ってそういう時代だったの!?」


 あかりの脳裏に、昨日まで調べていた古代ギリシャの映像がフラッシュバックする。

 神殿の柱の陰で語らう哲学者たち、少年と師の教育的スキンシップ……


「ああーっ、点と点が繋がったぁぁ!!!」


 あかりは机をバンと叩いた。


「そーだ! ギリシャの“パイデラスティア”と似てるじゃない!

 美を愛する、知を伝える、でもって“肛門も尊い”っていう思想!

 やっぱり人類の歴史、出口への敬意は万国共通だったのねぇ〜〜!!」


 思わず立ち上がって両手を広げるあかり。

 しかし、次の瞬間。


「……ん? でも、なんでそんなのが江戸で流行ったの?」


 再び椅子に戻り、ページを読み込む。


 江戸時代──武士社会では、女性と簡単に恋愛できなかった。身分や礼儀がうるさく、恋愛はほとんど政治の道具。

 その代わりに「若衆」と呼ばれる美少年の存在が、男たちの精神的・文化的な憧れとなっていた。


「なるほど……女性と恋愛しにくい社会だから、同性の間で“美”を見出したのか。

 でも、恋愛というより“修行”とか“敬愛”の形だったんだ……すごいなぁ」


 ページをめくると、「歌舞伎若衆」「茶屋遊び」「春画」と続く。


「……おっと。出たな、“春画”!」


 あかりの瞳がキラリと光った。

 そこには、色とりどりの浮世絵が描かれていた。男女、そして男と男。


「え!? 江戸の浮世絵にBLがすでにあったってこと!!」


 あかりは机に突っ伏して笑い出した。


「ちょ、これ美術館で展示できるの!?いやー江戸人、ぶっ飛んでるわ……!」


 だが同時に、妙な感動がこみ上げてくる。


「でも、なんか分かるな……“美”を追い求めると、性別とかじゃなく“形”や“関係性”そのものを愛するようになるのかも。」


 ふと、画面にこんな記述があった。


若衆道においては、肛門は「恥」ではなく「誠の道」であるとされた。

それは、魂と魂が交わる“後ろの契り”と呼ばれた。


 あかりは息をのんだ。


「……“後ろの契り”……なにその詩的表現。やばい、語感が強すぎる。」


 ペンを取り、ノートに大きく書きつける。


後ろの契り=誠の道=日本的肛門美学!!


「ふふ……日本、やっぱりすごい国だなぁ……。

 外国が“罪”とか“禁忌”にしてた時代に、“道”として昇華してたなんて!」


 すると、机の上のスマホが震えた。


 美咲からのメッセージ。


美咲:

あかりー! 三連休ずっと家?外出てる?

太陽見てる? ていうか、なんの研究してんのよw


 あかりはニヤリと笑い、すぐ返信する。


あかり:

太陽より深い“出口”を見つけたの。

今度話すね。人類史的発見かもしれない。


美咲:

……え、また危ない方向いってない?


「あはは! 美咲、誤解しかしてない〜〜!」


 笑いながら、あかりは画面を閉じた。

 彼女の机の上には、「若衆道」「浮世絵」「肛門=誠の道」というメモが並び、

 その中心で、ひときわ力強く輝く一文があった。


かつて神々が“聖なる出口”を信じたように、

日本の人々もまた“誠の扉”を見ていた。


 あかりは小さくつぶやいた。


「……この国の“美”も、やっぱり肛門から始まってたんだね。」


 夜が更ける。

 外の街灯がちらちらと光る中、あかりのペンは止まらなかった。

 次は──江戸の町人たちがどう“出口の文化”を生きていたのか。

 そして、そこからどう現代に受け継がれていくのか。


 あかりの肛門宇宙論は、いよいよ日本の深層へ潜っていく。

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