第10話 古代文明と肛門
連休2日目の朝。
今日は特に出かける予定もないがなんとなく服を着替えた。ただ、なんとなくそんな気分だった。机の上は昨日に引き続き歴史資料で埋め尽くしていた。
世界史辞典に加え、図書館で借りた『世界の古代文明図鑑』と『ギリシャ・ローマ神話事典』。
そしてノートの表紙には、昨日書いた「肛門宇宙論ノート第2冊」に続いて、今朝はこう殴り書きした。
> 肛門宇宙論ノート 第3冊
> 古代文明編:肛門の夜明け
「ふふっ……。人類が文明を築いたとき、すでに肛門は神話とともにあったはず……!」
昨夜からそんな確信めいた考えが頭を離れない。
スマホを開き、まずはメソポタミアで検索してみる。
粘土板の記録や神殿遺跡の写真が出てくるけれど、どこにも「肛門」とは書かれていない。
「むぅ……直接は出てこないわね」
だがすぐに目に止まったのは、豊穣と生命をつかさどる女神イナンナ(イシュタル)にまつわる儀式の記録だった。
「生と死、入り口と出口の両方を司る女神……ってことは、やっぱり肛門も無関係じゃないはず!」
あかりはさらに読み進める…
……うっ!?
「女神イナンナは金星をも司る!?」
(い、い、い、いたーーーー!!
肛門と宇宙を結びつける神様が…いたーーー!
つまり…それは…
メソポタミア文明の時代にはすでに
肛門と宇宙を結びつける考えがあったって事!?!?)
あかりは震える…
その刹那あかりは慌ててペンを走らせる。
> メソポタミア:神々への供物を神殿に運ぶ→余ったものは下水路へ
> 下水路=人間界と冥界をつなぐ通路?
> 出口を恐れ、清める文化はすでに芽生えていたのでは?
「ふふふ。人類は下水を掘った時点で、すでに宇宙の境界を自覚していたのよ!
そして私の肛門宇宙論に近い発想を持っていたに違いない。けど、まだ真理にはほど遠い…」
そんな独り言をつぶやいていたとき、スマホが震えた。
美咲からメッセージだ。
美咲:
おはよ。連休なにしてんのー?
あかり:
おはよー!今これをやってる!
あかりは返信しながら写真を送る。ノートに書かれた“肛門の夜明け”の文字を見た美咲から、すぐにスタンプが返ってきた。
笑い転げているうさぎのスタンプだ。
美咲:
相変わらず朝から熱心だ事…
しかも、それ絶対レポートじゃないでしょ。歴史ファンタジーじゃん。
あかり:
ファンタジーじゃない! 歴史的事実の再評価よ!
と、力説したが、続く美咲のメッセージにはこうあった。
美咲:
じゃあメソポタミア文明以外のは?
エジプトとか? ピラミッドの中に肛門の神様でもいた?
「うっ……いい質問」
急いでエジプト文明について検索。
そこに出てきたのは、死者の心臓を天秤にかけて審判する冥界の神アヌビスの像。
排泄そのものの神は見つからないが、古代エジプトではミイラづくりのときに内臓を取り出して別に保存する、という記述が目に留まる。
「なるほど……体の出口の処理には特別な儀式があったわけね」
ノートに書き加える。
> エジプト:死後の世界へ旅立つため、体を清める
> 不要なものは除き、聖なる“出口”を封じる
> 生命と宇宙の秩序を守るための作法?
「人が死ぬときに体の入口と出口を閉じるのも、境界を意識していた証拠かも……」
思わず感心してつぶやいてしまった。
お昼を過ぎて、あかりはパンをかじりながら次はギリシャへ。
ポセイドン、アテナ、ゼウス……
相変わらず肛門らしきものは見つからない。
「まあそりゃそうよね……」
ところが、スポーツ祭典オリンピアでの体を鍛える様子や、哲学者たちの「健全な肉体に健全な魂が宿る」という言葉を読むと、ふと別の想像がわいてくる。
「運動と排泄はセット。きっと昔の人も、健康のために腸を鍛えたはず!」
そこに、美咲からまたメッセージが。
美咲:
そう言えばさぁ、この前の世界史の授業で先生が言ってたスパルタの話あったよね?
あかり:
ああー、あのスパルタ?元々古代ギリシャの都市国家の一つで強い軍隊を育成するために幼い頃から過酷な訓練を施す国家制度を持ってたってやつ?
美咲:
そうそう、それそれ!
スパルタの教育や訓練って、ほんとに厳しかったのかな?
あかり:
もちろん!
男子は幼い頃から養育所に入れられ、
厳しい訓練を受け、強靭な戦士となる為
の教育を施されてたって話
だから、食事も寝床も鍛錬のうちだった
らしいよ。
美咲:
アゴーゲーって今じゃパワハラじゃん!
そこまで厳しかったんならもしかして
排泄訓練とかもあったんじゃない?(笑)
あかりは思わずハッとする…
返信を躊躇していると美咲からたて続けにメッセージが送られてくる。
美咲:
そーいえば、前にあんたが
宇宙飛行士のトイレ事情も教えてくれたと思うけど
宇宙飛行士も排泄管理が超大事なんでしょ?
その一文に、あかりの頭の中で歴史と宇宙がひとつにつながった。
「……そうか! スパルタは宇宙飛行士の先祖だ!」
ペンを取り、ノートに勢いよく書き込む。
> ギリシャ(スパルタ):
> 厳格な訓練→身体と精神の極限管理
> 排泄コントロール=宇宙飛行士の原型!?
「くっくっく……歴史は繰り返す。肛門を制する者が文明を制するのね!」
ひとりで笑い転げていると、母がドアをノックした。
「ちょっと、昼ごはん食べたの? 声が変に響いてるけど」
「あ、食べたよ! 大丈夫!」
あわてて答え、母が去ったのを見届けてから、次はローマへとページをめくる。
昨日知ったクロアキナ女神の項目を改めて読み、古代ローマが下水道と公衆浴場の整備で栄えたことを確かめる。
「なるほど……都市文明は排泄をどう扱ったかで決まるのかも!」
夕暮れの光が窓から差し込み、あかりの影が机の上に長く伸びる。
ノートはもう半分以上、メモと矢印と妄想で埋まっていた。
> メソポタミア:冥界への水路
> エジプト:死後の境界を封じる
> ギリシャ:鍛錬と排泄管理
> ローマ:クロアキナ女神と下水道
> ↓
> 肛門は常に文明とともにあった!
「ふぅ……今日もだいぶ進んだな」
窓の外はもうオレンジ色から群青色へ。
スマホの画面に届いた美咲からのメッセージには、星のスタンプとともにひと言。
美咲:
あんた、ほんとに将来は宇宙行くつもり?
あかりは笑って返信した。
あかり:
もちろん! その前に肛門史のレポートを完成させなきゃね☆
夜の帳が降り、机の上のノートがデスクライトに照らされて光っている。
そのページの端には、いたずら書きのようにこう書かれていた。
> 宇宙を目指す者は、まず肛門を知れ。
そう書いた自分に吹き出しながら、あかりはペンを置いた。
今日もまた、妄想と歴史の狭間で一日が暮れていく。




