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校正者のざれごとシリーズ

校正者のざれごと――音に対する違和感

作者: 小山らいか

 私は、フリーランスの校正者をしている。

 何年か前、「ギターコードブック」の校正というのを担当した。ギターのコードの押さえ方(フレット上の指の位置)が一つずつ図解されている本だった。1弦から6弦までが横線で、フレットが縦線で書かれている一般的なもの。基本のメジャーコード、マイナーコード、セブンス、マイナーセブンスなどが、CからBまで続く(CDEFGAB)。さらに、簡単な解説があり、「間違ってこの音を弾いてしまうと(不協和音になって)気持ち悪い」などといったことが書いてあった。図の位置が正しいかどうかと、この解説の内容をチェックする。

 校正プロダクションの社長から「小山さん、こういうのできる?」と相談を受けたとき、即座に「できます」と答えた。私は10年間くらいエレクトーンを習っていて、学生時代はバンドを組んでいてギターの経験もある。最近はすっかり楽器から遠ざかっているが、さっそく寝室の奥に眠っていたアコースティックギターを引っぱり出し、ほこりを払う。

 ちなみに「エレクトーン」は広く使われている語だが、ヤマハ株式会社の登録商標であり、一般名は「電子オルガン」。校正では、商標登録された語で書かれているものは一般名に直すようにエンピツを入れる。「宅急便」などはよく見かけるが、これはヤマト運輸のサービス名なので「宅配便」に直す。「ポスト・イット」も3Mの商標で、これには「付箋/ふせん」と入れる。ほかにも「サランラップ(→食品包装ラップ)」や「シーチキン(→ツナ缶/マグロの油漬け缶詰)」などもある。海岸で見かける「テトラポッド」は株式会社不動テトラの登録商標で、一般名は「消波しょうはブロック」となる。

 余談だが、この消波ブロックはaikoさんの「ボーイフレンド」という曲で、「テトラポット登って……」と歌われている。この曲は2000年の発売で、彼女はこの曲でその年のNHK紅白歌合戦への出場が決定した。ところが、「テトラポッド」が商標であることでNHKでは問題になったらしい。以前松本伊代さんは「センチメンタルジャーニー」という曲で、「伊代はまだ16だから」の歌詞を「私まだ16だから」に直させられた。理由は、伊代さん自身の宣伝になってしまうからということだった。ただ、「ボーイフレンド」では「テトラポッド」ではなく「テトラポット」だったことでaikoさんは歌詞を変更することなくそのまま歌うことができたという。近年では「ドルチェ&ガッバーナ」という歌詞もそのまま歌われたので、NHKも少し緩くなったのかもしれない。

 ギターコードブックの校正は、実際に一つひとつギターで弦を押さえていると時間がかかってしまうので、紙に弦に見立てた線を書き、音階を書き込んでそれを見ながら確認することにした。「気持ち悪い」と書かれていたところは確かめてみると和音の構成音だったりして、「不協和音にはならないのでは?」などとエンピツを入れてみた。念のため、実際にギターで弾いてみて耳でも確認する。

 最近は子ども向けの教材で動画による解説などもあり、動画の校正という仕事も来るようになった。目で見るだけでなく、耳も使って確認する。教科書の素材文の音読に対しては、言葉が一字一句教科書と合っているか確かめる。問題の解説であれば内容に間違いがないか、数字が違ったりしていないか確認する。

 あるとき、「四」という言葉の発音が問題になったことがあった。「四」は一般的には「よ」が高く「ん」が低くなる。ところが、算数の解説で、どう聞いても「よ」と「ん」が同じ高さ、もしくは「ん」が少し高くなっていた。「四」が出てくるたびに、発音が気になってしょうがない。これは指摘したら、再校ではすべて直すことになった。

 他にも気になった発音がある。国語で使われる「では場面のおさらいをしてみよう」というフレーズ。この「場面」の発音だ。私の感覚では「ば」が高く「めん」は低くなる。ところが、解説の音声では「ば」は少し低く「めん」のほうが高い。これも聞くたびに気になってしまい指摘してみたが、こちらはそのままだった。私の感覚のほうが古いのかもしれない。このように気になる発音というのはいくつかあるが、この数十年で発音のトレンドはだいぶ変わったので、こちらの意識を変える必要があるのかもしれない。

 動画校正を依頼されるこの会社では、「初校」「再校」の発音が少し変わっている。通常は「しょ」が低く「こう」が高い。ところが、この会社では「しょ」が高く「こう」が低い。同じように「再校」は通常は「さ」が低く「いこう」が高いのだが、この会社では「さい」が高く「こう」が低い。あるとき、別の出版社の人と話していて、

「小山さんの『初校』の言い方、ちょっと変わってますよね」

と言われた。あらためて自分の発音を振り返り、そういえばそうだな、と思った。耳慣れた発音だったので、違和感に気づかなかったのだ。

 先日、校正プロダクションの事務所で、向かい側の席の女性2人がこんな話をしていた。

「エリンギの食感で、『コリコリ』っておかしいですよね」

 食べ物に関する本の校正をしているらしい。すると、もうひとりの女性が、

「確かに『コリコリ』ではないですよね。『くにゅくにゅ』とか」

 真剣に話し合っている。エリンギの食感。何て言ったらいいんだろう。「キュッキュッ」かな。そもそも、食感は音とはまたちょっと違うか。表現というのは難しい。


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― 新着の感想 ―
音は『文字』と違って発した後に証拠が残らないから面倒ですよね。 いや、今なら録音技術があるから再現できるんでしょうけど、昔の人はその幽霊のような『音』を捕まえておく為に『文字』を生み出したのかも知れま…
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