第2話「戦略的」
日曜日、決勝日。
鈴鹿サーキットのホームストレートには過去最多となる25台のSF23がグリッドに並んでいた。
『今日は最後尾からのスタートだ。失うものはないようなもんだ。だからこそ、フルプッシュ(全力)で行って来い。』
「はい。ただ前に行くのみ。それだけです。」
『よーし。今日の目標は2台でのポイント獲得だ。2台で協力して追い上げることだけは忘れないようにな。』
「了解。」
松下の後ろでグリーンフラッグが振られる。
レッドシグナルが一つずつ灯っていく。
5つすべて灯って。
ブラックアウト。
全車一斉に1コーナーへ。
前方集団の数台が接触し、コース外へと飛び出していく。
それによりセーフティーカーが出動する。
「スタート早々これかよ。」追い上げを狙う松下は憤りを隠せなかった。
10号車 杏堂 22位
31号車 松下 23位
3周のセーフティーカー先導の後レース再開。
松下は杏堂の後続を追従するようにして順位を上げていく。
レース31周のうち12周、杏堂がピットレーンへ。松下単独での走行時間が始まる。
その間も追い上げを見せトップ10へ。
『OK、この周松下ボックス、ボックス!』
「了解!」
作業を終え、再びレースへ。
『杏堂が後ろから来てる。松下、譲ってくれ』
「了解っす」
安全に追い抜きができる場所で杏堂に先行させる。
2台の前にはSPES racingの99号車、オリバー・ジョーだ。
杏堂が果敢に追い抜きを仕掛けるが、巧みにブロックされてしまう。
「大丈夫かな、杏堂先輩。タイヤ使いすぎじゃ…」
『次の周、バックストレートで松下に先行させる!次の周だ。いいな?』
「了解です!それで、オリバーぶち抜いていいっすか?」
『あぁ、ダメージなく、ペナルティを喰らわなければどうであれ追い抜け。』
「ついてきてくださいよ。杏堂先輩。」
目の前で意図的に杏堂が減速する。
そして、31号車が先行する。
比較的フレッシュ(新品)のタイヤを履く松下を先行させることで2台のペースアップを狙う。
接触寸前の極限のバトルが繰り広げられる。
「やっぱ、ヨーロッパ育ちは伊達じゃねぇ。」
「でも、これはどうかな…?」
強引にオリバーのイン側にマシンをねじ込む。
そして、アンダーステアという特性で曲がりにくくなったマシンはオリバーとともにコース外側に膨らんでいく。
そうして2人のさらに内側にラインができる。
即座に気付いた杏堂は松下のイン側に入り、なんと鈴鹿名物の連続S字でスリーワイドを演じてみせた。
杏堂が加速し、2台をオーバーテイク。それに続いて松下もオリバーをオーバーテイク。
そのまま、フィニッシュラインへ。
優勝はSPESの大塚裕貴。
5位に杏堂拓実、6位に松下大輝、7位にオリバー・ジョーとなった。
関係者たちは松下の戦略的オーバーテイクに驚いていた。
オリバーは悔しそうにパルクフェルメへと向かっていった。
「いや〜、松下!あのサポートは熱かった!サンキューな!」杏堂が笑顔を見せる。
「いやいや、結構リスキーでしたよ?あれ、最悪俺とあいつがコース外に出てくって思ってましたから。」
「勝てたのには変わりない。よくやった!」
ドライバー2人で固く握手した。