すり鉢の地 トーファ・フェルスヴィ
多くの者達は、一糸も纏わず裸のまま、その地に居た。
伏せている者、横向きに転がる者、大の字となる者、、、その数は300を越え、ただただ眠っていた。
ひとり、二人と目を覚ますが、周囲に明かりも無く、夜の暗闇の中である。
月明かりも無く、星明かりも無く、ここは夜の闇の中なのであろうか。自身の手の平を見る事さえも適わぬ。
眠りより目を覚ます者、起き上がる者、、、近くの者同士は、暗がりの中でも、その存在を確認し合う。
だが、この場には敵も味方の区別も無く、ただただ裸の者達が集められ、転がる様に居るだけであった。
そして皆、疲れて果てていた。
「助かった、、、のか?」
ミシュは目覚め、身体を起こした。
しかし体中の節々に痛みが走り、その場で身を起こす事がやっとであり、立ち上がる事は出来なかった。
強烈な疲労感にも襲われ、意識を保つ事すらままならなかった。
体が、触れた。
隣の者がおずおずと立ち上がり、何やら声を掛けて来た。
聞こえて来たのは自分達の言語では無い。
「だ、誰だ?も、もしや!?」
どうやら敵の兵士の様だ!
ミシュは身構えた。
今この場で立ち上がる事すら出来ない。この状態で襲われでもしたら?!
ただ、今は暗闇の中だ。それは相手も同じだろう。
ミシュは音を立てない様、息を殺し、その場に縮こまる。
どうやら隣の者は歩いて離れて行ってくれたみたいだ。
だが、先程まで横に居た者は、明らかに敵方であった。
この暗闇の中、敵と味方が入り乱れているのか?!
でも、何故だ?それに、ここは何処だ?何でこんなにも真っ暗なんだ!?それで、何で裸なんだ?
「周囲に術者が居るのであれぱ、明かりをくれっ!」
誰かが叫んだ。
「味方の者が居る、、、!」
味方の声を聞き、不安感が解消されつつあった。
しかし、待てども暮せども、明かりが灯される事は無かった。
安心感が生まれる事は無かった。
そして暗闇の中、不安が募るばかりとなった。
でも、体が動かない。動かそうとすると、あちらこちらに激痛が走る。その上、どうにもならない疲労感でクタクタだ。
確かに敵も味方も入り乱れている状態かも知れない。
幸い右も左も分からない暗闇の中だ。なんとか動けるまで、回復する時間を稼げそうだ。
しかし、どうなったのだろう。
突如として戦場に現れた、黒き鎧の軍団。
やはり敵であったのだろう。
友軍の攻撃は何も届かず、効かず。
彼奴等は、こちらの攻撃を攻撃とも捉えていなかった。むしろ戦地にて、あれほど悠々と歩く姿を行う者を見た事が無い!
相手を圧倒する力、、、それさえも表していなかった。最早次元の違う存在。もしや、天の界の者か地の界の者が直接現れたと言うのか?!
だが、何故オレはこの場に居るのだろう。
確か、理由も分からず震えていたのを引っ張られていた。
そうだ、あの時の戦士はここの何処かに居るのか?
「聞け!」
暗がりから声が届く。女の声だ。
この暗闇の中、全ての者は意識を取り戻していた。
そして、意識を取り戻した全ての者に声が響き、届く。
「お前達は先の戦場で命を落としたと同意である。
死と変わらず。その死に名誉も栄誉も無い。犬死にであり、無駄死にだ。
自覚せよ、ここに居る全ての者は負けたのだ。死を迎えたのだ。」
驚く程の通った声が届く。しかし耳で聞いたのか、それこそ頭の中に飛び込んで来たかの如く、透き通り、ハッキリと聞こえ、この声から逃れられない。
『自覚せよ』ミシュはあの戦場を思い出していた。
自分は全力で向かった。しかし、眼前の者は何もしていない。そんな相手に圧倒された。圧倒と言う表現すら当てはまらない、為すすべも無く、ただ震え、散り行くのを待つばかりであった、、、負けたんだ。
「オレは、死んだのか?」
ここは一種の死後の世界?いやそれならこの全身を走る激痛は何なんだ。この痛みは、オレが生きている証じゃないのか?!
ミシュの思いは、再びあの戦場へと還る。
この世界には獣も野獣も、魔獣さえ居る。しかしどれにも当てはまらない、圧倒を超越した、逃げ出す事も許されない、この世のモノとは思えない力の存在。
もしも再び戰場でまみえる事があったなら、、、
ミシュは身震いした。
それは本能が引き起こし、反応した。それは恐怖であった。
暗がりからの声が続いた。
「お前達は何故争う。争いの果てに何が有る、何が見える?」
「争いを続ける理由を考えろ。其れにより、自身が何を行うのか考えろ。」
この暗闇の中に、何人の兵士が居るのかは分からないが、誰も一言たりも、声を発する者はいなかった。
オレは一旗揚げようと、何か褒美を貰おうと、名誉を得ようと、、、それは相手を殺す事で得られるモノ、、、誰かを殺す?オレも結局は、殺される。
戦場には、死しか無い。明日は無い。
何かがあの先に在るのか?想像しても、何も見えない。
「考えろ。自身の頭で考えろ。」
「何れの答えを見い出せ。」
ミシュの自問は続く。
オレは一旗揚げる為、何か大きな手柄を立てる為に、、、
だけど、仲間として呼び合った、多くの者が死んで行った。
オレと一緒に戦場で並んだ者達も、殆ど残ってはいないだろう。
オレはまだ死んではいない。ここに残っている。
再びあの場に立つ事は可能だ。
だけど、怖い。それに、死んで行った仲間、傷付いている仲間、彼らを忘れて逃げ出せない。
だけど、
ミシュは、自答へは続かなかった。
暗がりからの声が替わる。
「この後、夜が明けよう。」
「それまでの刻、死したお前達が何を選択するが考える時間だ。そして、選ぶのだ。」
「この後、争いを望まぬ者は、青き門を潜れ。」
「この後、争いを続けし者は、赤き門を潜れ。」
争いを望まぬ?続ける?そんな事が選べるのか?
青き門、赤き門、それらを潜れば、そしてその先に何が或るんだ?
『選ぶのだ』、、、どちらを選ぶ?
ミシュはもう戦場には立ちたくは無かった。戦いに参加などしたくなかった。
「オレは戦に向いていない。」
この戦地を生き延びたなら『逃げる』つもりであったが、実際には逃げ場など無かった。
例え軍を抜けたとしても、争いはそこかしこで行われている。戦火を逃れて暮らす事など、ままならない。
それに加え、獣や野獣、魔獣までもが闊歩する地域も在る。
この世は乱世と呼ぶには物足りない。あちらこちらで戦火が上がり、魔獣からの脅威も有り、常に危険と背中合せ、安住の地など存在しない。
行き場は、無い。
「何でこんな世界なんだ!誰がこんな世の中を作ったんだよ!」
ミシュの心は叫んだ。
多種多様の争いが日常化し、当たり前とされている中で、それは稀な思いであったのかも知れない。
「よし、青い門だ。いずれにせよ、オレはもう戦え無い。」
ミシュは精神的にも疲れて切っていた。だが、
「オレ一人が逃げ出していいのか?傷付き倒れた仲間は?死んで行った友軍の者達は?」
ミシュの思考は迷走を続ける。
「やはり、赤い門を、、、」
あの声が蘇る。『自分の頭で考えろ』と。
だけど、そんなに考えた事など無い。
軍に向かった時はそれなりに考えたけど、男子の多くは軍に入り、国を守り、皆を守る為に戦いに参加する。そんな世間の流れだ。深く考えたのかと聞かれたら、どうなんだろう。
ミシュが多くの考えを巡らしても、何も答えには行き着かない。
自分では気付かず、こんなにも考えを巡らした事は今まで無かっただろう。
「オレは、どちらを選んだらいいんだ?どちらを選んでいいんだ?どちらを選ぶべきなんだ、、、?」
暗闇の夜は、まだまだ明けそうには無かった。
再び、暗闇の中から声がした。
「忠告をする。決して門を間違えるな。そして、一度死を迎えた事を忘れるな。」