リース姫の巡回 馬車に揺られて
リース姫は、ヴィドドハ・マヌーサ(畑の老人)と共に、セタ・フィルダ(穀物畑)の奥までと進んだ。
「若き命が流れる良き場であるな。ヴィドドハ・マヌーサはこの後もこの波、この地を守って頂きたい。」
「勿体なき、有り難き、、、」
「シェス!我らも畠を作ろうぞ!」
「姫、いえ姫王、そんな一長一短では作物は育てられませぬ。容易な事ではございません。」
リース姫の気まぐれであろうか、シェスは困惑した。
「何、この地に若き力が集えば、ヴィドドハ・マヌーサの労力も軽減され様。其れ成らば、我が王宮にて指南を受けようぞ。故に我らは若き力がこの地に集まらん行いをせねば成るまい。」
リース姫は若い者達を戦地には送り出しては成らない、それが続けば彼の日には農従事者が集まりし事も適うだろう、そう思った。
「そうだなヴィドドハ・マヌーサ、」
「はい畏れ多く。ですがその様な日が来ます事を信じて爺は畠を興したく思いまする。」
「来る、来ねばならぬ。さもなくばヴィドドハ・マヌーサが倒れでもせよ、あたしがケーカーなりミットハイが食べられぬ!」
あー姫様、もしや王宮にて畠が有れば、お菓子に直結するとお思いになられました?
ラダハー・ガフォーデシバリィと大型馬車に戻れば、ガウナトゥスタリの副長ズィシィを先頭に、皆が姫のお戻りを待っていた。
「皆の者、待たしたな。されど私は良い経験となった。これ程の若き命が溢れ出す地が、耕作地であったとはな。」
新芽であれ、植物から生命を感じる事など一般の者では感じられまい。
しかし、満足げなリース姫王のその顔を見れば、この場に居る者は何も疑問を持たない。だが唯一人、不機嫌な者が居た。
同行しているガウナトゥスタリのシーライ・マシナがズイっと一歩を踏み出す。
顔色に現さぬとも、不機嫌そうなオーラが漂っている事は感じられる。
シーライ・マシナの目線の先は、リース姫王の足元に向けられた。
リース姫王の履物、そして左足には、べったりと泥が付いている。その泥は純白の衣服に染み込み、別の模様を現していた。
「リース姫王、僭越ながらご無礼をお許し願いたく。」
シーライ・マシナは、リース姫王の元に屈み込むと、手元に持った白いチーフで優しく泥を払い除ける。だがシーライ・マシナは少し口元を歪めている。
リース姫はその顔を見ない様にした。
「姫王様、差し出がましくご無礼をお許し下さい。此度の衣服は慎ましくの行動を望みます衣装でもございます。」
同行となったガウナトゥスタリのシーライ・マシナは、日々の直接的な世話役ともなる関係性から、リース姫王に対しての物言いが可能であろう。
(「リース姫王の身だしなみを整える事。それは我らの姫王様に対する守りの一環。何処で何者に出会われますかは不明の事。」)
それはリース姫王も得ている事、そこに何も疑問も無い。逆に申し訳なさを感じ、リース姫王はエクナセラメタ達に向け舌を出して答えた。
”慎ましく“シェスは反応した。
元気に走り回る姫様は好きだ。
だが、慎ましく佇もう姫様で在られれば、それは『レディ』と成る道に繋がる事では?
シェスの想うリース姫のレディ姿、それは偏っているのやも知れず。
ガウナトゥスタリのズィシィと乗り込む戦馬車、ラダハー・ガフォーデシバリィの室内は広く、大人四人が優に過ごせ、食を採る為のテーブルも備えられている。
元々は前王であられるギュプラ王の愛機であったと。
(「私はギュプラ王にお会いする事、それ以前にそのお姿を見る事は叶わなかった。」)
そうシェスは、以前の名を持ち、戦場に立っていた時は、ラヴィマヒナデサの雑兵であった。
今は正確な記憶は無い。だが確かにギュプラ王の旗の元で戦場に立った記憶は有る。
しかし、この戦馬車ラダハー・ガフォーデシバリィが前王の為に誂え造られたのであらば、その体躯の大きさが想像され様。
(「前王は、大柄な武人であられたのだ。」)
シェスとズィシィは進行方向を背に座り、リース姫と向かい合う形となった。
(「そうだ!」)
シェスは此処ぞとばかりに、背負いしランガ婆様より渡された食の包を広げる事とした。
「姫王、ご無礼を。グリャバ様からの差し入れとなります。」
そこにはシェスが想像した以上の軽食が収まっていた。
「おお、婆様からの差し入れか!うむ、どれどれ」
サンドウィッチにパスタ、スープの入った大型ポット、ケーカー(焼き菓子やケーキ)まである。
この大きな机に乗り切れない程の豪勢さだ。
これだと確かに私が背負うには重かろう。
「馬車を止めよ。」
音もなくラダハー・ガフォーデシバリィと続く大型馬車は同じ動きを揃ってする。
姫、またも何やら見付けましたか?!
「シェス、この食を続く者達にも届けよ。」
ラダハー・ガフォーデシバリィに続く大型馬車には。ガウナトウスタリのロリイ・イーとシーライ・マシナが乗っている。
(「姫様のお気遣い、それは立派なレディであられる!」)
シェスは感動して涙が出そうになった。
ガウナトウスタリのロリイ・イーとシーライ・マシナ。
此度のリース姫王の旅の同行者と決まった時は嬉しさが先であり、浮かれ気分となった事は、隠しきれなかった。
しかし直ぐに、ガウナトウスタリの副長であられるズィシィからの叱責とも捉えられる言葉が届く。
「リース姫王の旅へと同行する事、飽くまでも任と成る。ロリイ・イーよ、我らの任とは何と成ろう?」
ズィシィからの問である。私達の”任“とは。
たまらずシーライ・マシナがロリイ・イーの顔を覗き込む。
リース姫王にお付きのフロア長であるロリイ・イーは即答する。
「ズィシィ様、我らの任は姫王をお守りする事の他は有りませぬ。」
ロリイ・イーは、自身の任に輝く気概を持っていた。
「宜しい。しかし我らでは武に対し、姫王をお守りする事は適わず。盾となるが精一杯か。」
二人は無言で頷く。
「されど我らでも行える事は有ろう。知っての通り我らが姫王は外世界に長けてはおらず。」
そう、リース姫王は玉座に着く以前より、殆んどの時間を王宮の敷地内にて過ごして来た。それは長く姫王の元にて過ごして来た二人にも分かる事。
「成らば我らは此度の旅程の中に於き、姫王が外世界にて労せず過ごす刻を作るが使命ではなかろうか。」
二人は再び頷いた。
そう、姫王をお守りする事は、何も姫王の身が危険に晒される事に限らず。場面場面で不自由を掛けさせぬ事が我らガウナトゥスタリが行える姫王をお守りする側面であろう。
そんなこんなで、ガウナトウスタリのロリイ・イーとシーライ・マシナは緊張感を持って、この旅に同行していた。
リース姫王の旅は、国内における単なる周遊では無い。われらの国の行く末を測る為のモノ。民達の明日を築く為の行い。
「お二方、失礼いたします。」
再三の馬車の停車を都度、何事かと思っていた二人は、窓より顔を覗かせたシェスの姿に少し安堵した。
どうやらリース姫王が、もしや気紛れに改めて飛び出してしまったかの怪訝は、シェスの顔色からは伺えなかった。
そして馬車の扉を開き、シェスを迎え入れる形となったが、シェスから差し出された物に二人の顔が輝く。
「あぁ~良き匂いがして来ました。」
「分かります、分かります!」
ランチタイムにはまだ早い。その上、グリャバ様の差し入れをリース姫王のおすそ分けと聞き、二人の緊張感は緩む。尚もこの場にズィシィ様の姿は無い。
「良かった。お二人共、少しお顔が厳しかったですから。」
シェスに軽口をされて、二人の緊張感は難なく戻る。
(「あ〜、逆効果でした。」)
此度の旅の初日のまだ冒頭であろう時間帯にて、馬車から飛び出すリース姫に、既に振り回される形となった二人であったが、美味しい物を食せれば、すぐに笑顔を取り戻す。美味しい物は、可憐な乙女の姿へと二人を戻す魔法である。
穏やかに揺れる、ラダハー・ガフォーデシバリィ内での食事会が始まった。
「シェス、このパンもケーカーも先程のウィッドハ・マヌーサの育てたる物やもな。そうとも思えば一粒足り共、無駄には出来ぬな。」
姫様が食べ残しされた姿など見た事も無く。
そこにはランガ婆様・グリャバの厳しい躾があったが、リース姫の食に対する好き嫌いは少ない。無いとは言えないが。
そしてシェスは、リース姫が食を採るお姿を見るのも好きであった。
リース姫が食べ物を一口頬張れば、瞳が輝き、笑顔が溢れる。それは初めて口にする物に限らず、見知った物でも変わらない。
その姿は、不思議と見る者に幸福感を伝える。リース姫が生まれ持った“善成る用”(はたらき)のひとつやも知れぬ。
この場に同席となったシェスは無論、ガウナトゥスタリのズィシィも幸福感に包まれる。何とも言えぬ穏やかな時間が流れる。
(「そうだ!」)
「リース姫王、この戦馬車ラダハー・ガフォーデシバリィには、宝物を収めるべき場所をスシラ・マフォタラ様より伺っております。」
シェスは厩舎の主と呼べよう、スシラ・マフォタラより教えられた宝物入れを示した。
「その様な造作が有るとはな。して?」
「はい、此度の旅費となります金貨を収めたく思いますが。」
頑丈な造りであると伺っているので、金貨を収めておく金庫には、もってこいであろう。何より自分が持ち回るには大き過ぎる金額であり、実際に重い。
シェスはリース姫の許可を得ると、此度の旅費である50枚の金貨を腰鞄ごと納める。
「伺しは、確かこう、」
シェスはスシラ・マフォタラの指導を思い出しつつ、見た目が作り家具のフラットな一面に手を伸ばせば、宝物入れを開く手順の第一段階となる、二つの突起を現した。
(「よし、いいぞ。次は〜」)
次に三重となる仕組みのロックを順に解き、扉を開いて行く。物を納めればまた、順に扉を閉じて行く。
最後に飛び出した二つのポッチを交互に押し込めば、宝物入れは作り家具の一面に溶け込む。
(「なんとか上手く行った。でも初めてで良くぞ上手く開いてくれたな。しかし実際に操作をしたが、感心しかございません。」)
「なかなかに凝った造りであるな。」
「ええ、私も初めて開ける事が適いましたが、次回があらば怪しいやも知れません。」
シェスの率直な感想であった。
一気に腰回りが軽くなり、同時に肩の荷がひとつ、降りた気持ちにもなった。50枚ものスーラヴィラズ金貨を持ち歩く事なんて、、、一枚を無くしでもしたら首が飛ぶ、、、実際の重さ以上に感じていた心配事から解放された気分であった。尚もこの後、身軽とならば脚の速い姫様にも追い付け様か。
戦馬車ラダハー・ガフォーデシバリィは進む。
シェスの見ていた大型馬車からの景色とこの窓から映る景色は違って見えた。
それは馬車の大きさの違いであろうか、リース姫と同席と成った事からで有ろうか。そのどちら共であろう。
実際、車両の高さの差など少しの差であろう。しかし、明らかに目線が高く遠くの景色を見る事となる。
(「この窓より写る景色を見て進めば、確かに外へと向かい、飛び出してしまいそうだ。」)
乗り心地にしても快適だ。
動く要塞と思っていたが、これではまるで動く豪華客船のようだ。
「ズィシィ、在れ成は何ぞ?」
リース姫が指し示す先には、青色、真っ青な葉を付けた背の高い樹木が並ぶ、それは規律正しく。まるで一種の壁の様だ。
「姫王、あれらの木は魔除けの一種。実際に空より来る魔獣の類を防ぐ物。ひとつ奥まで進ませれば、同様成るの並びは見えましょう。」
「ズィシィよ、先に見えようあの里、集落か町であろうか。あれらの家々より立ち昇る煙の色が複数であるが。」
シェスには見え無い。それはズィシィであっても同じ事。
(「今、姫様の目が留めたるはいったい?」)
しかしズィシィは知識と機転を活かした。
「あちらに在りますの里は染物です。様々な色の原料を焚き、織り糸や繊維の色を着けまする。しかし純白とされます繊維はこの里では作られず、白の染料は北海地区の特産品。姫王の今お召に成ります衣服に関し、北海地区産の繊維が多く成りましょう事。」
「シェス、彼の町には寄らぬのか?」
姫様は国中を見て周ると申された。しかし、隅々まで立ち寄ると成らば、どれ程の刻を必要とするかは想像も着かない。
「姫王、僭越ながら。先ずは此度の第一の目的となりますギャイス・ポタ市に向かいましょう道を優先したく思います。」
ここから見えない場所に立ち寄っていたら、その旅程も怪しくなる。
「姫王、本日の宿泊と成りますまでの道中。今のまま進みませれば無事の到着と成られましょう。まだまだ道中に馬車で進むと成りますれば、難と思わしき場面もございます。」
実際に本日の宿泊先となる町、ガラーマ・パニャカ・ジャラーへの道中は、高き山道に向う事となり、戦馬車を引くガフォーラ(馬)達への負荷も増す事は予想される。
催事や祭事では、馬車を引くはジホダ(一般的な馬)であるが、此度の旅程、長き道中、予想されよう難所越えより力強い馬力を持つガフォーラ(戦馬、農耕馬)が選ばれていた。
「そうか、ガフォーラ(馬)に不要な負荷も掛けれぬ。だが繊維成る染色、これも私の書物場には無い物だな。シェスよ、決まりだな。」
「はい姫王。ですが繊維やら衣服、何物がお決まりで有られます?」
「次の行き先だ。」
「行き先?」
「次は北海へと向おう。尚も私は海等見た事が無く。白き繊維の作りも見たい。」
(「姫様〜、此度の旅程は始まったばかり。まだ1の日程もこなせてません。」)
「シェスよ、道中より見る景色に飽きはせぬ。だがな、旅とは行く先々での出合い、見聞も含まれると私は学ぶ。シェスには工夫が足りぬ。」
「べ、勉強不足、申し訳ございません。」
確かに、姫様が『国を見て周る』は、言い換えれば観光の側面を持つと言え様。
だが、観光とすれば遊びと関連付けされる。それはリース姫王が遊んで周ると、民にしろ彼の者に思われるのは心外だ。
姫様が『見て周る』は、国の行く末をお考えになられ、下された判断の上での行動であられる。公務である。筈だ。
「勉強不足か、、、良いが、今成ればズィシィがこの場に居る。ズィシィは物知りだ。シェスはズィシィより学べば成るまいな。」
取り敢えず、繊維に関する書物は読んでおこう。