リース姫の巡回 町を抜け、緑の栽培耕地 セタ・フィルダ
ランガ婆様・グリャバ、神官大臣ルールヤを筆頭に、城付きのヨッドダハ(騎士・戦士)、、、多くのヴァーサラ(城臣)、カーメー・ツクデーアニタカデー(雑用や雑務を行う者)、ベ-テラ、サヴァヤムパカ、シジャヴァネ(給仕、厨房の者、料理人)。そして王宮に残るガウナトゥスタリ達。
城と王宮にて住まう全ての者達に盛大に見送られる形で、戦馬車ラダハー・ガフォーデシバリィは動き出す。
リース姫王は馬車の窓から半身を乗り出し、振り返りつつ、見送る者達に手を振られる。それは嬉しさを表す、ごく一般の若者と変わらない。
ラヴィマヒナデサ城の中庭を通り過ぎれば、正面の白き城門は左右に音も立てずに開いて行く。門の色とは対照的な、濃厚成る紺色の戦馬車、ラダハー・ガフォーデシバリィは城内からその一歩を踏み出す。
そして城門の向こうでは、多くの民達が姫王の旅路の見送りにと、集まっていた。
決して″お忍び″では無いが、特に此度の旅につき、国内に向け宣は広げておらず。
だが、城下の道々には多くの見送りの民達により沿道が作られ、多くの旗が振られ、リース姫王の乗るラダハー・ガフォーデシバリィは見送り出される事となった。
「良くぞ、良くぞこれ程多くの民達がリース姫王を見送る事になるとは、、、」
多くの旗が振られ、歓声も上がっている。
沿道に集まる民衆の背後では、多くの児達が馬車に並び競うように走っている姿も見える。
リース姫王の戦馬車、ラダハー・ガフォーデシバリィの後ろに続く大型馬車の中で、シェスは一瞬言葉を失った。
民達が作る沿道は、先へ先へと続いている。
『強く無ければ成らない』事だけが、唯一とされた国の時勢が変わり、情勢が移る流れなのであろうか。
戦士を戦場へと送り出す壮行式以外で、民達がここまで集まりし事はかつて無い。
今この場は戦場へと赴く者の出立では無い。
この場に集まる者は皆、思った。
「新王が見せられ様は何であろう。」民達は、期待感を持ち、日々の営みを続けていた。
国には守る者が留まり、それは安心感に繋がる。ならば意識は内へと向けられる。
新王の即位、新王の宣言、国を形作るバランスが、新たな物へと推移への流れであった。
戦馬車ラダハー・ガフォーデシバリィは進む。
城下を抜ければ建屋の高さも下がり、町の規模も小さくなる。
小高い丘を幾つか越えれば、城首都より離れ、河川を幾つか越えたれならば、町の様相も変わり出す。
何時しか見送る民達の数も減り、広がる農地が見え出せば、旗を振る者も居なくなる。
民達の姿が見えなくなれば、ラダハー・ガフォーデシバリィの速度が上がる。
続くシェスとガウナトゥスタリ達の乗る大型馬車も、同様の動きにて続く。
手綱を持つのがエクナセラメタで在るが故の、同時とも捉え様動きにて、2台の馬車は乱れずに続き進む。
エクナセラメタは、互いの思考を”環“で繋ぎ、状況や意識の共有を図る事が可能である。
程なく農地の中の田舎道を小刻みなリズムを刻むかの様に、順調な歩みを続けていたが、先を進むラダハー・ガフォーデシバリィが不意に停車した。
「何か、どうしたのであろう?」
厩舎の主とも言えようスシラ・マフォタラは、戦馬車ラダハー・ガフォーデシバリィは、多少の事では壊れはせぬと申された。今日の日に向け整備も充分過ぎると聞いている。
では何故、何が、先行く戦馬車(姫様)は止まってしまったのであろう。
程なくして、前方に停まるラダハー・ガフォーデシバリィの扉が開けば白き影が飛び出した。
左右に広がる豊かな農園の中をリース姫は歩き出していた。
「姫、姫王!何事です!?」
シェスも慌てて馬車から飛び出した。
傾斜になりつつある先の道をシェスは小走りになり、リース姫のその背を追う。
リース姫の歩みは速い。
「姫王、姫!何事ですか!お待ち下さい!」
何が起こったのか分からぬまま、シェスは慌ててリース姫の後ろ姿を追うばかり。
(「走り出さねば姫様に追い付けぬ!」)
しかし、シェスの腰に巻かれたる金貨の入った腰袋が、重くシェスに伸し掛かる。尚も背負うグリャバよりの差し入れとなる食の類の重量が伸し掛かる。
「姫〜!」
先にて立ち止まる、リース姫に追い付こう、シェスの息は切れ切れであった。
「シェスよ見よ!この広がりこの景色。緑に広がるこの大地は、多くの生命の息吹を感じ様!」
リース姫が目を止めたのは、豊かに広がる栽培耕地であり広大な田園風景。
ここは穀物畑で在ろう。
花が咲き、実を付けるのは先の事。まだまだその幹を上へ上へと伸ばす段階。
手入れの行き届いた耕作地が、見渡す限り新緑の絨毯を広げている。向こう先まで、行って戻るにどれだけの刻を費やそうか。
「何であろう!この地は何となる!」
リース姫は、ラダハー・ガフォーデシバリィの窓より、流れる景色の中で続く、緑の景観に興味が湧いたのであった。
それは、初めて見る景色。
リース姫の歩は、再び進み出す。息の上がったシェスを置き去りにして。
見渡す限り緑が広がる大地を見回し、リース姫の歩は進む。
この先に何が有るのか、何が待つのか。それは何時しか見た『意識の中』での体感と成った、あの夜の日に繋がる様な。
リース姫の探求の歩みは果て無く続いてしまいそうだ。
「ひ、姫〜」
シェスは取り残される様に、リース姫との差が広がる。
「押し寄せる命の息吹!軽やか成る風に乗り、あたしも同じに流れてしまいそうだ。」
黄金に輝く景色の中に立つでは無い。しかし、極近似の意識に包まれる。
リース姫はあちらこちらに視線を向け、多くの命を感じる。
それは新緑であり、農作物の新芽から溢れる生への歓喜。
「どうされたかな、美しい娘様よ。彼の様な場なれば、その綺麗な服が汚れてしまおう。」
現れたるは、この耕作地の農従事者であろうか。
「ヴィドドハ・マヌーサ(ご老体)、若き命が流れるこの波、この地。これは何であろうか。」
「美しい娘様は、新芽、若い芽を命と表すか。それは正しき事。」
そう、リース姫は生物、植物、その全てから命を感じる。
「この場はセタ・フィルダ、穀物の耕作地です。美しい娘様の申される成らば、命を宿す早熟成る穀物の園と呼ぼうか。其れなれば、面白い。」
「今はまだ育成の始まり。この後、夏の日差しを受けここより背丈が伸びましょう。大きく育てば花を付け、秋には実を結びましょう。収穫されたる実は乾燥後に製粉され穀粉と成りましょう。冬を迎える前には穀粉は集められ、多くの町へと向かいましょう事。」
「その穀粉が町へと向えば、それは何を意味する事であろうか。」
「町へと届きますれば、それは食へと繋がります。」
農園の老人は、世間知らずな若い娘、リース姫に誰もが知るで在ろう、当たり前の事を丁寧に説いた。
「町へと届いた穀物は、加工されればピタハ(小麦粉)と成りましょう。ピタハは再び様々な加工を経た後に、皆が毎日食す物へと変わります。シャヒチャ(生地)に代表され、シャヒチャと成ればそれはブレッダ(パン)であれ、ヌダラサ(麺)、ダマパリンガ(団子)、パヴァドラ・アナー(粉食)、ミットハイ、ケーカー、多くの食へと姿を変えましょう事。」
「ミットハイ(お菓子)の作ろう元とも成るか!この多くの青葉が実を付け、それがやがてシャヒチャ(生地)と成れば、我らの食を征服しようぞ。」
「左様で。」
この緑溢れる命の流れがミットハイへと変わるのか。
「ヴィドドハ・マヌーサ(ご老体)は、物知りであられるなぁ。」
「なんの、この老いぼれは畠の事しか知りませぬ、外の事に関すれば無知に等しきモノですよ。」
「しかしこれ程の地を1のヴィドドハ・マヌーサにて制するのか?」
「若き者共は、戦場へと向かいました。しかし戻る者も無く、今やこの老いぼれ爺が耕すがのみ。」
「そうか。」
「しかし、いずれは戻るものと待ち申す。尚も我らの国では外へと向う戦は行わぬとの新王の宣が届きまする。ですのでいずれ、帰り来る若き力を待ちまする。」
「そうだ外へと争いに向う事は今後無き。我らは我らの国を守り、国中での営みを守るのみ。皆が持つ力は、内へと向けるべきであるな。」
農地を一人で守る老体、世間知らずな着飾った美しい娘。二人の会話は、澄んだ青空の元で続いていた。
「美しい娘様は賢き者ですなぁ。」
「姫ぇ〜!」
リース姫の歩みに追いつかず、息も切れ切れのシェスが、倒れる様にこの場に到着した。
「ひ、姫、突然にどうなされました、何がございました?」
やっと追い付いたぁ!
「姫、とな?」
「は、はい、ご老体。こちらは我がラヴィマヒナデサの新王であられるギュハラ・リース姫王その人であります!」
慌てて農従事者の老人は頭を下げ膝を付き畏まる。
「シェスは大袈裟だなぁ。」
「いいえ、姫王のお立場は、王宮より内も外でも、それは国を跨ぎ申しても変わらずです。」
「王とは露知らず、尚も王であるとの認識にも至らず、重なるご無礼をどうぞお許し下さい、、、」
老人の声の最後は掠れてしまった。
「城であるなら玉座へ着こう。しかし、ここは城なり王宮、更には戦場でも無き。この地に於いて、わたしでは此の者には適わぬよ。」
リース姫王は膝を付き、老人の手を取り立ち上がらせる。
「ああ、王よ、勿体ない、勿体ない、、、その上衣服が汚れてしまいました、、、お許しを、、、」
「何、気にするで無い。服など汚れるが為の物。」
シェスは思った。
(「あ〜、シーライ・マシナが気を悪くしそうだ。」)
「それよりも、この地に広がろう緑の小さき植物につき、もっと教えて頂きたい。私の書籍場には『農』に関する物が無き。」
リース姫は小さな歓喜に包まれていた。
初めて見る栽培耕地に規律正しく植えられた穀物の情景。尚も多くの流れる新しい生命の波動を感じ、包まれた。
『外へと向う時期』もっと早くに来ていたら、もっと早くに知り得たであろう事。いや、今からである。今より多くを知るが良い。
リース姫の中でも、何かが始まっていたが故。
シェスは悩まされる。
これじゃあこの先が進まないぞ。この分であらば、姫様は見るも聞くも初めての事が多く或ろうか。その都度歩みを止められましたら、一向に旅路は進まぬであろう。
シェスは一考した。
「姫、ガウナトゥスタリのズィシィ様を姫の戦馬車に同席頂く事は、叶いませんか?」
ズィシィ様であれば、行く先々で姫様の目に止まる様々な事へとお答え出来るであろう。戦馬車の窓にて見られる景観より姫様が想う事にお応え頂けるであろう。
「良いが、シェスも同席せよ。」
「わ、私もですか?姫様と馬車にて同席します事など畏れ多かります。」
「シェスよ、気にするで無い。『旅は道連れ』と申すではないか。」
シェスは、ガウナトゥスタリのズィシィへ、リース姫のラダハー・ガフォーデシバリィへのご同乗をお願いした。尚も道中の説明や案内に関してもお願いする事となった。
ズィシィは一時の『教育係り』を請け負った。
王宮にてリース姫王の育成や生活に関する全ては、キラミジィ・ランガ・グリャバが行いし事。それに口を出す者も意見をする者も皆無であった。
しかし、ズィシィは幼き姫の姿を知る。王へと就いた姿を知る。多くの時間をリース姫王と過ごしたるは、キラミジィ・ランガ・グリャバの次と成ろうか。
ズィシィは児を持たぬ。もしも児が居たのであらば、その愛情と同様の意識を持ち、リース姫王の成長を見守り過ごして来たには変わらず。
シェスはズィシィより快い返答を頂き、取り敢えず、ひと息着けた。
(「度々馬車を止め、飛び出したる姫様を都度追い掛ける事になれば、旅程にも影響が出ようし、姫様の旅路の安全を確保するにも好ましくはない。」)
ラヴィマヒナデサ城より南に位置する都市、ギャイス・ポタ市までは比較的容易に、問題無く安全に旅路を重ねられるであろうと思っていた。
しかし、姫様は多くのモノに興味を示される。誰もが姫様を留める事も諌める事も敵わない。この先何が起こるのかは、誰も予測の出来ぬ事。
『リース姫が伸ばしたその翼を掴む役目』シェスは旅路の道中をランガ婆様・グリャバより『任せ』られた事がその身に刻まれており、その身に重く伸し掛ってもいた。
(「姫様どうか暫くは、ズィシィ様の案内でお納め願いたく。」)