百竜将軍 サムバハラ・ドレガナ・サマーニャ
世界は混沌しかなかった。
カオス。無秩序である。世界は入り混じっていた。闘い、争い、戦争、、、恐怖、理不尽、死、、、無秩序に入り混じっていた。
天の界より力が繋がる者、地の界より力が繋がる者。
ニサヴァガである地堅性、水湿性、熱火性、流風性の性質に絡む者。
、、、力は力を呼び、混沌が拡がる。
我先にと大地に立ち、闘いを求むる者が溢れ、それぞれが大地の覇権を求め戦っていた。
まるで、其れ其れが属する世界の代弁者の様に、天の界と地の界との代理戦争の如く。
近き境より力を得、多くの者が力を掲げ、大地に立つ。
最早どれだけの者が、部隊が、軍が、国が、地域が、争いの渦中に居るのかすら、分からない。
乱世と乱世が重なり、混ざり合う時代と表せ。
ある刻、天の界との繋がりを持った、一人の王がその王冠を下げるに至った。
それはこの大地の勢力図の中にて、筆頭と示せよう者、一部地域で覇者と呼ばれる王の没。
大地は混迷し、混沌を極めるのに加速する。
多くの軍、隊、国が分裂と融合を繰り返し、敵が味方に、味方が敵に。誰が味方で誰が敵なのかも定まらない。周囲全てが敵なのかも知れぬ。
ラヴィマヒナデサ(太陽と月の国)のドナマァースドレガナラージャ(双竜王)、この大地で一番の版図を広げた者。
その没後、2の年が過ぎ去っていた。
太陽と月の紋章が描かれた旗が、風で激しく踊っている。
「し将、将軍、面、め、面会の者です!」
今は戦の最中だ。
引くか、進むか、増援を送るべきなのか、相対する者達の規模も露わには成らず、不明分子がはびこる、判断に窮しよう刻だ。
そのような出時の計れぬ、今この前線を左右すべき場面であるが。
山硬東将軍は戦図を睨み続けていたが、その思考に割って入られ、気分を害する。
何者だ?
山硬東将軍。双竜王の旗の元に集し四大将軍の内の一騎。堅性を得、多くの兵を従え、多くの戦地を渡って来た者。勝ちも負けも多くを知り、今この地における前線の統括者であり指揮者。武将と呼ぶにこれ程の者は他に見ない。
戦の流れを知る者。
王に掲げた忠誠は、仕える者が不在に成りきも、この者を突き動かし続ける。
何者だ!?
直接、我が天幕まで来るとは、
「火急の問題であらば、」
戦図より顔を上げた山硬東将軍は、現れた者の姿を見、一瞬息を呑んだ。
天幕を潜り現れたのは、黒尽くめの一騎。漆黒と言い表せ様な姿形。
怯む事無く、将軍の前に立つと、懐から時計を取り出した。
この者、、、もしや「黒き騎士」、百竜将軍の者となるか?
サムバハラ・ドレガナ・サマーニャ(百竜将軍)。誰がその位に置いた?誰がその名を与えた?何処に隊を置く?その姿は?味方であると聞き及ぶが尚、その存在も出自も不明。
尚も、味方でありながら味方の軍勢を顧みずだとか。
「今より10、いや9の刻後、百竜将軍が立ちまする。」
「なっ、百竜将軍だと!?」
やはり、百竜将軍なのか!しかし、
「おい!待てっ!」
黒尽くめの一騎は、将軍の静止を促す声も聞かず、振り向きもせず、天幕を後にした。
将軍がその者を追い、天幕を飛び出す、、、その者の姿は既に無かった。
噂には聞いていたが、本当に存在したのか。
山硬東将軍は、黒き騎士からの言により、百竜将軍の存在が認識に至った。
百竜将軍、、、50から100だかの黒き騎士を従えると聞く。
そして黒き騎士が現れた後、その地には何も残らぬと。
そこには敵も味方も無く、全ての者は姿を消す。まさしく消え去る。
何者なのであろうか。
どの様なる技也術であらば、其の様な現象を起こせると言うのだ?!
「しかし自らドレガナを名乗るとは、、、龍を見たと申すのか、まさか龍と結んだと言うのか、、、そして百の竜とも。」
先代王、双竜王が龍と戦地を駆けて以降、龍を見た者は居ない。
ましてや噂成り、誠無き話しすら出ては来ぬ。
「はっ」
山硬東将軍は、慌てて口許に手を当て、口を噤む。
無闇に『ドレガナ(龍)』を口にする事は禁句の性質を持つ。迷信では無い。
『龍』への疑いや貶め、誤り伝える者は、、、龍に届きもすれば、その祟りであり呪いにより、焼かれる。
真に起きる事象である。
それにしても9の刻後だと、、、時間は無い。
何の猶予も残されていない。
今暫くの思念の時間すら許される猶予では無かった。
「全軍撤収だ!大至急だ!何事にも最優先させよっ!」
前線に伝令は届かないであろう。
間に合わない。
「将!」
「将よっ!鬨の声を!」
「将っ!」
「へっ?はぁ?あたしか。なんか慣れない呼び方されるとなぁ」
「戦場で『将』と呼びたるは、あなた様が決めました事。」
「あ〜、そうだったかしら。」
百竜将軍は女戦士であった。
しかしそれは、敵も味方すら知らぬ事。
百竜将軍の前には、100騎の黒き騎士達が構え、誰もその先へは進めない。
その姿、黒き100の騎士の中、唯一白き鎧の百竜将軍は際立っている。
「良しでは、、、(あれ?何て言おう)うーん、え〜、、、出発!」
「「「いざ、行かん!」」」
最前線の戦場を取り囲むが如き、左右に黒尽くめの騎士が並ぶ。その数合わせて50騎か!左右から戦場を見つめる。
そして左右から急ぎもせず、慌てもせず、隊列を乱さずに戦地へと侵入して行く。
ミシュは最前線の岩陰で、ブルブルと震えていた。
一旗揚げる為に、故郷を飛び出し、戦果を挙げ、褒美を貰い皆に讃えられ、故郷に凱旋する自分を夢見ていた。
しかし、夢と現実との乖離に、自分自身を見失ってしまっていた。
数度の戦場を渡り、何とか生き延びて来たが、それはただの偶然であった。
戦場は非情だ。
戦場は、何時、誰が、皆が、死んでしまっても何も不思議の無い場所であった。意図も容易く、石が転がる如きに。
そして自身が戦場で命を落としても、気付く者すら居ないであろう。
自分自身を見失う、最早戦場が現実なのか否かの判断すらままならぬ。
ミシュは決めていた。
今回の、この戦場を生き延びる事が出来たなら、、、逃げよう。
故郷には帰れない。だけどこの戦場という地は、何物にも代えれない死と恐怖しか無い。ここには、明日が無い。
戦地では、この地に留まっている敵も味方も無く、全ての者は、左右から迫り来る黒き騎士に挟まれていた。
黒き騎士の行軍、その異変に気付き出す者が出始める。
黒き鎧の一隊!
新手か?味方なのか?援軍の伝は届いていない。
ならば敵かっ!
気付いた者が弓を掲げ、矢を射る。
鉄砲で狙いを澄ます。
打ち出された矢は正確に、一直線に黒き鎧の者へと向う!
鉄砲から弾き出た弾が矢と並ぶ。
しかし、矢は届かない。
弾は届かない。
黒き鎧の者へは届かない。
「!?」
矢なり鉄砲なり、黒き鎧の者達は物とのせず、その進軍を続ける。焦らず、慌てず、むしろ緩やかに。
しかし迫り来る、黒き壁!
黒き騎士達と戦地で抗争中の者達との距離が詰まる。
それは戦地をパニックへと誘う。
誰も彼もが手持ちの武器を掲げ、黒き鎧の者へと向う。
突き、薙ぎ払い、斬り込む!
黒き騎士達は、自身の周囲をまとわる虫を払うが如くに、剣を流す、槍を払う、弓や弾を弾く。
何事も無いかの様に。
敵も味方も無く、黒き騎士の戦う光景を見た者は、恐怖に支配される。
我らの攻撃が効かない?いや、攻撃すらになっておらず。
圧倒、圧倒される!それすら敵わぬ!
何故、何が起こっている?何故?何が?
この世の者では無い!魔性を宿している者とも桁が違う!
何だ?何なのだ?!
半分の者は恐怖を抱え突貫する。半分の者は恐怖を抱え萎縮する。
しかし、どちらの者も逃げ出せない。
意識は迷走を極めている、『逃げる』事が意識に上がらず、選択すべき思考にならず、何も考えられぬまま、逃げるが選択肢に挙がらない。
意識に挙がるは一つのみ、決死の特攻か、その場に震え屈み込むのか。
戦場は大混乱をきたすが、黒き騎士達は意に介さず、その歩みを進める。
「魔性隊を前へ!」
魔性隊、一種の魔法使いの集団。
「矢や弾、刃すら効かぬであらば、魔性術に依る護りを行っている筈だ!」
魔性者。天の界、もしくは地の界より力を分け与えらし、魔性を秘め、魔精を生じる事が叶った者達。
それは自身の姿形と引き換えに。
魔性隊の者は人間と呼ぶには少し異質な、異型と成った者達であった。
魔戦将軍とも成れば、剣技に魔精を込める。
しかし今、この戦地には魔戦将軍為れは不在であった。
「黒き鎧の者達、あ奴等は守護たる囲みをされていようか。」
「何も見えぬ、見えぬが何やらは有るであろう。」
魔性隊の者達は、黒き鎧の者達と距離を保ちつつも対峙となる。
しかし、彼等の精神は落ち着かない。
魔性者、人間を越える精神体系を手に入れた筈の、彼等の脳はパニックに陥入る。
何が何だか、耐えられない!
それは、理解に至らぬ未知なるモノと対峙と成った、人間本来が持つ精神の動揺、恐怖心。
黒き鎧の者達、戦場に於いて対峙となった者の見た目以上に、恐怖を伝播する存在であった。
「こ、ここ、後方からも黒き1団!?」
最後は言葉が繋げられなかった。
遠方に見えていた敵の背後にも、黒き一団が現れた様だ。
それは黒く太く、一本の線が描かれているかの様に。
戦地は、黒き騎士の一団によって囲まれた。
黒き騎士の一団によって、戦地は縮んで行く。
それは、迫り来る”黒き壁“であった。
“黒き壁”は、何物も受け付けない、全ては弾かれてしまう。
為すすべが無い。
文字通り、何も出来ない。
息を殺し、嵐を過ぎ去るを待つ事も許されない。
ミシュは引き摺られていた。
何も理解出来ぬまま、恐怖に震え丸まっていた。
見かねた友軍の戦士、撤退の路を求める戦士に掴まれ、引き摺られていた。
ミシュの体は岩に削られ、小枝が刺さり、だが痛みも感じられず、ただただ震えていた。
オレはだめだ!殺される!死ぬ!
声の出せない叫びであった。
この戦場に居る全ての者が迷走し、同様に叫んだ。