9 良い距離感
ーーそれから、彼との親交は?
特に変わらずである。
あれから、ルーフィスとフィーナの間に、愛や恋だのと特別何かある訳ではなく、いつも通りの平穏な生活が戻っていた。
ただちょっと違うのが、ルーフィスではなくその再従妹サリーと、ちょくちょく文通をする仲になった事だった。
そのキッカケというのがーー
『ルーフィスに擦り寄る女性だと勝手に決めつけた上、嫌な態度を取ったりして、ごめんなさい』という律儀な手紙が送られて来てから。
フィーナに言わせれば、あの態度はルーフィスを慕う言動がアリアリと出ているだけで、まったく嫌な感じはなかったし、謝る必要すら感じていなかった。
むしろ、可愛いなと思っていたくらいだ。
なので、気にしないで欲しいと、リリークを押し花にした栞と一緒に手紙で返したのが、サリーとの交流の始まりである。
そして、何度か文通する様になって分かった。
再従妹であるサリーがハウルベック侯爵家にいたのは、一緒に住んでいるからだった。
厳密に言えば、期間限定で。
サリーは自領の学園より、色んな人が集まる王都の学園に入学したかった。しかし、両親はサリーに何かあってもすぐ助けてあげられないと、中々承諾してくれない。
サリーも皆が憧れる王都の学園に通いたい……という、地方にありがちな理由が根底にあり、親を説得出来る要素が弱過ぎる。
そこで、サリーは小さい頃から交流のあるルーフィスに相談し、説得してもらったそうだ。
寮には入らず、王都の学園に近いハウルベック侯爵家から通学する。サリーに何かあったら、サリーの両親に代わって侯爵家が守る。
そうルーフィスが言ってくれた為、両親は渋々了承してくれた……との事だった。
だから、そのお礼も兼ねて、ルーフィスに近寄る女性を蹴散らしているとか。
まぁきっと、あのルーフィスの事だから、可愛い再従妹の言動に怒りもせず、むしろ楽しんでいるのだろうなと想像出来た。
そんな二人の関係が、少し羨ましいなと感じるフィーナなのであった。
* * *
ーーサリーとの文通がしばらく続いていたある日。
セネット伯爵家に、大きな荷物と小さな荷物が届いた。
その荷物は、セネット伯爵夫人かフィーナのかと思われた。
伯爵夫人であるマイラは社交性があり、領地に住んでいる商人や親しい友人達を呼んで良くお茶会を開いていたし、領地が潤っているのは皆のお陰であると、伯爵と夫婦連名で贈り物をしたりしていたからだ。
フィーナはフィーナで近々夜会に行く予定があり、新調したドレスが届く頃。なので、フィーナか夫人の荷物かなと執事は思っていた。
しかし、差出人の名を見て目を見張る。驚きの名が記載されていたからだ。
その差出人を見た執事は、急ぎつつも決して走らず、セネット伯爵の書斎に届ければ、セネット伯爵は執事同様に二度見し固まっていた。
何が起きていたか知らないフィーナは、庭師と一緒に庭の手入れをしていれば、血相を変えた父セネット伯爵が現れた。
侍女を使ってフィーナを呼ばず、自ら来るくらいなのだから余程の事に違いない。
「フィーナ、お前に……ハウルベック侯爵家から、ドレスが届いているのだが」
「え?」
「ハウルベック侯とどういう交流が!? あれっきりではなかったのか?」
庭をいじるフィーナに、セネット伯爵が困惑した表情で訊いてきた。
ルーフィスに助けてもらったのは大分前。
それから、サリーと文通をしてはいるが、ルーフィスとは手紙のやり取りはほとんどしていない。
というか、ドレスを送られる程の交流などある筈もなかった。
「ドレス? サリー様からの手紙ではなく?」
「ドレスだ」
セネット伯爵は、贈り物が娘フィーナ宛てだったとしても、相手が相手だけに先に確認させてもらったのだ。
大きな箱を開けてビックリ、中身は淡い水色のドレスだった。ちなみに小さな箱は、そのドレスに合ったイヤリングやネックレスである。
ドレスや装飾品が入っていた箱の宛名を何度も確認したが、気のせいでも見間違いでもなく、ハウルベック侯爵家からで間違いない。
娘がルーフィスから、ドレスを送られる様な仲だとは知らなかったと、セネット伯爵は言う。
そんな仲になった覚えがないのはフィーナも一緒だ。
仲の良いサリーだったとしても、何も聞いていない。
「手紙か何か入ってませんでした?」
父セネット伯爵の様子から、ルーフィスからなのは間違いなさそうだが、ドレスや装飾品だけという訳ではないだろう。
何か手紙が入っていたのでは? とフィーナは思った。
「え?」という表情のセネット伯爵に、ゆっくりと追い付いた母マイラがスッと手紙を差し出した。
セネット伯爵は、ルーフィスの名に慌て過ぎて、他は確認していなかったらしい。母マイラの方が実に冷静だ。
まだ開いていなかった手紙をフィーナが開けば、まずはふんわりと花の香りがした。
香水か花から取ったエッセンスでも、便箋に掛けてあるのかもしれない。細やかな気遣いに、フィーナは自然と口元が緩む。
封を開けただけで、もうあの穏やかなルーフィスの姿が思い浮かんだからだ。
ゆっくりと折り畳まれた便箋を開くと、ルーフィスの人格そのままを表した様な柔らかで美しい字が見えた。
まずは、時候の挨拶から始まり……
サリーの正式なデビュタントの前に一度、ハウルベック邸で小さなパーティーを行うので、都合が合えば来て欲しい旨が……
刺繍講座のお礼に、サリーが選んだドレス一式を送るので、もし良かったらその時に、このドレスを着て来てくれると嬉しいと書いてあった。
「まぁ!」
手紙の内容を話せば、母マイラが驚きつつ嬉しそうな声を上げた。
送って来たのはルーフィスだが、仕立てたのはルーフィスではなくサリー。ルーフィスでないのは残念だが、ハウルベック侯爵家の親戚である事に変わりはない。
しかも、その侯爵邸に呼ばれたのだ。そんな名誉な事はないだろう。
「これを機会にハウルベック侯と……」
「お母様」
一度婚約がなくなった娘に、新たな婚約者をあてがいたいのは貴族としてだけでなく、母の愛情も含まれているのかもしれない。
ーーが、恋愛ごとも結婚も、夢や希望を抱かなくなったフィーナにとって、そういう話は苦痛でしかなかった。
「婚約どうこうはさておき、ハウルベック侯にここまでされたら行かない訳にはいかないだろう。まぁ、深く考えず楽しんできなさい」
「はい」
セネット伯爵は、母にはそれ以上言わさず、フィーナに優しい笑顔を見せた。
例え、来る来ないは任せると言ったところで、立場上はそうはいかない。なら、楽しむ方向に切り替えなさいと、セネット伯爵は言ったのだ。
母マイラ的には、フィーナの婚約を早々に決めたいのだろう。
急かしたい訳ではないが、男性と違って女性には適齢期がある。
年齢を重ねて得る事もある男性。それに比べて失う事が多い女性。平民とて、女性は肩身が狭いのだ。それが貴族となればなおの事であった。
母マイラは娘の為を思って、つい口にしてしまっただけだとフィーナは知っている。その証拠に、フィーナに申し訳なさそうな表情を見せていたのだから。