5 人柄が分かるメッセージカード
ーーあの後。
彼は、あの後に色々な令嬢と踊っていた。
だけど、フィーナが見ていた限りでは、決して同じ女性と2度は踊っていないのだから、踊った女性の顔を覚えているのだろう。
いや、ルーフィスの事だから、この夜会に出ている者達の身分や名前など、記憶しているに違いない。
しかも、良く観察していれば、彼は踊る女性が変わるたび、相手の歩調や間に合わせて踊っているではないか。あれなら、多少下手な人でも、まるで自分が上手いと勘違いするくらいに、気持ち良く踊れる。
あれは、相手を思いやる姿勢と、それに合わせられるセンスがなければ、到底真似出来ない。
そんなルーフィスに、フィーナは感嘆していた。
曲が変わるたび、ルーフィスに集まる令嬢達。
婚約者がいる女性すら、その輪に入っているのだから、男性陣は堪ったものではないだろう。しかし、婚約者がいる女性と踊った後は、その婚約者にスマートに返し、談笑までして見せる。
アフターケアまでされれば、その婚約者も女性を強く咎める事はないだろう。むしろ、侯爵家との繋がりを持てた事に、拳を握るかもしれない。
常にルーフィスの周りには人が集まる。
そんなルーフィスに、助けられたのはもはや奇跡と言っても過言ではない。
あの時、たまたまルーフィスに助けられなければ、どうなっていたか分からない。
何もなかったとしても、被害者が女性というだけで、好奇な目で見られていただろう。
ルーフィスが来てくれて本当に嬉しかった。
その感謝の気持ちも込めて、フィーナはルーフィスにあの時腕に巻いてもらったハンカチーフ返すついでに、可愛い花の刺繍を手縫したハンカチーフを送る事にした。
ルーフィスが使わずとも、コサージュを勉強しているという再従妹に使ってもらえればいいなと、この国で幸運を呼ぶ"リリーク"という花をモチーフに選んで……。
ーーそのハンカチーフを添えて返した数日後。
フィーナの元にルーフィスからの返事が届いた。
『素敵なハンカチーフをありがとう。
あの時の可愛いキミを思い出したよ。
サリーにあげたら、もの凄く喜んでいた。
私の幸運は、あの日この花の様な可憐なキミに出逢えた事だろう。
そんなキミにも幸運が訪れる事を願って』
黄色いやオレンジ色の可愛らしいリリークの花束には、そう書かれたメッセージが添えてあった。
サリーとは再従妹の事だろう。お世辞でないとしたら、喜んで貰えて嬉しい。
しかも、あのルーフィスの事だから、このメッセージカードは執事や侍女に書かせた訳ではなく、直筆な気がする。
性格を表した様な柔らかい筆跡と、カードから香る優しい花の香りで、フィーナの心が温かくなっていた。
まるで、ルーフィスがそこにいるかの様な柔らかい香りだ。
きっと、この贈り物も侍女や誰かに適当に選ばせて送らせたのではなく、自分で選んでくれたのかもしれない。
そう思うと、フィーナの顔には自然と笑みが溢れた。
シューズボックス程の大きさの箱の中身は、王都ではもの凄い人気のクッキーだ。ハンカチーフのお礼には過分な心遣いである。
フィーナは机から、レターセットを取り出した。
贈り物はさらに気を使わせる事になりそうだが、この素敵な花束とクッキーのお礼はしたい。
あの夜会でルーフィスに出会わなかったら、嫌な思い出として一生残っていたに違いないと、改めてお礼を言うのも忘れない。
ちなみに、その夜会から帰って来たフィーナは、父母に事の経緯を話している。
ありのままを話せば、ルーフィスとの出会いはともかくとして、シーデル子爵の事で憤りを見せた。
当然、伯爵家として抗議も考えたが、すでにルーフィスが動いているとの事もあり、溜飲を下げた。
ここで下手に騒げば、何も悪くないフィーナが噂の的になるからだ。
後に、ハウルベック侯とフィーナの父セネット伯爵により、シーデル子爵には厳重注意と、接近禁止の処置、フィーナに対する慰謝料を払うとの事で話を纏めた。
その約束事を書面として、三方で交わしたのであった。
ハウルベック侯が介入してくれた事に、セネット伯爵はホッとした。いくらこちらが悪くないとしても、払拭出来なければ醜聞になる。
何もなくとも、悪意のある者達により、フィーナは傷物とされるところだった。
しかも、交渉に侯爵家が介入してくれるだなんて幸運だ。
侯爵家が自ら注意した案件ともなれば、今回厳罰を逃れたシーデル家に次はない。一介の伯爵家が何かいうより、強い抑制にはなっただろう。
そんな事を考えながら、フィーナは花束を見ていた。
「少し押し花にしておこうかしら?」
花はいつか枯れてしまう。
だが、ルーフィスに貰った思い出くらいは、大事に残しておきたい。
フィーナはこの花を、どうやって思い出を残しておこうかと考え、押し花にして栞としようと思ったのであった。